285:寝れない時もある
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「さてと……静まり返った部屋で今日の会議に提出する草案原稿の見直しでもしておくか……不安だし……うーん、やはり上手くいかないものだなぁ……この状況、どうしようかな……」
時刻は午前3時すぎ……。
周囲はまだまだ暗い上に、灯りも殆どありません。
巡回の為に時折外で警備の者がランプを持って歩いている程度です。
ベッドで眠っていた私は、オーギュスト様の言葉で目が覚めました。
本来であればお休みの時間……私もオーギュスト様もテレーズも寝ているハズですが、私の隣にはオーギュスト様はいませんでした。
代わりにオーギュスト様は机に向かって座り、ひたすらに考え事をしているようでした。
呟きながら黙々と紙にペンを走らせて何かを書いております。
「とりあえずヨーゼフ陛下との意思確認は出来たのは幸先いいスタートだ。まずまずといった所だね……だけど、本題はここからだ。プロイセンや領邦が賛同できなくても協力関係でいて貰わないと対革命包囲網は崩れてしまうし……かといって軍事的な譲渡も難しいからね。これが政治の難しさというやつか……」
今日の午後から各国の代表者が集ってブルボン宮殿の本会議場で開催する一大行事。
宮殿から周囲1キロほどの道路は小道だけでなく脇道も通行止めにして、陸軍兵士1万人を動員して首都を警備するという壮大なものです。
ヨーロッパ中の特使や王族が集まる事は戦争の講和会議や王族の結婚式といった行事では一般的だそうですが、今回のような革命という騒動の対応で緊急招集されるのは前代未聞だそうです。
もちろん、イギリスで起こっている内戦やヨーロッパ各地で散見しているという「新市民政府論」という階級制度だけではなく王族の廃止や処刑内容すら含めた過激な主張を訴えている内容の本が出回っているので対応しなければなりません。
フランスはオーギュスト様が手腕を発揮しているお蔭か、そこまで大事には至っておりませんが、諸外国ではもうすでに火種がくすぶりだした地域もあると伺っております。
「まず会場のブルボン宮殿の警備を万全の状態で整えないとね……爆弾テロでも起こったら一大事だ。会場の警備を行うのが1500名で……その周囲を見張っている兵士が5000名、残りが来賓としてやってくる諸外国からの代表者や王族の護衛か……パリ市内も厳重警戒にして行わないといけないからね。総勢1万人規模の兵士や憲兵隊で守りを固める……うむ、これは問題なさそうだな」
通行規制は午前10時からと通告しているそうですが、それでも流石に寝ないといけない時間です。
私はオーギュスト様に声を掛けようとしましたが、考え事をしている最中に声を掛けてしまい台無しにしてしまうのは何としても避けたいと思い、テレーズを抱きしめながらベッドの中から様子を見守ることにしたのです。
こうしてオーギュスト様を見てみるのも悪くはありません。
「それで……問題は改革を実施するにしてもいつまでにやっておくかだな……ラキ火山の噴火も迫っているわけだし……革命戦争中に火山が噴火したら確実に世界中で情勢不安になるからなぁ……それまでには改革の大部分を済ませている必要があるわけだが、それをどうやってやるべきか……ああ、でもこの話題に関して述べちゃうと会議の時間が食われてしまうからなぁ……ざっくりと説明しておくしかないかも……」
あら?火山の噴火が迫っていると仰っておりますね……?
ラキ火山……どこかで聞いたことがあるような場所ですわ。
……!思い出しましたわ!
以前改革派がアポロンの泉水で集まって討論を開いた際に出されたお題でしたわね。
大規模な噴火に伴う影響で穀物が不作になったらどうするか?
そんなお題が出されて改革派で討論していた記憶がございます。
(もしかして……そのお題のモデルになった火山が噴火しそうなのでしょうか?)
