325:タイムリミット
新トリアノン宮殿に設けられた、重々しい扉が特徴的な部屋がある。
重々しい鉄製のドアで出来ており、12ポンドグリボーバル野砲の直撃を喰らっても耐えられるように設計されている。
周囲には素行調査等で問題のない素行の良い兵士達によって警備がされており、まさにフランスの中でも一番セキュリティー対策が施されている場所だ。
この部屋において今現在、ラキ火山噴火の兆候を踏まえた上で対策会議が行なわれていた。
既にデンマーク=ノルウェーでは政府関係者が周知しているそうだが、まだまだフランスでは情報が入ってきたばっかりだ。
どんな状況なのか確認して対策を講じないと、的確な指示が出来ない。
ただでさえ、ロンドン国民平等政府軍との戦争の真っ只中にある状態なのに、ここで火山が大噴火したらどんなことが起こるのだろうか?
答えは簡単だ。
戦争どころではなくなる。
それに、この話が国民にそのまま流れてしまうとパニックになる恐れもある。
予め予防的措置……とはいかないが、準備はしっかりとしたほうがいいのだ。
この部屋は最重要課題や議題、また国家を左右するような一大イベントが発生した際に使用されるようになっており、防諜面でも大いに役に立つ。
アントワネットとかと一緒に難しい会議とか、内輪話をする際にもたまーに使用しているぐらいだ。
今回もアントワネットは会議に同席している。
何と言っても、以前から危惧していたラキ火山の噴火が史実よりも早まっていることもあって、彼女からオーストリア側に伝えてほしいと考えているからだ。
それは何故か?
下手したら戦争どころではなくなるからだ。
というか、あのラキ火山が史実規模の大噴火を起こしたら、確実にヨーロッパを含めた北半球全体で数年規模に渡る寒冷化は避けられない。
皆も一度は見た事のあるロボットアニメで宇宙空間に人類の生存圏として作られたスペースコロニーを地球に落とした際に、大質量隕石と同じレベルの衝撃によって街を含めて周囲が吹き飛ぶ被害が作中で出されていた。
アレ程ではないかもしれないが、隕石や火山の噴火で恐ろしいのは、空気中に舞う火山灰などが太陽の光を遮ってしまうことだ。
直接的な被害もさることながら、一番大きかったのは空気中に地面がめくれ上がった際に出来た塵が舞い上がったことによって日光が遮断されたことだろう。
史実のラキ火山噴火の際には、空気中に拡散した塵によって日光が届かなくなり、作物などがダメになってヨーロッパ全域で噴火に伴う寒冷化によって甚大な被害が生じた。
フランスでは小麦といった食糧価格の高騰を招いて、これが民衆による反発を招いて革命の直接的な原因になったとも言われている。
過去に何度か説明したとおもうが、それぐらいに無視できない火山であり、噴火したら間違いなくヤバイのは目に見えている。
会議に招集した閣僚の大半が、ラキ火山の噴火をそこまで深刻に捉えていない。
「ラキ火山噴火に伴う大規模な広域災害に発展する可能性……でありますか?」
「そうだ、デンマーク=ノルウェー同君連合からの報告では、アイスランドで先月3日から地鳴りと体感地震が頻発しているという報告が入って来ている。丁度報告書が書かれた23日頃には大規模な揺れと地面の亀裂も見つかっている……」
「ですが、元からアイスランドは火山地帯で有名ですし、小規模な噴火は起こりえるものではないでしょうか?」
「小規模な噴火はよく起こりえるのも知っているが、大規模な噴火が発生すればあの火山はヨーロッパ全域に被害をもたらすぞ。火山や地震といった自然災害はあまり甘く考えないほうがいい」
やはり火山といっても、日本と違ってそこまで火山の数は多くない。
いや、日本における火山の数が桁違いに多いのが異常なのか……。
このフランスに近い場所である火山ならイタリアが挙げられる。
……が、それでも数える程度なので、殆ど火山に関する研究なども進んでいない。
調べているのは地質学者程度であるが、地理学と共同で地図を作っていたりしているので、切っても切れない関係だ。
故に、現在アイスランドを保有しているデンマーク=ノルウェー同君連合側にラキ火山の状況を調べるついでに派遣したら、火山活動に伴う地震や地割れが活発化しているという無視できない報告を受け取り、この場で会議をしているというわけだ。
しかしながら、洪水や干ばつなどはフランスでも何度か経験があったので対策は重点的にやっているが、火山がない事もあって噴火の恐ろしさを伝えても反応が鈍い……。
うむ、ここは少しアプローチを変えて話したほうがよさそうだな。
「……ふむ、火山に関しては有名な伝説がナポリにあるだろう?イタリアの街……ヘルクラネウムやポンペイが一夜にして滅んだ話を……ハウザーは知っているかい?」
「ええ、確かカルロス3世陛下の御支援で調査内容を記した書物がありましたね。長年噴火によって一瞬で滅んだとされており、よく創作ではないかと言われておりましたが……調査の結果、昔の古代ローマ帝国時代の話が真実だったと記されているわけですね?」
「そうだ。実際にはヘルクラネウムやポンペイの街は、ヴェスヴィオ火山の大噴火によって発生した有毒かつ高熱の灰を含んだ噴出物が街を飲みこんだとされているんだ。それも飲みこんだ時の速度は馬が全速力で駆け抜けるよりも遥かに早かったそうだ……そして遠く離れた場所でも火山灰が降り注いで農作物に甚大な被害を及ぼしたとされているんだ……もし、そのヴェスヴィオ火山よりも何十倍もの被害が生じる可能性がある場合を想定したら……どうなるかね?」
「……推測ではありますが、最悪ヨーロッパ全域で農作物が生育できず、大凶作が発生する……というのですね?」
「余の考えすぎかもしれないが、もしこの考えが的中していたら大惨事に繋がりかねない。対策を練っておくだけでも良いだろう。その為に災害時対策の為のプランを作っておいた……みんなも目を通してほしい」
この会議に出席している閣僚全員に配られているのはラキ火山を含めた大規模災害が発生した際にフランス政府が行うべき行動を記した報告書である。
できればないほうがいいが、万が一発生した際にノープランだった場合は対応が悲惨な事になりかねない。
予め対策を打ち合わせておけばどのようにするべきかわかるはず。
というわけで、科学アカデミーの学者や地質学者、国土管理局で一般公開されている人口調査機関などと協力して去年に製作した災害対策マニュアルを取り出す。
『大規模広域災害発生時におけるフランスの対応方針』
このマニュアルを閲覧した上で、閣僚全員の意見を聞きたいと思っている。
何度か災害に関して議論こそしたことはあれど、火山に関しては本格的な対策の議論はまだ行っていなかったからだ。
今やっておいたほうがいいだろう。
ラキ火山に関する報告通りであれば数年以内に大規模な噴火を起こす可能性はかなり高いからだ。
そうした理由でラキ火山を巡る議論が始まったのであった。