350:戦線崩壊
グレートブリテン島の戦いにようやくケリがついたかと思ったら大敗北の知らせが舞い込んだのだ。
一時的にではあるが、新市民政府論への脅威に立ち向かうべく同盟を結んだ陸戦最強と謳われているあのプロイセン王国軍の精鋭として名高いヴェルヘイム・セバスティアン・フォン・べリング中将指揮の軍団が大損害を被って全滅したという知らせを聞いて、俺は思わず聞き返したほどだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは本当か?本当にあのプロイセン王国軍でも最強の騎兵隊指揮官だぞ?そう簡単にやられるような人じゃないだろう」
「いえ……残念ながら……オックスフォードの戦いにおいて、プロイセン王国軍をはじめとする欧州協定機構加盟国主力部隊は国民平等軍の軍勢に敗北しました。全軍の2割を失う大損害です……わが軍は後方支援として待機していたため、被害は殆どありませんでしたが……プロイセン王国軍に至っては5割の大損害……戦闘要員の大部分が全滅しました」
「……詳しい戦果報告を聞かせてくれ」
ああ、なんということだ。
大火に噴火に大敗北というトリプルパンチを食らってしまった。
幸か不幸か、わが軍には損害は殆どなかったようだが……戦闘部隊として頼みの綱と呼ぶべきプロイセン王国軍の軍団がコテンパンにやられたとなれば、国民平等軍の勢いは増していくだろう。
戦果報告では、全滅したいきさつを先日大臣に就任したばかりのガストン・ド・レビ陸軍大臣が丁寧に説明してくれた。
「6月23日正午ごろにプロイセン王国軍、スウェーデン軍、ノルウェー軍の三軍がオックスフォードの北部より侵攻を開始し、国民平等軍との戦闘が始まりました。既に国民平等軍は侵攻されることを見込んでか、急造の障害物などを駆使しており、建物の窓から銃による狙撃を繰り返し行っておりました。一方、ノルウェー軍の野砲支援を受けて、障害物の一部を破壊した際にプロイセン王国軍が先陣を切って突入を敢行しました」
侵攻した三軍の指揮官達は、障害物の薄い北部から攻撃を開始した。
狙撃をされたりもしたが、損害が軽微であったことから短期決戦を見据えてプロイセン王国軍が突入を敢行、オックスフォードの街に騎兵隊を中心に擲弾兵やゲリラ戦特化の猟兵が次々と市街地に入り込み、建物を一つ一つ潰しながら攻撃を繰り返していくという戦法を取ったという。
史実における市街地戦の近接戦闘に特化したような部隊編成で攻撃を行っていたようだ。
特に、猟兵は新大陸動乱での反省を生かしてか、戦闘員だけではなく、非戦闘員も発見次第殺害するようにという苛烈な指示が出されていた。
これは、新大陸動乱において非戦闘員と思っていた人間が、実は義勇兵の一員であり夜襲や暗殺といった襲撃を受けるケースが頻繫したからだ。
やり方を苛烈にしなければ足元を掬われる。
そうした現状から、無制限殺害命令が下されたのだ。
「猟兵部隊を中心に、捕虜の大部分は情報を聞き出してから処刑という方法を取っていたようです。プロイセン王国軍も義勇軍として新大陸動乱に派遣された際に、民間人に偽装した義勇兵による襲撃を受けて部隊が壊滅する事例が相次ぎました。それを警戒してか、プロイセン王国軍ではその都市にいる者は戦闘員と見なして捕虜を取らない方針に切り替えたそうです」
「そうだったのか……ノルウェー軍やスウェーデン軍も同様の措置をとったのか?」
「いえ、両軍に関しては戦闘員は情報を聞き出した上でマンチェスターの国民平等軍犯罪者収容所に収監されて、それ以外の民間人を一か所にまとめて収容して戦闘が治まるまでそこに閉じ込めておく措置が取られました。プロイセン王国軍は先の新大陸動乱で大きな被害を出しているので、苛烈な措置を講じたのでしょう」
「まぁ、それに関してはわからなくもないし、下手に口出しも出来ないな……だが、それだけ厳しい措置を講じていたのに、なぜ大敗北を喫してしまった?」
「その大敗北の原因ですが……こちらにあります」
レビ陸軍大臣が別紙の資料に提示したのは、火薬であった。
それもただの火薬ではなく、複数の化学物質を混ぜ合わせたようなものだったのだ。
資料には記号などが書かれており、俺はあまり理数系には詳しくはないのだが、記号からして何かの化学方式が書かれている。
「これは6月25日に、ノルウェー軍の将兵がオックスフォード大学の高等教育宿舎にて発見した爆弾の起爆方法です。彼らは国民平等政府に忠誠を誓った科学者を集めて従来の爆薬よりも、より威力の高い爆弾を作っておりました……。6月24日午後4時頃にプロイセン王国軍がオックスフォード市庁舎に突入した際に、市庁舎に仕掛けられた爆弾が爆発、それと同時に市内各所で連続して爆発が起こったのです」
「爆発……では、プロイセン王国軍が全滅したのも……」
「はい、こちらに書かれている爆弾による攻撃を受けてやられました……。市庁舎に突入した部隊は蒸発し、無人の馬車を使って各部隊めがけて爆弾を抱えたまま突入して爆発する戦法を彼らは編み出していたのです」
爆弾攻撃……それも、後者に至っては自爆戦術のような手法を取っていたらしい。
中東地域で横行している自爆テロに近いようで、荷台に積んだ爆弾の導火線に火をつけてから馬の尻などを叩いて暴れさせて、そのままプロイセン王国軍などの欧州協定機構加盟国の部隊がいる場所目掛けて突っ込んでいたそうだ。
従来の黒色火薬に加えて、マグネシウムやリンといった爆薬に使われる化学物質がふんだんに詰められていたこともあり、被害は大きく拡大したようだ。
「予め部隊を市街地に誘い込んでから建物ごと爆殺して、それで混乱している最中に爆薬満載の馬車を使って部隊に攻撃か……国民平等軍の指揮官は何ともいやらしい戦法を取ったものだな」
「ええ……この爆弾を使った反撃に欧州協定機構加盟国の軍隊は大混乱に陥りました。市街地を制圧中であったこともありますが、オックスフォードのあちこちで爆発が起こったことでプロイセン王国軍を中心とした主力部隊間との連絡手段が途絶し、指揮系統が機能しなくなった隙をついて武装した市民による一斉攻撃が起こったのです」
「一斉攻撃?それって農具を持った市民が襲ってきたのか?」
「はい、その通りです。混乱の最中に一斉に市民が鎌や斧などで武装した市民が襲い掛かってきたのです。女性や老人……中には10歳にも満たない子供もいたそうです……」
「……年齢性別問わず無制限徴兵をして襲い掛かってきたのか……」
爆発を合図に一斉攻撃が行われて、市民たちが襲い掛かってきたようだ。
ノルウェー軍とスウェーデン軍は後方支援に徹していたこともあって被害は少なかったらしいが、新大陸動乱での汚名を晴らすべく、オックスフォードの奥深くまで侵攻していたプロイセン王国軍はかなりの大打撃を受けてしまい、戦闘員の大半を爆発と市民の一斉攻撃によって失ってしまったという。
欧州協定機構加盟国は混乱してそのまま壊走して、体制を整えるべくオックスフォードから撤退する羽目になった。
これがオックスフォードの戦いの顛末であり、同時に国民平等軍が如何に厄介な軍勢かを再認識させられることになったのだ。