284:打開的解決策
「……とはいえだ、まだ他の国と協議してからでも遅くはない。オーストリアとしても全力で過去のいがみ合いを置いてでも革命思想には対抗しなければならないからな」
そう、ヨーゼフ陛下がおっしゃっている通りだ。
このまま何も手を打たずに黙って見過ごしているわけにはいかない。
しかし、フランスが全てを独断で軍事行動などをやってしまうと、プロイセンや領邦、それにロシアやデンマーク=ノルウェー辺りが何かと文句を言ってきてしまうだろう。
内戦に乗じて利権を掠め取るつもりかと言われたら嫌だし、何よりも革命思想についてどういった対策を講じるのか具体的な指標を示さないといけないのだ。
どっかの国みたいに行政に方針をぶん投げて行き当たりばったりな事だけはしてはいけない。
「ええ、今までは王族や国家との戦いでしたが……この革命思想との戦いに関しては、直接的な軍勢を使わずして国内に思想を蔓延させる事が出来る非常に高度な戦いを強いられるものです。こちらは膨大な支出と対策を講じる必要があるのに対して、相手は少数の思想布教を行う者と、信じやすい人間を使うだけでいいのですから……私としても今後は、『軍属ではない、直接的には見えない敵』との戦いに備えないといけない時代に突入したのだと認識しております。これに関連しては全ヨーロッパ中の王族にとって脅威でもあるのです」
「見えない敵か……それも人知れずに王政打倒や廃止を訴える過激な平等思想か……何とも厄介で恐ろしい敵なのだ……」
「革命思想は軍事力ではなく、影もなく日常に忍び寄っていくのですよ。主に不満を持った人間を中心に、心を侵していき、やがて侵された人間は格差是正といった穏健派か、王族打倒や廃止といった過激思想に染まって仲間を増やすのです……こればかりは我々が如何に欧州各国に改革を促して身分格差の是正をさせるかに掛かっているのです」
ヨーゼフ陛下と革命について話し合った。
史実のフランス革命の歴史を知っている歴史知識をフル活用して、革命がなぜ起きるのか伝えるとヨーゼフ陛下は納得したようすで話を聞いてくれていた。
革命思想の利点は、姿なき軍隊という点だ。
思想を武器にして人々を感化させていき、共通の思想を伝播させていく……。
身分などに拘らず、感化されやすい人間や身内を亡くして悲観的になっている人間を言葉巧みに誘い出し、閉鎖的なコミュニティーの中で仲間意識を拡大させていく。
現代のマルチ商法やカルト宗教、過激派に転身して人生をぶち壊した人間は数知れず。
特に、大勢の人間が不満を蓄積した状態の時に、この革命思想の影響を受けやすいという事も合わせて説明した。
また、労働者階級よりも知識階級者のほうがより一層の策謀を巡らせて扇動者となるケースが多い事も資料を渡して話したのだ。
「しかし……これだけの革命思想を指揮するのは並大抵の事では出来ぬ。指導者的立場にいる者がいてもおかしくはないのだが……そいつを捕まえることはできないのか?」
「残念ながらヨーゼフ陛下、この革命思想の下地になっている新市民政府論に関しては発行者が不明でありますが、その思想を大いに影響を受けるのが知識階級……特に、経済学者や教育関係者など、高学歴で出世頭の知識人から支援されているという情報があります」
「!……それは本当か?!」
「ええ、こちらに資料がありますのでお読みください。我が国の情報機関が入手した国民平等政府の”閣僚”並びに”高等管理責任者”に選ばれた者たちです。どれも大学を中心とする教育関係者や法律家が閣僚の大部分を占めております。思想や体制批判を行う上では持って来いの人材でしょうね。とにかく自分達が正義だと宣伝できるように、彼らは国民新聞という自分達の思想宣伝を行う新聞社まで作っております」
「国民新聞か……知識人が多く利用したり支持しているのであればもってこいというわけだな?」
「その通りです。知識階級を巧みに操るにはそうした宣伝が出来る場を設けるのですよ。そして知識階級の者達が自分達は平等を司る使命を与えられた者であると錯覚すれば、革命思想はより大勢に広がっていくのです」
フランス革命やロシア革命が起こった理由も、戦争や飢餓、重税、身分格差といった国内の不満や内紛が燻った末に怒りという名の導火線に引火したものだ。
そして、これらの革命思想やそれ以上に過激なテロ思想を指導するのは平民よりもエリート層が感化されやすいのだ。
ロベスピエールも弁護士を目指していたし、ロシア革命を起こしたレーニンも法学部に進んでいる。
60年代から70年代に猛威を振るった学生運動から転身した極左暴力組織集団による数々のテロ事件や、東京でサリンをばら撒いて自分達と相反する考えを持った人間の殺害を平然とやってのけた狂信者達も、大部分は国立大学の学生であったり仕事で実績のあった者が多いのだ。
そう、知識階級者……とりわけ世の中では羨ましいとされるような有名大学などで勉学を励み、法律について詳しく学んだ層が多い。
そうした知識階級者ほど、大いに悩むのだ。
社会の不平不満や自分自身の悩みを一定数以上抱え込むと、彼らは自分達と同じ考えを持っている知識階級者と出会い、そして思想を共有するのだ。
詐欺事件とかで自分は騙されないと高を括っている人間ほど、自分が騙されているとは気が付かずにホイホイと詐欺師が用意した餌に食いついて騙されるのと同じだ。
大学や研究所といったエリートの集う場所ではこうした勧誘が多いのも、そういった理由があるからだ。
「知識階級者ほど、誰かに相談するよりも自分で解決しようとするのです。やがて解決しようとすればするほど思想の沼に嵌っていき、気が付いた時には自分自身がその思想を妄信する私兵となり、伝播していくのです」
「成程……しかし、単なる農民や平民の暴動といったものではなく、身分打開による『思想戦争』か……軍隊を必要とせず、むしろ自国民の知識階級者を集中的に狙えばいいというわけか!」
「その通りです。我が国では大学や研究所でこうした革命思想が流行していないかチェックをしております。もし彼らがそうした思想を広めるのであれば大学や研究所はうってつけの場所ですから」
「うーむ、確かに言われてみればそうだな……我々オーストリアでも大学や研究所の捜査について着手しないといけないな……」
現代でもこうした光景が見られるので、ある程度の対策は講じることができる。
しかし、この時代では尚更身分闘争となれば知恵者の平民層が活躍するのだ。
特に、歴史の転換期ともなったフランス革命で特筆すべき点は、カフェが革命思想を伝播する重要な場所となっていた事だ。
不平不満を語る場所となったのが気軽に誰でも行けるカフェで、法律家や政治に詳しい大学生などが参加して自分達の意見を述べる土壌が形成し、やがてカフェで知識階級者だけではなく、より分かりやすいように大衆向けの革命思想の構想が知識階級者を中心に練られた事に起因している。
パリの歴史あるカフェでは、フランス革命に参加した人物がこのカフェを利用していたとか看板で宣伝していたりもする。
では、今回のロンドンにおける革命思想の拡大はどうだったのか?
調べてみるとロンドンではパブなどで知識階級者の扇動者が、労働者に語りかけるように演説をしていたそうなので、恐らくフランス革命と同様の手段が用いられたことに間違いはない。
「あとは首都や地方都市での酒場やカフェにも気を付ける事ですかね……不平不満を持った人達が集うといえばそうした場所で愚痴などを溢しやすいですから」
「そうだな……しかし、強引に取り締まりをするのも却って逆効果なのだろう?」
「おっしゃる通りです。取り締まりを強化すればするほど、彼らはより閉鎖的になって過激な手段で革命を起こしかねません」
「誠に……厄介な者達だな……とりあえず、これに関しては明日の会議でも取り上げて各国との調整を急ぐとしよう」
「はい、完全な団結は無理だとしても、せめて協力関係を構築することは必要不可欠です。革命を起こさない為にも身分階級による裁判のやり方や、税制改革の見直しなども兼ねて議論を重ねて統一した意思決定並びに目標を掲げて各国の主要都市だけではなく地方都市や辺境の農村部に至るまで、徹底した告知を行うようにするべきなのです」
「ほぅ……貴殿には何か作戦があるのだな?」
「はいっ、革命思想から欧州を守る作戦を練っております。明日にはお披露目できるかと思います」
「それは楽しみだ。活躍を期待しているぞ」
革命思想の阻止。
これに関してはかなり悩んだが、革命を阻止しなければアントワネットや俺は幽閉ないし処刑されてしまう。
かといって平民層を疎かにはできないし、開かれた社会の実現を行うにはある程度の民主的なやり方も導入しなければならない。
ただ、間違っても王政だから何をやってもいいという考え方に染まってしまうと実力行使で誰でも王族や皇帝になってしまう僭主政治になってしまう。
そうした難しい舵取りをしながらも、欧州を革命思想から守るべく秘策を練ってお披露目をする予定なのだ。
ヨーゼフ陛下は楽しみにしていると語っているが、俺個人としては滅茶苦茶緊張するし、何よりも失敗できないぶっつけ本番のスピーチをしなければならない。
革命対策と欧州諸国会議での調整……まさに王として、そしてフランスの立場と意思表明を示す場として恥をかかないように、俺はいつになく真剣に取り組むのであった。
参考文献
原作:カルロ・ゼン
漫画:石田点
発行所:株式会社 講談社
『テロ―ル教授の怪しい授業(2018)』




