327:LK計画
今、この場で進められているのは、フランス本土において発生しうる火山災害の脅威への対策……。
俺が何とかひねり出して考えたプランに合わせて出来上がったものに、次々と妙案を載せていく。
火山災害というのはフランスでは殆どない、強いて言えば独立国家であるスイスとの国境付近にある山脈付近で起こった地震程度だろうか……。
それぐらいに、フランスという国家は地震や噴火といった災害とは無縁であったのだ。
リスボン地震の時は大西洋側の沿岸部で1メートル程の津波が襲ったらしいが、ここ最近の統計や記録を見る限りでは水害や干ばつ等の飢饉を除いて災害はない。
「我が国は水害や干ばつ等は経験しているが……火山の噴火による災害は経験していない。勿論、水害や干ばつ等が起こった場合も考慮し、今後発生しうるであろう災害にも対策を取っておく必要がある……どんな災害でも法整備等もしておけば、その法に則って行動できる」
「それに、もし法に不備があれば修正して今後に活かす事もできますね」
「その通りだアントワネット……」
「ところで……このLK計画は何の略称なのでしょうか?」
「ああ、それはラキ火山……Lakiから由来しているんだ」
「Laki……LK計画……というわけですね」
故に、災害時の対応を取りまとめるLK計画が必要不可欠となる。
せめてあと半年……半年ほどでロンドン国民平等政府軍との決着が付けばいい。
そこで決着が付けば、派遣しているフランス軍を呼び戻して非常事態に備えて国内の警備を任せる事が出来る。
仮に間に合わなかったとしても、国内の治安と食料の供給維持は出来るようにしておきたい。
これまで培ってきた知識と人脈が頼りだ。
「本当はもう少し余裕があったと思っていたのだが……食糧も必要な分の備蓄は整えてあるな?」
「はい、イギリスに派遣している兵士に配っている保存食とは別に、蓄えは十分にあります。万が一ラキ火山の噴火が今起こったとしても、国民が冬を乗り切れる分は確保済みです。瓶詰に保存している保存食の種類も豊富になりました。ニシンの酢漬けに、堅パン、干し肉、ザワークラウトといった人間の活動に必要不可欠な食糧の確保に成功しております」
「備蓄状況は各地の国土管理局の施設が保管していたな……食料貯蔵施設に関しては問題はなさそうか?」
「ええ、今のところ食料貯蔵施設で保管している瓶詰には不具合等で品質が著しく劣化したケースは殆どありません。三ヶ月に一回、ランダムで選んだ瓶の蓋を開けて検査・検食をしておりますが、瓶詰技術によって驚くべき程に長期保存が保たれておりますよ!」
「それは大変結構!」
食料貯蔵施設は全国の都市部だけでなく、農村部にも設置されている。
各地方の都市部には使われなくなった要塞や城を改装して作らせており、その分予算も掛かったが、このラキ火山の噴火に伴う生育不良や、大凶作を予測して国民に配給する必要分の食糧を集めさせていた。
これは1771年4月11日に結成した改革派の最初の会議で提案された構想案に変更などを加えた上で、1774年度から建設が始まったものであり、時折会議等で名前が上がっていたのだ。
鼠などが寄り付かないように温度管理なども行い、貯蔵庫を扱う人間は定期的な掃除などを行うように指示していた。
「瓶詰工場で生産されている瓶詰の価格と、その在庫はどのくらいある?」
「一瓶10キロのザワークラウトが現在1リーブルとなっております、干し肉であれば2キロで1リーブルです。在庫は……こちらの手持ちの資料によれば先月時点で500万人分は既に確保しているとのことです」
「500万人分か……軍用に転用してしまったとはいえ、一回の消費でかなり減ってしまうからなぁ……生産体制を強化する必要があるな」
今回、ロンドン国民平等政府軍との戦争において、フランス軍は瓶詰の有効性を証明する為に、瓶詰を携帯している。
少なくない量を渡しているが、それでも国内の備蓄分として扱う分であれば苦労はしない量だ。
食糧さえ十分に行き届いていれば、火山が噴火しても国民もパニックになることもなく、普段通りの生活を維持する事が出来る。
勿論のことながら、それを実現するには国民への呼びかけが必要不可欠だ。
「必要な事を挙げるとすれば、食糧の配布が必要になった際の手順だな……」
「ええ、誰しもが真っ先に食糧を確保する為に動くことが予測されます」
「一斉に告知をすれば、配布所目掛けて突撃……する可能性も否定できないな」
「パニックになってせっかく用意した食糧が強奪される……なんて事態は避けたいからな。公布人を使って地域ごとに告知をしておくか」
都市部だけでなく、農村部やサン=ドマングといった海外地域への公布人を派遣する際にも、政府の基本方針を示したマニュアルを配布する予定だ。
マニュアルといっても、まだ文字の読み書きが出来ない人が多い時代でもあるので、分かりやすいようにイラスト付きだ。
学校を次々と開設しているとはいえ、まだまだ識字率は上がっていないのが現状である。
「種類にもよりますが、一年近く保存が可能です。陛下のご指示があれば各地の瓶詰工場において高圧蒸気機関を応用した装置があれば今以上に大量生産も可能です。緊急時に配給する食糧も、公布人を通じて内容と量を公表します。身分や階級に差がないように平等に配布致します」
「頼むぞ、食糧の分配は何かとトラブルになりやすいからな。トラブル回避の為にも規則などは徹底して厳守するように職員への通達も忘れないように」
「国土管理局の国勢調査に則って、各世帯の人数も把握しております。流入した人口につきましても届出順に更新しております」
人口が増えつつあるフランス。
国土管理局は国勢調査と称して毎年行政の代表者に、何処に誰が住んでいるのか把握する為に調査を依頼している。
改めて、人口の内訳の調査が必要なのかもしれない。
「そうか……では、改めて関係各所に通達。必要分の保存食の確保と、保管場所の安全・警備チェックを急いで行ってくれ。それと瓶詰工場には高圧蒸気機関の導入も行って欲しい。この際、火山噴火によるリスクが大きすぎる。備えを進める為にも資金と人材をバシバシ投資してもらいたい。国王命令を使ってでも実行するように命ずる」
瓶詰の場合は最大で一年まで保存食の安全が保たれているそうだ。
ラキ火山の噴火が発生しても、当面の間は保存食を含めた備蓄食料を放出してでも国民が買える値段……つまり、適正価格で維持していかないといけない。
腹が減っては戦はできぬということわざがあるが、実際には腹が減って食い扶持を確保する為に戦をするようなものだ。
市場価格の適正化と食料維持に向けた調整。
……と、ここでアントワネットが神妙な顔をして資料を見ている。
……何か気が付いたことがあるのだろうか?
俺はアントワネットに話しかける。
「……アントワネット、何か気になる事でもあったのかい?」
「ええ、丁度七年前の事を思い出したのです。以前オーギュスト様が大規模な噴火が発生した際に、どうするべきかと……その時に話していたことが現実に起こりつつあると……」
「あー……改革派の最初の会議で確かに議題に挙げてやっていたね……」
「……もしかしてですが……ディスカッションの時に述べていらっしゃったように、オーギュスト様はラキ火山が噴火する事を知っていたのでしょうか?」
その言葉に、会議室は一斉に静まり返ったのだ。