319:高圧蒸気機関
父親の車がツインターボなので初投稿です
フランス科学アカデミーに到着した俺達を待っていたのは科学者達であった。
以前に比べて表情はにこやかだ。
イギリスの亡命者を受け入れたこともあってか、急速に技術が発達しているらしい。
今回開発した蒸気機関は従来の蒸気機関よりも更にパワーが出るように一から新規製作された代物のようだ。
開発主任に抜擢されたのはジェームズ・ワット。
歴史における蒸気機関装置を発明した生みの親だ。
イギリスの内戦に伴ってフランスに避難してきたのだ。
「貴方がジェームズ・ワット氏ですか、一度直接お会いしたかったですよ」
「こちらこそ!陛下とお会いできるのは誠に光栄でございます」
「ああ、それで今回開発した蒸気機関というのはどんなものなのか見せてもらえるか?」
「はい、こちらにご用意させて頂きました……この天幕の下にございます」
被せられている赤い天幕。
天幕が降ろされると、そこに置いてあったのは今まで見てきた蒸気機関よりも複雑に鎮座している部品が取り付けられている。
まるで……アメリカ車に搭載されているV8エンジンのシリンダー内部にある気筒のような物が複数箇所に取り付けられおり、見るからにこれまでの蒸気機関よりも一線を画すようなデザインとなっていた。
「これは……今までの蒸気機関よりも複雑そうな見た目をしているが……」
「ええ、これは高圧蒸気機関です。従来の蒸気機関では復水器が必要で消費するエネルギーにロスがありました。ですが、この蒸気機関であれば今まで使われていた蒸気機関よりもパワーを出せる代物です」
「成程……では、これを使えば蒸気機関車の開発もうまくいく……という事かね?」
「ええ、仰る通りでございます。恐らくですが、この蒸気機関であれば車両の運行もやりやすくなります。キュニョー大佐が行っている蒸気自動車プロジェクトも、こちらの高圧式のものに切り替えていくかと……」
高圧蒸気機関……。
これまで登場した装置に比べても見た目がゴツイ。
一昔前のスチームパンク風のゲームやアニメで登場してきそうな見た目をしている。
歯車もかなり複雑そうな並び方をしているが、これはこれで見栄えもいい。
カッコよさでいえば満点間違いなし。
写真があれば一枚撮影したいと思ったほどだ。
さすが蒸気機関の父と呼ばれている人だけに、高圧蒸気機関もテキパキと作るのはスゴイ。
……いやまてよ。
ジェームズ・ワットって高圧蒸気機関発明していたっけ?
原理なら既に作っていたけど、史実だと次の世代の発明家が生み出していたような気が……。
まぁ、それでも結果的に蒸気機関が生み出せることが出来たのであればヨシ!
アントワネットはおどろおどろしい見た目の高圧蒸気機関を見て、少々興奮している。
ワット氏に意気揚々と質問をしていた。
「こ、これはスゴイですわね!最初にフランス科学アカデミーに来たときに見た蒸気機関よりも一段と洗練されているような気がします!ワットさん、こちらの蒸気機関でこれまでに使われている従来の蒸気機関と比べてどのくらいパワーの差が生まれているのかしら?」
「高圧蒸気機関は従来のものよりも新規設計によって産み出された代物です。おおよそですが、1.5から2倍近くの性能向上が見込まれます」
「それはすごいわね!でも、それだけ性能が上がっていると、費用も掛かるのかしら?」
「そうですね……現在新規で蒸気機関の研究と開発をしておりますから、その分費用が嵩みます。従来の蒸気機関よりも値段も5割増といったところでしょうか……」
おぉ、アントワネットがグイグイと質問している。
それも専門的なものから、費用のことについてまで聞いているのはスゴイな。
俺に習ってどんなものが出来上がるのか気になっている節があるかもしれない。
メリットとしては出力が上がっているので、パワーも倍以上出せるようだが……。
当然ながらデメリットも存在するようだ。
俺もアントワネットと同様にジェームズ・ワットに質問を行う。
「俺からも質問したいのだが……高圧蒸気機関のテスト実験はどのくらいやった?」
「試作品を含めるとおおよそ2500時間です。今のところ重大な故障はしておりません」
