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286:ブラック・ウルフ

初投稿だと思いながら投稿している時点で初投稿です。

★ ★ ★


パリ サント=ジュヌヴィエーヴ修道院近辺


パリの中心部に位置しているこの修道院は、今現在カトリック系教会が所有しており、司祭が神への祈りを済ませてから就寝する。

歴史ある修道院であり、その歴史は西暦500年頃までさかのぼることが出来るという。

そんな修道院のすぐそばにある酒造店から出てきた男達。

ドイツ語を話す男達が屯してせっせと馬車の荷台に樽を詰め込んでいた。


「ふぅ……それにしても重いな……」

「ああ、何でも大至急必要なんだとさ……全く、あのオーナーの伯爵夫人は気前もいいが……ちと人使いが荒いんじゃないか?」

「しょうがないさ、何たって伯爵夫人様だからな。俺達みたいな平民出身者を高額で雇ってくれただけでも感謝しないと……」

「そりゃそうだけどな……しかし、何だってこんな夜中の3時に積まなきゃいけないんだ?」

「緊急の発注が来たとかそんな理由らしいぞ?今日の欧州諸国会議が終わった後のパーティーで使うからかき集めているんだとさ……先に契約していた酒造店が放火騒ぎで全焼してダメになったからだそうだ」

「はぁ……それにしても急すぎるなぁ……なんとかならないもんなのかね?」


男達が運んでいるのはワインの樽だ。

それもワインの一大生産地であるブルゴーニュワインと銘打っており、去年がワインの出来としては最高だと称されたこともあってか、最高品質と称されたブルゴーニュワインはパリを中心に値段が高騰しているワインでもある。


そんなワインの樽を何十と積み込んだ男達はプロイセン王国出身者であり、現在出稼ぎの為にパリで働いている身である。

元々マクデブルクでビール酒造をしていた事もある者達だが、短期間で高給な仕事にありつけるという広告を頼りにわざわざパリにやって来たのである。

実際に広告は嘘ではなく、以前の仕事で得られていた賃金の倍の値段だったこともあり、男達は文句なく働いていた。

それでも雇い主から夜中の2時に叩き起こされたこともあってか、やはり少々不機嫌ではあった。


「ポリニャック伯爵夫人様は本当に金持ちなんだよなぁ……最近じゃ旦那様が尻に敷かれているって聞いたぞ」

「あっ、それ俺も聞いたわ。投資と融資事業で莫大な財産を手にしてから立場も変わったんだっけ?」

「そうそう、とにかく金の管理を牛耳られて自由に金が使えなくなったそうだよ」

「……最近のパリじゃかなりの大富豪らしいからな……その気になれば宮殿を建造できるぐらいの資産を持っているって話だぞ」

「貴族というよりも投資家として信頼されているって事か」

「そういうことだな……」


彼らの雇い主はポリニャック伯爵夫人。

最近では政治的面では改革派に次ぐ勢力となった中立派としての地位を確立し、没落しかけていた実家のポラストロン家の再興に尽力しており、彼女が嫁いだ時に借金まみれだった実家は既に借金を返済している。

排水工事事業や修道院の修繕工事、地域産業支援企画にも携わっており、ポリニャック伯爵夫人が設立した複合産業を手掛ける会社、パリ・ラグーン共同組合をはじめとする表立っての彼女の動きは投資家や経営者としての評価は高い。


