294:果たせない想い
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「ポリニャック伯爵夫人、ご機嫌麗しゅうございます」
「あら、こんにちは。今日のパーティーは楽しんでおりますか?」
「勿論ですとも、久しぶりにパリに来てみたら見違えるほどに綺麗になりましたなぁ……いやはや、このような場所でパーティーを開催できるのは良い事ですね」
欧州諸国会議の会議場となっているブルボン宮殿から歩いてすぐの場所にある公園広場にて、開催予定だったポリニャック伯爵夫人ら中立派が主催する欧州諸国会議の文官らを歓迎する催し物が廃兵院のすぐそばで開催されていた。
ポリニャック伯爵夫人は優雅そうにパーティーを主催し、思う存分自分の存在感をアピールしていた。
彼女はこのパーティーの主催者であり、しかも政府上層部にも許可を得ているのだ。
それもルイ16世直々に相談した上で許可を貰ったのである。
改革派と中立派は今現在対立こそしていない上に、関係はまずまず。
ルイ16世も国土管理局などのスパイ機関を通じてポリニャック伯爵夫人の素性を調べるも、異常は見当たらなかったこともあって認める形となったのだ。
勿論の事ながら、ポリニャック伯爵夫人の裏稼業であり実働部隊である「黒薔薇」についてもまだ政府が知る由もない。
関係書類は全て破棄。
現在ポリニャック伯爵夫人の屋敷に行っても証拠を探し出すのは困難だ。
既に北米に拠点を移して配下のリーゼロッテが率いるラグーン共同組合に業務内容を移しており、表向きはポリニャック伯爵夫人から独立しているので、監視優先度は低かった。
そんな中立派のトップに上り詰めているポリニャック伯爵夫人は、今ではパリでも富豪として有名であり、国王陛下が爵位を言い値で出したら真っ先に買ってみせるだろうと言わしめるほどに金持ちになっていた。
「それにしても、ここでパーティーを主催するとは……宮殿に近い場所でなおかつここまで豪勢な出し物まで用意しているとは……結構奮発しましたねぇ」
「いえいえ、これぐらいはどうという事はないですわ。しっかりと上に許可さえ取れればあとはこちらでやっても良いとお達しが来ましたので問題ないですわ」
「そうでしたか、それにしてもここまで賑やかな野外パーティーは久しぶりですよ」
「気に入って頂けたようで何よりですわ。まだまだ沢山ありますので楽しんでくださいませ」
ポリニャック伯爵夫人は颯爽と笑いながら会場を見渡しながら、自身の権力に酔いしれる。
去年だけでパリ市内に1か所、パリ郊外に3か所、フランス全土で11か所の建物を買い付けたのだ。
サロンや投資会社、金融機関、物販事業など……。
これまでに40件以上もの事業を手掛けただけに、それだけに収益も大きくて中立派では断トツの一位である。
様々な職種向けの会社や事業などを立ち上げており、パリ市民の間では「投資の女王」というあだ名まで付けられるほどであった。
今回は自分の名前を周辺国の政府関係者にPRするチャンスと踏み込んだ上で、パーティーを企画し主催すると持ちかけたのは1月の半ばであった。
中立派に属している貴族から、来月に欧州各国の政府関係者を集めた一大会議を開くという情報を手に入れた彼女は、廃兵院近くの庭園スペースを借りて催し物をしたいと相談した際に、ルイ16世は条件をいくつか突き付けてから許可をするとしたのだ。
「ポリニャック伯爵夫人、貴女のおっしゃっていたパーティーの件に関してだが、いくつかこちらから条件を提示したい……その条件を厳守することを誓うのであれば許可をしよう」
「……!本当ですか!」
「ああ、二言はない。ただし、しっかりとパーティーの責任者として第三者の立会いのもとで誓約書にサインをしてもらうぞ」
許可の条件には投資案件や公共事業への投資話といった直接的な利益に結び付く行動を禁止にした上で、くれぐれも失礼がないようにと、くぎを刺した上で開催を認めたのだ。
ルイ16世としても、転生者としての史実の歴史の記憶で黒い認識を持たれていることもあるが、あまり色々と口に出して制約を課すことは政治上マイナスになるのではないかという懸念もあったこともあり、渋々ながら認める形にしたのである。
ルイ16世が出した条件は三つ。
一つは彼の監視役をポリニャック伯爵夫人の傍に付いたうえで、パーティーをしている際には投資などの勧誘行為などをしないこと。
二つ目は、パーティー会場に入ってくる者の身分チェックを必ず行い、武器などを持ち込まないようにすること。
三つ目は有事の際には係員の指示に従って行動する事が盛り込まれていた。
事実上、ルイ16世の配下もパーティーに参加しており、ポリニャック伯爵夫人が変な事をしないように目を付けておくというけん制……抑止力として存在を保っていた。
