324:琉球中継
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1778年10月1日
いつか、フランス海軍の提督を特使として日本に派遣して開国してくださいとせがんでみたいなと思っているルイ16世だ。
今はイギリスの対応を重視しているので、軍人の特使を派遣するのは随分先になりそうだ。
しかし今年の7月中旬頃に青龍を経由して琉球(現在の沖縄県)に立ち寄った際に、薩摩藩(現在の鹿児島)の商人とコンタクトを取る事には成功したそうだ。
今年に入ってから暗いニュースや出来事などが起こっているが、前世の祖国である日本とフランスが関わりを持てたことは率直に良いニュースとなった。
(ついに日本との接点が出来上がったぞ!それも中継地点となる琉球という場所で交流出来たのは良い兆候だな。これで貿易も増えていくといいんだが……まぁ、開国要求までは無理だとしても、青龍への入植とか手伝ってくれたらありがたいなぁ……)
元々薩摩藩は島津家を主体とするバーサーカー……じゃなくて、商売上手で幕末から明治維新にかけては薩摩藩出身者による改革が功を奏したことも大きい。
よくネットでは島津家を含めて薩摩藩の人達は保守的で頑固者だが、仲間想いで一度やろうとしたことはやり通す心意気があるとされている。
そして特筆すべきは、この時代の日本人の中では鎖国体制下にありながらも薩摩藩の人達は琉球貿易を通じて世界を熟知しており、またイギリスやフランスからの情報や技術をせっせと輸入して明治維新を成功させた要因の一つとなっている。
……まぁ、そんなこんなで琉球の地で薩摩藩の商人と交流した際に、フランス側は青龍で栽培されたサトウキビを使ったケーキの一種であるミルフィーユを薩摩藩の商人に振る舞い、オランダ語に翻訳した医学・技術見聞録を、薩摩産サツマイモの種や日本刀、有馬焼といった工芸品と交換して、今後島津家を含めて幕府の上層部に取り計らってもらうように依頼する事が出来たそうだ。
報告書を持って来てくれた貿易商曰く、ミルフィーユを食べた際の相手側の反応が凄く驚いた様子だったようで、作り方を教えてほしいと頼まれたという。
やはりこの時代には甘い食べ物ほど魅力的なものはそうそうないようだ。
特に、日本では砂糖はフランス以上に貴重な代物だったこともあってか、かなり重宝されたようだ。
この時代だと和菓子文化が発展していた筈だけど、そうした和菓子の原料になっていた砂糖は琉球などからの輸入品に頼っていたため、値段もかなり高かったハズだ。
なので水飴等の代用品で甘味を確保して、和菓子文化が栄えたとも言われている。
以前……といっても転生前だが、京都のお菓子メーカーとの取引の際に貰った和菓子のパンフレットにそう書かれていたはずだ。
……うろ覚えだけど。
カステラは確か幕府への献上品として、庶民層が食べられる機会は殆どなく、現代のように食べられるようになったのは明治維新以降だったはず。
このまま開国したい気分だが、流石にそれは無理だ。
東京湾……いや、まだ江戸時代だし東京湾って言い方もおかしいけど、首都のど真ん中にフリゲート艦を引き連れて開国要求をしてくれば相手もビックリするよね。
流石にそんな事をすれば史実より早く「外国船打ち払い令」が出されるだろうし、下手な刺激をして余計に鎖国政策を強化されてしまうのは些か厄介だ。
それに、薩摩藩は先程も述べたように琉球貿易で少なくない利益を確保しており、江戸よりも諸外国の情報収集に優れていたのでアヘン戦争の時も、戦況を把握していたとされている。
出島に赴く案もあったが、かえって薩摩藩と交渉出来た事は良かったのかもしれない。
再来年までには青龍でのサトウキビ農園も本格稼働する予定なので、砂糖を精製してお菓子にしたり、お酒の原料にして嗜好品として取引できれば良き貿易相手国となってくれるだろう。
