337:鋼鉄作戦
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1779年2月8日
グレートブリテン王国(現:国民平等政府支配地域) バーミンガム
パリが大火の復興に尽力している頃、グレートブリテン島における重要な戦いが幕を開けた。
2月1日よりマンチェスターとシェフィールドを奪還したプロイセン軍を中心とする主力戦力がバーミンガムに侵攻したのだ。
プロイセン軍の司令官であるべリング中将が主体となり、それに続くようにグレートブリテン王国軍、スウェーデン軍、ノルウェー軍の各司令官は侵攻を命じ、バーミンガムに立て籠る敵軍の包囲殲滅を行う「鋼鉄作戦」が始動したのだ。
「敵は依然として農地や市街地に立て籠っているようです。郊外の開けた場所にはやってきませんね……」
「地の利を活かした戦いをしたいのだろう……平野よりも市街地における戦闘のほうが勝機があると見込んでいる。であれば、その目算を打ち砕いてやるのが我々の使命だ。農地や近郊の町に到着次第、国民平等軍の兵士達を殲滅せよ。王や皇帝を排除するが如き危険思想分子共は根絶やしにせよとの皇帝陛下からの勅命だ、鋼鉄作戦を実行せよ」
「はっ!全軍、バーミンガムへの侵攻を開始せよ!」
バーミンガムに侵攻した欧州協定機構の軍隊……。
宗派や王は違えど、絶対王政の支持者として王や皇帝に忠誠を誓っている兵士達だ。
彼らは新市民政府論によって王の廃止を求めている者達を理解できない。
王によって生活や国政が成り立っているにも関わらず、それを無視して弱めるが如き思想など淘汰されて当然だと考えているのだ。
無論、グレートブリテン王国の政治的混乱を鑑みれば同情的であった将官や文官もいたが、それでも過激な思想集団となって貴族・聖職者・王族関係者・反対派を次々に処刑や弾圧、思想矯正を行う国民平等政府のやり方を目の当たりにして、彼らを殲滅しなければならないと考えるようになった。
その中でも、新大陸動乱の際にグレートブリテン王国からの要請を受けて大損害を被ったプロイセン軍は、その時の借りを返すとばかりに先陣を切ってバーミンガムへの突入を開始した。
対する国民平等軍は寄せ集めの軍勢ながら、元グレートブリテン王国陸軍の兵士達による徹底した指導の元でひたすらに戦力を温存し、侵攻してくるプロイセン軍に対して嫌がらせに徹した戦い方を行っている。
例をあげれば、軍列を並んで侵攻するプロイセン軍の騎兵隊が突如として銃撃を受けたのだ。
「うわぁっ!奇襲だぁ!左の茂みに敵兵が潜んでいるぞ!」
「くそっ!今の奇襲で中隊長戦死!副隊長殿、指揮を執ってください!」
「なんてことだ、奴らは何処に潜んでいるのか分からないじゃないか!」
プロイセン軍を悩ませたのは、奇襲を繰り返して行う国民平等軍のゲリラ兵士であった。
遊撃兵として土地勘のある者と銃の扱いに長けた者が優先的に任されて奇襲攻撃を次々と行っていた。
茂みや木の陰に隠れるだけではなく、予め設置した狙撃ポイントから指揮官クラスの軍人を狙い撃ちにしたりと、神出鬼没の戦い方をする彼らをプロイセン軍はドイツ語で「Frecher Fuchs」という名称で呼んでいたのだ。
少なくない被害を出しながらも、プロイセン軍はバーミンガム近郊10キロの地点まで進軍を完了し、後続のスウェーデン軍やノルウェー軍が到着するまで布陣を展開する。
「第三装甲歩兵隊と第五騎兵中隊の隊長がいたずらキツネによって戦死なされました。今日だけでも6人の隊長が奇襲攻撃を受けて戦死しております」
「茂みや土地のくぼみを生かして徹底抗戦か……何ともやりづらいな……今までなら平原に出てきたところを一網打尽にしていたが、こうも物陰から指揮官を攻撃してくるとは……ひとまず砲兵隊が到着次第に徹底してバーミンガムを叩け、犠牲はいくら出しても構わない。誰が敵なのか分からない以上、作戦の障害となる者達を排除するのだ」