それでもなお、ポリニャック伯爵夫人に至っては問題ないと判断してか、ルイ16世の出した条件で誓約書にサインを加えたのだ。
何と言ってもポリニャック伯爵夫人が気合を入れて主催していることもあり、各国の政府関係者がパーティーに集まって大層賑わっているのだ。
伯爵という貴族でもそれなりに高い地位に就いていること、また事業が成功して名が他国にも広がっていることも相まってポリニャック伯爵夫人は様々な人達から声を掛けられる。
「ここは随分と過ごしやすい場所になりましたなぁ……以前に来たときよりもまるで違いますよ」
「ええ、ここ最近はパリ市内はとっても清潔になりましたのよ?あの悪臭ともおさらばしておりますし」
「やはり悪臭を無くしたというのは本当だったみたいですね……」
情報交換なども行いつつ、来賓の者達がパリの街並みが綺麗になっていることに大層驚いていた。
何しろルイ16世が下水買取システムなどを構築する前は、パリでは糞尿を窓から投棄するのが日常茶飯事だった。
故に、悪臭の都とまで揶揄される程だったのが、今ではそんな事が嘘のように臭いが気にならない程に、改善されているのだから。
過去にパリを訪れた事のある政府関係者は大変に驚き、これもすべてルイ16世の手腕によるものであると知ると、なお驚くのだ。
「勿論、私もほんの少しですが事業に関わっておりまして……中々大変ですが綺麗になるのは良い事ですのよ」
「まさにその通りですね……後で同僚にも教えてあげないと」
「同僚の方はこちらにいらしているのですか?」
「ええ、ただ彼はここではなく科学アカデミーで蒸気機関に関する説明を受けに行っているのですよ。何分手持ち無沙汰になってしまうのはよろしくありませんからね」
全ての各国の外交関係者がブルボン宮殿に滞在しているわけではないからだ。
規制解除されている街中を警備の者と同伴して散策したり、フランスで次々と建設されている蒸気機関を使った工場の内部見学なども始まっている。
許可さえ取れれば、博物館や科学アカデミーにも見学を許されていることから、許可をしたルイ16世も意外と見栄っ張りなのかもしれない。
いや、これは見栄っ張りなどではない。
文官たちは目の当たりにするのだ。
パリを歩いて道々で活気に溢れている人達は平民層であり、そうした平民層が豊かになっている国ほど国力が上がっている証拠だ。
フランスはまさにその証拠以上に発展しているのだ。
フランスにおける国力を周辺国に見せつけると同時に、改革によって平民層にも経済的に豊かになったと証明する機会でもあった。
以前から改革について詳しく聞いたり、実際に目にしていたオーストリア、トスカーナ、クラクフ、スウェーデンは各自思い思いの場所を見に行ったのに対して、ロシアやポーランド、プロイセン、ポルトガルの文官は、かつては汚物の都とまで揶揄されるぐらいに悪臭で満たされていたパリ市内が嘘のように綺麗になったことに驚いていたのだ。
また、瓶工場では保存食として作られているジャムやニシンの亜種であるサーディンをオリーブ漬けにして保存し、非常災害時の緊急食糧として備蓄するといった先進的な備えは注目を集めた。
「王国の繁栄を祝う為にもこのパーティーの許可を求めたのです。そうしましたら陛下が許可を出してくださったのですよ」
「おお、そうだったのですか。この場所は立地もいいですし、私としてもここで開かれるパーティーに参加できて光栄です」
「お気に召して頂ければ幸いですわ、ささっ丁度私の農園で栽培されたワインも到着致しましたし、よろしかったら飲んでみてください」
「これはこれは、では一杯頂きましょうか」
「ええ、乾杯といきましょう」
よし、これで大丈夫だ。
このまま自分が注目の的になれるように、優雅に動いていればいいわ。
ポリニャック伯爵夫人の独占的な場の支配……。
しかし、それは突拍子もなく崩れ去る事になる。
ポリニャック伯爵夫人よりも一足先にご自慢のブランド品のワインを口にしたポーランド人の高官二人が、突然苦しみだしたのだ。
「うぅぅっ!……がはっ!」
「だっ、大丈夫ですか?」
「ぐぶっ!ゲボゲボッ!ぐぎっ!」
二人の高官は突然ワインを吐き出してその場に倒れる。
呼吸も取れずに、物凄く辛そうに痙攣を起こし始めた。
その光景を見ていた国土管理局の監視員が直ぐに駆けつけて担架を運んで来いと叫んでいる。
ポリニャック伯爵夫人はワインをまだ口にしていなかったので助かったのだ。
しかし、目の前で倒れた二人のポーランドの文官は白目を剥いて身体を震わせている。
この時、ポリニャック伯爵夫人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
誰かに嵌められたのだと、この時ばかりは嫌でも勘が冴えていたのであった。