転生前の祖国である日本との関係を構築する事が出来た。
これはいいニュースだ。
……で、悪いニュースも残念ながらいくつかある。
先ずはポリニャック伯爵夫人についてだ。
逮捕されたセルゲイ少尉が、様々な事件で糸を引いていた黒幕はポリニャック伯爵夫人であると自白したことにより、最重要容疑者としてバスティーユ牢獄に収監されることになった。
彼女の取り巻き連中や支持者が身柄の奪還を図るのを防ぐために、バスティーユ牢獄で最も警備が厳しい部屋に収監されることになる。
既にポリニャック伯爵夫人が集めた資産などは国が接収している。彼女がアデライード派、オルレアン派亡き後に宮殿内の一大勢力となった中立派が蓄えていた資産は、実に1億リーブルにも及ぶ。
このうち、正当かつ帳簿漏れ等不備の無い真っ当な資金が6千2百万リーブル、残りの3千8百万リーブルは帳簿不備や過少申告等で漏れていたりと、中立派の問題が露呈したのだ。
流石に、ポリニャック伯爵夫人の影響力が大きく、経済的損失を大きく出してしまうとフランス全体で経済恐慌が発生する恐れがあるとして、中立派に所属している貴族や富裕層が自主的な未払金の後納と称して株や資金などを国に譲渡してくれたのだ。
ちなみに、未払金を含めて自主的に行った事で、申告漏れではあったが意図的にやったものではないと判断されて、罪には問われていない。
勿論のことながら、これは司法取引で罪を消す為に行われたことである。
本来であれば虚偽申告罪等で罰則されるように憲法で定められているのだが、いかんせん戦時中という事と、経済的損失のリスクのほうが遥かに危険ですと閣僚たちから咎められたこともあり、彼らを逮捕に踏み切れなかったのは少々痛手だ。
(なんだかなぁ……本来であれば訴えてやりたいんだけど、ロンドン国民平等政府との戦争中ということもあってか、大規模な経済恐慌を回避する代わりに、今まで申告漏れをしていたお金を納付したり、株式や資産を譲渡という名の接収だけで済ますのはなぁ……)
悪いことをしたのが分かったにも拘わらず、罰金払えばいいんでしょ理論で反省していない連中もいるので、何とも後味が悪い。
ポリニャック伯爵夫人に関しても慎重に捜査が進められているが、もしかしたら司法取引によって罪の軽減などが適応されるかもしれない。
というのもロアン枢機卿との関係については、相手から肉体関係を迫られた末に、武器密輸に関与していたと告白したのだ。
仮に、仮にそれが事実だったとしたら、せめてロアン枢機卿が逮捕された際に言ってもらいたかったものだ。
そうすれば、ここまで拗れることが無かったのだから。
全く……どうすればいいんだろうね。
いや、その供述が本当だったとしたら、情状酌量の余地はあるかもしれないけど、もうすでにロアン枢機卿は処刑されているので……その告白が真実ではないかもしれない。
しかしながら、もうすでにポリニャック伯爵夫人の資産は抑えてあるし、彼女の旦那である伯爵に関してもいくつか贈賄などの容疑が掛かっているので、夫婦でじっくりとどのくらい罪があるのか今後調べていくつもりだ。
裁判に関しては来年中頃を予定している。
そして、もう一つ悪いニュース……。
これに関してはかなり悪いニュースだ。
このニュースに関してはフランスとしても覚悟を決めないといけない。
それぐらいに直接的な影響が極めて大きい。
それはラキ火山の活動が活発化しているという極めて重大な報告がデンマーク=ノルウェー同君連合に所属している地質学者からもたらされたのであった。
参考資料:全国和菓子協会"和菓子の歴史"(2011)
https://www.wagashi.or.jp/monogatari/shiru/rekishi/
2021年4月18日閲覧