「後続の砲兵隊が到着次第、バーミンガムへの一斉攻撃を開始しましょう。投降した兵士に関しては如何致しますか?」
「奴らはグレートブリテン王国を解体しようとする新市民政府論を盲信する狂信者の群れだ。狂信者であって軍人ではない。捕まえたら情報を聞き出して殺せ、一人でも生かせば狂信者の思想が伝播してしまう。全軍に再度徹底して通達せよ、捕虜はいらぬと……」
こうして1779年2月3日午前8時、後続のスウェーデン軍、ノルウェー軍の砲兵隊による準備が完了し、バーミンガムへの一斉攻撃が開始された。
冬場ということもあり、氷点下の気温の中で兵士達は厚着を着込んでマスケット銃に銃剣を付けてから近郊の農地や村々の建物から順々に制圧を開始した。
「あの農場から銃撃を受けている!一斉に農場を攻め落とせ!」
「いいか!抵抗する者は問答無用で始末しろ!我々の使命はグレートブリテン王国に蔓延る狂信者の一掃だ!」
「我がプロイセンの勇猛果敢を見せつけろ!戦列歩兵隊進め!小屋も見過ごさずに徹底して敵を探すんだ!」
バーミンガムでは国民平等軍に志願した成人男性1万人が決死隊となり、マスケット銃や鍬や鉈などで武装し、南下を続けていく欧州協定機構の軍隊と血みどろの戦闘を繰り広げていた。
その中でもバーミンガム郊外の開拓された農地では、農村出身の志願兵たちによる決死の抵抗戦が行われていたのだ。
「ここを突破されたらバーミンガムにいる家族が皆殺しにされるぞ……少しでも時間を稼いで食い止めるんだ!」
「干草や廃材に隠れている兵士は、接近してくるまで極力発砲を控えるように!」
「混戦状態に持ち込めばこちらに勝機はある!焦らずに勝機を待て!」
国民平等政府が成人男性を徴兵し、ありったけの武器を使って討伐にやってきた欧州協定機構の軍隊と対峙している。
すでにマンチェスターやシェフィールドを奪取されたものの、依然として兵としての士気は高く、質で劣る国民平等軍は数で押している。
近郊での戦いはプロイセン軍に出血を強いる戦いとなった。
守備側の国民平等軍は決死隊による粘り強い抵抗を見せた。
降伏しても捕虜にならずに処刑される運命だと悟れば、死に物狂いで戦いを続けようとする。
後退することは軍の上層部からの命令がない限り許可されず、無断で退却した者には死罪を言い渡される。
しかし、国民平等軍からは退却者や脱走兵は数える程しか出ていない。
何故なら士気が高い理由は貴族や王族を追い出して平民による国が出来れば自分達は豊かになれるという思想が伝播し、確立されたアイデンティティと権利を守るために戦っているのだ。
プロイセン軍から狂信者の集まりと呼ばれているのも、自己犠牲の精神を伴って突入してきたプロイセン軍の兵士を巻き添えに農場に集めた火薬を爆破させて自爆する者まで出しているからだ。
『名誉ある献身的貢献』と称されるこの戦術によって国民平等軍は5日間の時間稼ぎに成功するが、拠点を一つずつ徹底的に潰していくプロイセン軍の猛攻に耐え切れず2月8日、犠牲を強いられながらもバーミンガムの城門前に到着したプロイセン軍は突入を敢行した。
「砲兵隊!バーミンガムの城門を破壊しろ!」
「ありったけの野砲を使って壊すんだ!敵に回復させる隙を与えるな!」
「騎兵隊はダドリーから回り込んでバーミンガムを攻撃!奴らは戦に関しては素人だ!技量で押し通せ!」
「大砲がないなら花火を使っておけ!それだけでも十分効果的だ!」
バーミンガムの戦いはそれから二週間に渡って続いた。
そしてバーミンガムが大勢の屍で舗装された末にプロイセン軍がバーミンガムの奪還宣言をした2月18日……。
ノルウェーから緊急の連絡が発せられる。
ラキ火山が噴火したのであった。