312:宿命の砦
「オーギュスト様、こちらの資料はどちらに置きましょうか?」
「そうだね……それは軍事に関する機密資料だね?」
「はい、フランス軍装備品の調達内容になります」
「調達品の内容も少し見ておくか……その資料を読んでみるよ」
軍事関係に関しては、そこまでミリタリーオタクではなかったので、特段時代をすっ飛ばしたような兵器や武器まで配備はされていない。
自動小銃とかこの時代に開発されて全軍に配備されたら、恐らくフランス単体でヨーロッパを征服できるだろう。
一昔前に流行した架空戦記やネット小説で現代兵器を戦国時代やファンタジー世界、果ては第二次世界大戦に持ちこんで勝利を掴むストーリーが展開されていたけど、生憎とそんなことはできない。
俺がやった事は、コンバットナイフやそれを銃剣として装着できるようにしたのと、現代ロケット兵器の先駆け的存在であったマイソール・ロケットを入手したぐらいだ。
ミリタリー方面の人達に伺えば、それだけしかやっていないのかと怒られそうだが、これでもやれる限り精一杯やったつもりだ。
現代の銃みたいに銃弾でバンバン撃ちまくることが出来るようになったのは、雷管という部品を銃弾の中に組み込むことができたからこそだ。
これが撃鉄による衝撃で雷管が作動し、その時に銃弾の先端部分が飛んでいくという仕組みなのだ。
なぜ知っているのに開発しないのか?
……肝心の雷管の作り方がわからないので俺は現代的な銃を作ることが出来ないからだ。
例えるなら車の運転や操作方法は知っていても、その車のエンジンや内部の動力メカニズムまで知っているわけじゃない。
つまりそこまで詳しく知っていたら、恐らく今はここではなく兵器開発局に出向して陣頭指揮を取っているだろう。
魔法で何もかも出来上がるチートなんてものはないし、設計図とかがこの場で取り出せる未来の道具取り出し装置でもあればいいのだが……。
ともあれ、現在フランス軍は大規模な武器・兵器の更新を行っており、最新鋭のものに転換が進んでいるはずだ。軍事面に関してはフランス軍人及び科学者の開発力次第。
雷管が開発できれば、野砲も銃火器も格段に進歩はするんだけどね……。
『フランス参謀本部監修 1776年2月までの軍装備品一覧【持ち出し厳禁】』
アントワネットから手渡された軍装備品一覧の資料に目を通す。
開戦前のフランス軍の備蓄状況や武器・兵器の部隊の充足率などが記載されている。
充足率というのは、武器・兵器を必要としている兵士に対して数量を満たしているかどうか示す指標の事だ。
勿論のことながら、ここヴェルサイユ宮殿に駐在している兵士の武器充足率は100パーセントだ。
むしろここですら充足率が足りていないようなら第二次世界大戦時にドイツ軍の侵攻を受けて2人で1挺の銃を使ってどうにかしろとむちゃぶりをかましたソ連のような状況になるだろう。
フランス軍の充足率は旧式の火器を含めれば95パーセントだ。
内訳としては以下のような状態となっている。
陸軍装備品更新率
・小火器 更新率60パーセント
・野砲 更新率50パーセント
・兵站食糧 更新率55パーセント
海軍装備品更新率
・小火器 更新率60パーセント
・野砲(艦砲搭載のものを含める) 更新率80パーセント
・兵站食糧 更新率65パーセント
5年以内に更新された武器に関しては小銃が陸海軍それぞれ60パーセント程……。
これでもヨーロッパ諸国の中でも配備と更新が進められている方だ。
特に海軍に関しては最新鋭のグリボーバル砲に換装し、旧式の艦砲と交換を優先して行っている。
これは対英戦争を見据えて優先して行ってきた事もあり、海戦になったとしても射程距離が長く安定した命中精度を誇るグリボーバル砲が大いに役立つだろう。
「既に半数以上の武器や兵器が最新のものに交換されているのですね……」
「流石に火縄銃とかボロボロで旧式の武器をいつまでも使っているわけにはいかないからね……戦闘となれば最新鋭の武器を使って戦う方が有利になるよ」
「いつまでも古い装備で戦うことは良くない……という事ですね」
「うん、兵器関連に関しては陸海軍両大臣に任せているからね。それに、最新鋭の制圧兵器も投入するみたいだと言っていたからね……」
フランス軍はマイソールロケットを実戦に投入するそうだ。
やはり野砲に比べて持ち運びがしやすいという利点と、心理的効果が見込まれるそうだ。
マイソールロケットは史実でもイギリス軍に心理的ダメージを与えたという記載も載っていたからなぁ。
マイソール王国特有ユニットとしても強力な兵器だが生産コストが高いということもあり、マイソール王国では配備が思っていたよりも進んでいなかった。
だが、フランスでは工場を使った生産方式に切り替えており、名目も「改良型花火」として納入されている。
名目上はあくまでも花火ということもあり、防諜面からしても目くらましには丁度いい。
今回のイギリスに派兵する部隊のうち、三個連隊にマイソールロケットを配備し、野砲に取って代わる存在になるのか、実戦運用も兼ねてテストすることになっている。
「あとは……戦争の落としどころを見つけ出さないとね……長くても二年以内に戦争は終わらせるつもりだ。それ以上の時間が掛かると戦費も嵩んで国費を圧迫してしまうからね……軍部にも二年以内の戦争終結を目指して行動するように条件を付けたんだ」
「二年以内ですか?」
「そう、二年以内……逆を言い換えれば二年以内で終結できれば戦費もそこまで嵩まないというわけさ。新大陸動乱時にフランスが介入をしなかったのも、お金が途轍もなく掛かってしまうからなんだよ」
フランス王国を破滅させたのは、ルイ16世の政治主導ではなくアメリカ独立戦争時に多額の負債を抱えた事によって生じた経済不振が根本的な原因と言われている。
もし戦争に介入しなかったらあと半世紀程は王朝は維持できていたのではないかと噂された程だ。
大西洋を渡って大勢の軍隊を派兵して勝利したものの、見返りがあまりにも少なくて莫大な戦費は到底返せるものではなかった。
そうした理由もあって、俺は戦争に介入するのは消極的だったのだ。
「とはいえ……流石にこれ以上新市民政府論を放置するわけにはいかないからね……特に革命思想は危険だし、周辺国に飛び火すれば一斉に手が付けられなくなる……俺自身も覚悟を決めて対応しようとしたんだ」
「それで……今回の戦争に介入することを決めたのですね」
戦争は好きではない。
しかし、国のトップになった以上、やらないと被害が大きくなるのであれば、戦争で原因を潰すしかないのだ。
平和主義を実現するには戦争という行動を起こさないといけないのは何という皮肉なことなのだろうか。
一人で実行に移していれば気を病んでしまったかもしれないが、今の俺にはアントワネットがいる。
そしてテレーズやジョセフも傍にいるのだ。
なるべく犠牲者が大きくなる前に決着をつけたい。
そう願いながら運命は動いていくのであった。