「重大な故障はしていないのか……では、小さい故障とかは出たのかい?」
「最初期のものはネジの部品と歯車の部品が高圧に耐えきれずに破損するケースが目立ちましたが、内部の圧縮装置に改良を加えた結果、故障は殆ど出ておりません。ただ……」
「ただ……何かあるのか?」
「空気の圧縮率が高いので、間違った手法で行うと機械が暴発するリスクを孕んでおります。復水器を無くした分、取扱いも変わっておりますので……取り扱いに関しては以前のものよりも慎重にやるべきかと……」
高圧と謳っているだけに、今まで使われていた蒸気機関よりもパワーが倍以上ある。
それだけパワーがあれば暴発するリスクも多くなると語ってくれた。
今まで使用していた機材と仕様が違えば、慣れるまではゆっくりと運用しなければならないだろう。
それに、今までのやり方で大丈夫だからといってそのまま使用して重大事故に繋がると恐ろしいな……。
「うむ、ではこの高圧蒸気機関を使って都市の郊外で実験してもらってもいいかな?」
「ええ、それは構いませんが……どんな実験を?」
「あえてこの高圧蒸気機関が暴発した場合にどんな事が起こるのか……実験を行い、その威力などを検証してもらいたいのだよ。そうすれば、どのような被害が生じたのか調べることが出来るからね。この高圧蒸気機関と同じものを作ってもらって実験をお願いしたいのだが……いいかな?」
「……かしこまりました。製作を含めると一週間近く掛かりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わないよ」
暴発した際の実験などはまだしていないようであった。
それもそうかもしれない。
まだこの時代には安全テストなども肌で感じて覚えていた時代だ。
機械による事故や故障も、ある程度予測がつくものがあれば、予測しない想定外の事故も起こり得た。
機械に対する安全性を高めるのであれば、危険な実験……あえて機械を暴発させるとどのような被害が生じるのかテストする必要もあるわけだ。
勿論文字だけでは伝わり切れないと思うので、画家さんを雇って暴発する様子などを克明にスケッチしてもらい、事故が起こるとこんなことになりますよと伝えることが出来れば事故のリスクを減らせるはずだ。
ただこれだけだと厭味ったらしく言っているような感じもあるので、ただし……と付け加えた上で真剣な表情で述べた。
「ただし……技術が進歩しても、事故は必ず起こる……そうなった時に、事故を起こして故意ではなかったとしても使っている人間に責任が問われることになる。つまり被害者と加害者が発生する事になるんだよ……」
「被害者と加害者ですか……?」
「そうだ。もし技能や教育が不十分で、リスクに対する認識が甘かった場合は使用に非があるが、十分に徹底していても機械側の不具合や突発的な故障に伴う事故が起こった場合、責任問題が複雑化してしまうんだ。そうなってからでは遅いので、事故が発生するとどうなるかを検証して機械を使う現場で徹底すれば重大事故を抑えることが出来ると信じているんだ……これからの時代は、技術と科学を担う人間が必要不可欠だ」
もっともらしい言葉でジェームズ・ワットにそう告げる。
前世の基準でいれば安全管理に関する項目が殆どないような時代だ。
転生する以前、取引先の工場担当者と話をしていた際に、他社製の機材が動作不良を起こし、その時の不具合によって飛んできた破片に親指と小指以外を吹き飛ばしたりしてしまい、指は辛うじてくっついたものの、神経を痛めてしまった影響で二度と箸を持てなくなってしまった人と話をした事がある。
機材を作ったメーカー側は、使用者側の操作が原因だと主張を曲げず、裁判になって争ったという。
結局、メーカー側がこれ以上のイメージダウンを避ける為に、少なくない和解金を支払った事でうやむやに終わってしまったようで、その人は悲しそうに話していた。
現代ですらこういった状態なので、この時代では基本的に被害者は泣き寝入りだろう。
そうしたリスクを少しでも減らし、かつ安全性を高める為にも必要な実験だと語ったのだ。