噴火が迫っているとおしゃっておりましたが、何か情報を掴んだのでしょう。
以前、ヨーゼフお兄様とお話した際やお母様へのお手紙に書いた時にも、オーギュスト様には時折数年後の世界を見ているかのような事をお話する時があるというのはお伝えしました。
一歩ではなくもう一歩先の未来を見つめている。
それより先の出来事を予め予測しているのではないでしょうか?
もしくはオーギュスト様は私も知らない秘密の情報源を持っている筈です。
「うーん、でも革命戦争が起こる上に近いうちに火山が噴火するから一致団結しましょう!と言って団結できるものなのだろうか……かのウイルス騒動の時だって各国の足並みは乱れていたし、あの状況をリアルタイムで見てきた身としては、団結って言葉は表向きの詭弁であり、実際には利害関係でグダグダにしかならないんだよなぁ……皆で危機を乗り越えようとしても、自分達の置かれている状況を把握し、収拾するのに精一杯……。政府も後手に回っていたし、やる事は自分の身を守る為に手洗いとうがい、消毒だけ……うーん、団結無理かなぁ……」
オーギュスト様はいつになく悲しそうな表情をしながら両手を組んで悩んでおりました。
ウイルス騒動?……ウイルスといえば微小動物の事だってサンソンさんが言っておりましたわ。
人間に良い働きをするウイルスもあれば、悪いウイルスもある……。
まだまだ未知の多い分野であり、医学界としてもまだまだ研究段階のハズ……。
もしくは病気の事をおしゃっているのでしょうか?
「あの時は辛かったもんな……外には殆ど出れないし、部屋に籠ってゴロゴロする日々だったな……最初はゲームでもして気を紛らわしていたけど……自室でノルマ分の仕事だけやればその後は自由時間。何やってもいいとはいえ、それも飽きてくると料理とかに情熱を費やして無駄に凝ったイタリア料理とか作ったなぁ……なんだか、今まで暮らしていた生活が一変するって本当に大変な事なんだって再認識させられたなぁ……」
……過去のフランスで、何かそうした病気が流行していたとなれば、危機感を覚えるのも無理はありません。
きっとオーギュスト様はその事について呟いているのでしょう。
私の知らない時に、そうした事が起こり大変だったと……。
「ただ、やっぱり守らないとね。人種や階級制度に囚われない社会の実現。国民の生命と財産を守り、大好きな人を守る為に立ち上がる勇気……。そして、何よりも……この時代で俺が本来のルイ16世で成し遂げたかったフランスの発展と繁栄を享受できる世界を目指して……もうその栄光までのレールはあと少し、あと少しなんだ……だから、絶対に革命戦争では負けていられないんだ。アントワネット、テレーズ……今の俺には、守るべき家族がいるから……だから、明日の会議は何としてでも協力関係だけでも結んでおきたい……」
そう言って、オーギュスト様は手を合わせて机に両肘を立てて寄りかかりました。
両手を口元に当てて、時折「うーん」と言いながら考え込んでいるようです。
オーギュスト様は守ろうとしているのです。
この国を、国民を……そして、私と娘を……!
その言葉を聞けて、思わずうるっとしてしまいました。
巷では愛妻家とか言われておりますけど、オーギュスト様の場合はもっとスゴイかもしれません。
ヨーゼフお兄様曰く、純粋に私の事を愛してくれており、尚且つ愛人を持たない国王は珍しいとまで言われました。
フランス国王では代々愛人を持つのが多かったらしいですが、オーギュスト様はそんな事は致しません。
夜遊びもせず、職務をこなす日々に明け暮れております。
時折私と一緒に休息を取ってパリの街に繰り出すこともありますが、基本的には仕事と家庭を大事にしてくれる御方です。
ですから、私も出来る事があれば役に立ちたいのです。
欧州諸国会議では私も出席する予定ですし、オーギュスト様が無理をなさらないように進言しておくのがいいかもしれません。
私はオーギュスト様が再びベッドで就寝につくまでの間、彼の背中を温かい目で見つめていたのでした。
もっとこうしてほしい、もしくはこんな展開が見たいという意見があればどしどし書き込んでください。
これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします。