328:LKルート
10年間待ち続けたゲームの続編の開発が発表されたので初投稿です
「ラキ火山の噴火……そうだな、予想していたよりも早いが、知っていたことについては間違いない。アントワネットの言っている通りだ。そのことについて知っていたよ」
「で、では……なぜそのことを今まで我々にお話をなさらなかったのでしょうか?」
……なぜ詳しく話さなかったのか?
もし、未来人である俺が噴火の日時まで知っているのかと問われたら、何と答えればいいのだろうか……。
素直にこの場で俺は未来人なんだと言えばいいのか?
……いやいや、そんな事言いだしたら最後。
この場にいる全員から「こいつ頭おかしくなったんじゃね?」と思われて幽閉されるのがオチだ。
実際に貴族や王族が認知症や精神疾患を患った際には、城の一室に幽閉する事になっており、これは事実上の強制隔離措置と殆ど変わりない。
かつてイギリスの名君であったジョージ3世は晩年は認知症を患い、時折面会に来た者を人間として認識出来なかった。
吸血鬼と称される程に人間を拷問し、血を噴き出す様を見て絶頂していたとされる貴族のエリザベート・バートリは、その悪行が明るみに出た際に寝室にて生涯幽閉されたという。
ジョージ3世が幽閉されたのは晩年だが、こちらの世界では史実よりも精神状態が悪化して既に幽閉されているという。
下手したら幽閉とか早めの王位返還(物理)されるし……なので未来人だと自白するのだけは止めておこう。
では、それ以外でどうやって知っていたと説明しようか?
たしかラキ火山は10世紀ごろにも噴火を起こしているそうなので……。
おおよそ西暦900年頃か……。
その頃に噴火したとされる文献があったのを引き合いに出しておくべきだろう。
「今から700年前にラキ火山で大規模な噴火があったんだ。現在までに残された資料から700年前と言われているけどね……その時、ヨーロッパ地域はどんなことになっていたと思う?」
「700年前……ですか?えっと……すみません、その時代に関してはあまり詳しくないので……」
「ヨーロッパ地域における暗黒時代さ……文明が大幅に衰退して技術も文化も劣化した恐ろしい時代。ここ最近の繁栄は300年前からようやく実りだしてきた頃合いだよ……」
「では、その時と今が似ている……と思っておられるのですか?」
「ああ、暗黒時代の時に似ているんだ……少し話は逸れるかもしれないが、暗黒時代について話そうか……」
中世の暗黒時代と呼ばれている頃は、ヨーロッパ地域の文明レベルは最低となっていた。
どのぐらい最低か?
かの古代ローマ帝国時代に築き上げてきたコロッセオ闘技場といった美しい大理石の建築物を、家や工房用の採石場として利用しているぐらいに、その時代は英知を集った物の価値が判らなかった。
現在のコロッセオ闘技場は、ルネサンス期においてようやく評価されて保護されるに至った経緯がある。
それまでは昔からある便利な大理石の供給源としか見ていなかったし、この時の庶民層の人々にとって古代ローマ帝国時代の遺物は、単なる物としてしか認識されていなかったようだ。
「文化的に価値が分からなくなり、人々は芸術に無関心になり、村社会のコミュニティが形成されていた時代だ。当時は……ああ、そうだな……キリスト教をはじめとする宗教組織が今以上に権力を保持していたんだ。神の教えを守れば救われるってね……それぐらいに閉鎖的になっていったんだよ」
「閉鎖的ですか?」
「うん、西ローマ帝国が崩壊してからは、ヨーロッパ地域は不安定な状態が長らく続いたんだ。ゲルマン民族の大移動……アジア方面からやってきたとされているフン族が襲来したり、モンゴル帝国も襲来してくるし……宗教的な魔女狩りや異端者狩りなんかもその一例だね。実際には魔女なんてものは存在しない。集団錯乱に伴う暴力と迫害が今以上に跋扈していた時代の遺物さ……」
これは、西ローマ帝国の崩壊に伴うフン族の襲撃やゲルマン民族の大移動、10世紀ごろに噴火したラキ火山による気候変動、モンゴル帝国の襲来、ペストの大流行等によって数多くの文献や技術が混乱の中、その大部分が戦火で消失したりイスラーム圏などの書物に辛うじて紹介文がある程度の記録上にのみ存在する資料と化していたのだ。
早い話が文明が衰退し、回復するのに数世紀を要したのだ。
古代ローマ帝国時代の大理石の彫刻は素晴らしい出来栄えだが、ルネサンス期までそうした技術は復興出来なかった。
これは彫刻だけではなく、芸術を含めた全てにおいて言えることだ。
戦乱、気候変動、疫病……。
いわば、暗黒時代という名の衰退期によって、文明が停滞し、ルネサンス期の文化的復興が起こるまで、人々は閉ざされた環境で過ごすことになった。
また、中世ヨーロッパの暗黒時代は国家というものが希薄化し、人々の生活圏であるコミュニティが縮小し、森を切り開いた先に村々が点々とあるぐらいで大都市圏は殆ど無くなっているに等しい状態だったと言われている。
帝国の崩壊後に体制を維持できていたのはキリスト教会を中心とした宗教組織であった。
それ故に、今日に至るまでキリスト教が宗派の差異があれどヨーロッパ地域において一大宗教勢力として栄えることが出来たのは、彼らが当時最も知識と権力を有していた組織に他ならない。
「……かの古代ローマ帝国における芸術・文化・科学・教育……どれを取っても今現在の我々と類似、一部では最先端技術にも劣らない能力を有していたのも事実だ。ローマ市街地の上水道も古代に整備されたものをそのまま使用しているからね……しかし、彼らは権力闘争や内紛、果ては怠惰的な政治運用によってその身を滅ぼした……いわば、技術的・文芸的絶頂期において政治の舵取りが効かなくなり、やがて滅んだんだ……おまけにその後に起こったフン族の襲来、ゲルマン民族の大移動、火山の噴火、ペストの大流行によってヨーロッパはおびただしい数の屍を出すことになった。我々だっていつまでもこうして王としていられるかは判らないからね……」
「陛下!滅多な事は申さないほうがよろしいですよ!」
「ごめん、ただ、この場で言いたい事というのは、政治的混乱と大災害・戦乱が発生すれば、ただではすまないという事を言いたかったんだよ」
アントワネットが不安そうな顔でこちらを見つめてきている。
……あぁ、そりゃそうだ。
これまでも俺はそことなく改革をし続けてきた。
その改革が出来たのも未来知識……早い話がHOBFや学生時代に習った歴史の教科書の中で描かれていた出来事を思い出し、それを予測するような形でより良い未来を築くために行ってきたのだ。
だから不自然な程に未来が見え過ぎていたんだ。
本来ならルイ16世が知り得ないであろう極東の日本に関する情報や、諸外国に関する情勢。
果てはラキ火山の噴火といった自然災害まで詳しく網羅しているから、いよいよもって見過ごせないレベルまできたのだろう。
「すでにイギリスの内戦は言わずもがな……ロシアでも偽皇帝の反乱、新市民政府論とそれに伴う極端な平等思想主義の流言飛語……このような状況下で災害が起こるとしたら、まさに王政打倒に動いている者達からしてみれば絶好の機会だ。それに、ラキ火山の噴火が予測通りに起これば、尚更混乱に拍車がかかるだろう」
「では、オーギュスト様が知っていたというのも……」
「歴史的な情勢と過去の歴史から紐解いて、おおよそそのぐらいの頃合いかなと思ったからさ。少々説明不足かもしれないが、火山の噴火は数年から数百年に一度の割合で起こるとされているんだ。だから、もしかしたら起こるかもしれないと俺は睨んでいるんだ」
……ふぅ、うまく誤魔化せたかもしれない。
アントワネットも他の閣僚たちも真面目に話を聞いているのでおそらく大丈夫だろう。
納得したようすでアントワネットは頷いていたし、あとは先程までに議題にあげた災害時の対策がどれだけ執行できるかで勝負が決まりそうだ。