しかし、その裏では黒薔薇と呼ばれる裏稼業を行う組織があり、今現在は国内ではなく海外に拠点を置いて活動している。

信頼できる部下であるリーゼロッテに任せており、今彼女の家を捜索しても決して証拠は見つからないだろう。

この酒造店はパリ・ラグーン共同組合傘下であり、依頼書もちゃんとしたモノを寄こしてきたのだ。

ただ、一つだけ気になる点があるとすれば樽を発送する場所であった。


「……で、伯爵夫人様はどこに運べとおっしゃって来たんだ?」

「アンヴァリッド廃兵院のすぐ近くにあるボリューネ・ジェネモ倉庫まで運んで欲しいそうだ」

「アンヴァリッド廃兵院?かなり政府系機関が沢山ある場所だな……最近はあまりパーティーをしなくなったと聞いていたが……」

「さっきも言っただろ?会議終わった後、廃兵院のすぐ近くにある広場で来賓向けのパーティーで使うんだとさ……」

「そうか……それじゃあ俺達もそのパーティーが始まる前に会場まで沢山運べばいいわけだな」

「ああ、何でも明日は警備が厳重になって午前10時以降は容易に入れないそうだからな。それまでに倉庫にワインの在庫を運んで、予め身分証を持って待機していろだってさ」

「それじゃあ、このまま樽を運んだら倉庫で寝泊まりする訳か?」

「そうなるな……それに倉庫といっても仮眠室もあるみたいだし、そこで眠っていればいいんじゃないかな?」


政府系機関が集中しているアンヴァリッド廃兵院近辺で行われるパーティーは今日では珍しいものになっていた。

ルイ14世から15世にかけてはヴェルサイユやパリの宮殿で連日連夜パーティーをするのが当たり前であった。

ワインの卸売業者は高級ワインや海外から取り寄せたお酒などを売りさばき、莫大な財産を築き上げることにも成功していた。


しかし、ルイ16世の統治時代になってから、アンヴァリッド廃兵院近辺でのパーティーは控えるようになった。

ルイ15世が実の娘に刺された赤い雨事件、それに続く崩御が起こった際に、贅沢なパーティーばかりしているせいで王族の身に不幸が襲いかかった。

次は我々にも降りかかるのではないかという噂話が飛び交った。


これは全くの偶然ではあったが、噂話が飛び交っていた時期にオルレアン家と親しい関係であった廃兵院の補佐事務官が横領の疑いで逮捕され、さらに逮捕後の自供において廃兵院関係者だけでなく、各政府系機関の職員が横領や贈賄の疑いで続々と逮捕者が出たのだ。


それも平民出身者では会計や経理といった事務の者が多く、また貴族階級ではパーティーを開くと同時に裏で集団わいせつ行為や、違法な手段で入手した宝石などが押収され、いつしかアンヴァリッド廃兵院の近くでパーティーを行う者には神罰が下るという噂すら立ったのだ。

結果、廃兵院周辺の政府系機関ではパーティーを行うことは滅多になくなり、親睦会や就任式において以前と比べて控えめな祝賀会をする程度にとどまっていたのだ。


「……で、ポリニャック伯爵夫人は廃兵院のすぐ近くの広場でパーティーをやるんだろ?何とも不吉だな」

「まぁな、でも倉庫が近くにあるだけマシだな。ここから廃兵院までは30分ぐらい掛かるからな……パーティーが始まる前までに倉庫から会場まで運んでいけばいいだけさ」

「それはいいんだけどよ……なんだか、嫌な予感がするぜ」

「単なる気のせいだ。ささっ、残りの樽を詰め込んで出発するぞ」


彼らは残りの高級ワインがたっぷりと入っている樽を馬車の荷台に詰め込んでから出発した。

夜中ということもあり、ランプの灯りを頼りに慣れている道を通って行く。

馬車に乗り込んだのは酒造店の店主、樽の運搬業務を行う力持ちの2名、そして馬車の運転を担う御者の合計4名が乗り込んで静まり返ったパリの街を馬車で駆けていく。


「それにしてもこの時間は全くと言っていいほどに人がいないな……」

「夜中の3時過ぎだぞ?誰だって就寝している時間に決まっているさ」

「そうだな、普段の仕事でもこのくらい道が空いていると助かるんだが……」

「……そこの馬車は止まれ!今すぐに!」


アンヴァリッド廃兵院まであと500メートルという場所で、馬車は検問所に差し掛かり、憲兵の服を身に纏った者達に止められた。

相手はサーベルを持っており、また他の者達も銃剣を付けたマスケット銃を馬車に向けて止まるように指示されたのだ。

店主が仕方なく対応の為に馬車から降りて憲兵に状況を説明する。


「国家憲兵隊パリ本部第八小隊のセルゲイ少尉だ。こんな夜遅くに何処に行こうとしていたんだ?」

「すみません、これからアンヴァリッド廃兵院近くのボリューネ・ジェネモ倉庫にワインを届けに向かう所です」

「……あそこに?誰からの指示だ?」

「ポリニャック伯爵夫人からです。廃兵院のすぐ近くにある広場でパーティーを行うとかで急きょ必要になったので……」

「成程な……確かに広場ではパーティーが開催予定だが……お前たちの身分証は?それと後ろにいる者達も一回降りるように伝えなさい。全員の身分証明をしないと通れない決まりだ」

「分かりました……おい、皆も馬車から降りて憲兵さんに身分証を出してくれ」


セルゲイ少尉と名乗る憲兵の指示に従って身分証を手渡しする。

プロイセンからやってきた男達の身分証は、入国管理局で発行された正規の身分証であり、これが無いと入国はおろか就労も不可とされるのだ。

それぞれ4人分の身分証を確認し、セルゲイ少尉が周囲を見渡して人がいないことを確認し、他の憲兵達が酒造店の者達を取り囲んだのと同時に、呟いた。


「……よし、身分証は大丈夫だが、中身のワインも問題ないか?」

「えっ、そりゃポリニャック伯爵夫人が手掛けた農園で作っている一級品のワインですよ?ちゃんとワインの審査会でも優秀賞を取っているブランドものです」

「そうか、念のため毒物が入っていないかチェックせよとのお達しが来ているのでね。樽に入れてあるワインを点検するが、問題ないか?」

「え、ええ、どうぞ……」


セルゲイはワインの樽の蓋を少し開けて匂いを確認し、コップ一杯ほど注いでからワインを毒味する。

酸っぱくも、まろやかな香りが漂うワインに頷いてから、そっと蓋を戻した。

その際に僅かではあるが何かが樽の中に入った音がするも、誰も気がつかない。


「よし、問題はなさそうだ。通ってもいいぞ」

「すみません、お世話になりました」


取り囲んでいた男達もセルゲイの命令に従って道を通していく。

そして、馬車が通り過ぎた後で、建物の中に入ってから笑みを浮かべて笑い始めたのだ。


「……ハハハハハ!思っていたよりも簡単にいったな」

「ええ、事前の情報通りです。ポリニャック伯爵夫人主催の親睦会パーティー向けのワイン……見事に仕込みましたね」

「そうだ。何よりもアデライード派やオルレアン派から随分と恨まれているようだしな。両派の力が弱まったのを利用して、手掛けていた会社や事業を買収して儲けを出していたんだ。そして何よりも、彼女は教会を裏切って私服を肥やしている。それだけでも神罰に値する……国王陛下、ひいてはフランスだけでなくヨーロッパ全土を巻き込んで戦乱の渦に道連れにしてやろう」

「亡きロアン枢機卿の敵討ちというわけですね……」

「そう言う事だ。彼の復讐でもあるのだ……絶対にポリニャック伯爵夫人は許さないぞ」


そう、セルゲイは確かに憲兵隊の一小隊を担う”元”隊長であったが、今の彼は所属していた組織のメンバーではなく行方不明者という扱いであった。

それと同時に彼は元ロアン枢機卿と密接な関係で繋がっており、武器密輸事件では憲兵隊の地位を利用して武器の売買に関わっていたのだ。


事件が発覚した直後に、数名の部下と共に闇社会で売買されていたスペイン国籍の身分を使って北アメリカ大陸に逃亡し、スペイン人義勇兵として北アメリカ連合州軍に参加。

憲兵隊仕込みの戦闘能力の高さなどを評価され、少人数でイギリス軍の情報を持ち帰って来ることから、付いたあだ名は「ブラック・ウルフ」……黒狼であった。


戦争終結後になってポリニャック伯爵夫人がロアン枢機卿と縁を切って事件に関わっていた者を秘密裏に抹殺していた事を知り、北米連合軍からオファーが来るも暗殺回避の為に辞退し、自分も殺される前にポリニャック伯爵夫人を暗殺ないし、地位を陥れようと計画しているのだ。


ポリニャック伯爵夫人は刺客を送り込もうとしたが、既に逃亡していたセルゲイの行方を掴むことが出来ず、優先順位も兼ねて彼の暗殺よりも北アメリカ連合州軍とのパイプの構築に取り掛かった。

その結果、北米に拠点を移していた黒薔薇のメンバーとはすれ違う形でセルゲイらは北米連合を去ってサン=ドマングに向かっていたのだ。


セルゲイは先ず夫人の動向を掴むのが急務であった。

サン=ドマングを経由してナントに到着してから情報収集を行い、職を転々としながらパリに向かい、そしてついにポリニャック伯爵夫人がパリで開かれる欧州諸国会議で親睦会を開いてパーティーを行うことを突き止める。


パーティーの日時と場所を突き止めた後は、仕立て屋に憲兵隊と同じデザインの服を作るように指示を出した。

勿論、パリではファッションショーなどが月一で開催されるぐらいに服飾関係の仕事が潤っていたので、金をつぎ込んでおけば黙って作ってくれる仕立て屋は有り難い存在であった。

さらにポリニャック伯爵夫人がオーナーを勤めている複数の酒造店をチェックし、その中でも一際高級ワインを取り扱っている酒造店を突き止めた。

後は、この馬車を止めてトリカブトを乾燥させて砕いた附子ぶしをワインの中に入れ込んだ。

これでポリニャック伯爵夫人の名誉をあっという間に落とすことが出来る。

そう確信したのだ。


「思えば早2年……長い雪辱を返す時が来ましたな」

「待っていろよポリニャック伯爵夫人……必ずロアン枢機卿の借りは返してもらうからな……」


奇しくも、トリカブトの毒は古今東西で使用されている。

果たして、彼らの目論見は成功するのだろうか……。

作者「ブラック・ウルフ……お前なんてことをしてくれたんや……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわああ〜各国大使が暗殺されてフランスの責任を問われてしまう!?とハラハラします!!
[一言] 前は何の前触れもなくいきなり登場し、フランス最重要機密の蒸気機関を大量にアメリカへ持ち逃げしてその盗品で工場をつくり、大儲けした黒薔薇ポリニャックとやら。自分だけかもしれないが、こうした瞬間…
[一言] またテロか。生活が安定している分、国民は不安だろうね。 今回に限っては実行出来たら世界中を巻き込むけど
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