282:女大公陛下からの手紙
「テレジア女大公陛下から手紙……ですか?」
「そうだ、やはりこうして私と話すよりも直接渡しなさいと口うるさくてな……ほら、ちゃんと封蝋をしているから盗んで読んではいないぞ?」
「ええ、勿論ヨーゼフ陛下は信頼しておりますよ。そんな事をする人ではないのは私も十分に理解しております」
「ハハハッ、なに、少しばかり貴殿をからかってみようと思っただけだ」
ヨーゼフ陛下はかなりご機嫌だ。
珍しいことにからかうなんて……普段はそういったことはしない人なので、たまに公務などでストレス発散も兼ねてやっているのかもしれない。
この時代の手紙は偽装防止のために封蝋をする事が多かった。
公文書を記載したり信書を描いた際には手紙が開けられていないことを証明する為に、封蝋を押してから渡すようにしていたというわけだ。
(ハプスブルク家の紋章か……やはり封蝋のデザインはどこも凝って作っているなぁ……)
封蝋にはマークが施されており、見ればハプスブルク家のものだ。
テレジア女大公陛下が直々にこの封蝋を押したのだろう。
未来の骨董品鑑定番組に出せば、この封蝋と手紙だけで多分数百万円ぐらいの値打ちになるんじゃないかな。
それにしてもテレジア女大公陛下からの手紙を貰うなんて久しぶりだ。
彼是1年ぶりだろうか……。
アントワネットは定期的に手紙を出してやり取りをしているけど、俺とテレジア女大公陛下との文通はそれ程多くはない。
強いて言えば改革について手紙でアレコレやり取りをした程度だ。
直にお会いしたことはないけど、俺の習った歴史では大公としてオーストリアを一大強国に育て上げた人として有名だ。
HOBFではドイツ語で『Kaiserin』という称号が与えられていて、内政に関するボーナススキルを持っている上に、ハプスブルク家の一強として大活躍するキャラクターとして描かれている。
……で、そんなテレジア女大公陛下が私用で個人的な手紙を出すのは中々珍しいな~と思いながら、手紙を開封して読んでみることにしたのだ。
-拝啓-
親愛なるフランス国王ルイ16世陛下へ。
ご機嫌いかがでしょうか、マリア・テレジアです。
いつもアントワネットがお世話になっております。
孫が産まれて肖像画も無事にウィーンに到着しました、可愛らしい孫ですね。
是非とも大きくなったらウィーンに来て欲しいと願っております。
さて、この度ルイ16世陛下へ手紙を出したのは個人的な理由からきております。
まず一つはイギリスで起こっている内戦についてです。
こちらでも事態の状況については情報収集にあたっているところです。
そして、この内戦がヨーロッパ全域にもたらす影響も計り知れないことになることは重々承知しております。
旧体制の打倒だけではなく、身分制度を無くして平等制にする……。
貴族や王族だけでなく、国王まで廃止にするというやり方はあってはならない事です。
オーストリアでは貴殿の改革を見習ってウィーン改革というものを実行に移している最中です。
イギリスの内戦のような事態になれば、我が国は諸侯や各都市部でそれぞれが独立を宣言して手が付けられない状態になるのは目に見えております。
そして、イギリスで内戦を起こした新市民政府論なる本を禁書にしたとしても、裏で密造や密輸ルートがあれば簡単に国内に持ちこめてしまうという欠点があります。
この新市民政府論が脅威なのは我々にとっても理解しておりますが、イギリスのような事態を防ぐためにもフランスとオーストリアだけではなく、ヨーロッパ各国が一丸となって改革を実行しなければなりません。
そのためには例外なく、全ての国で改革を行う必要があります。
ルイ16世陛下が考えた「ブルボンの改革」と同等の改革を施して新市民政府論を封じ込める必要性があるのです。
丁度ヨーゼフからこの手紙を受け取ると思いますが、ヨーゼフも新市民政府論の封じ込めのためには周辺国との協力も必要不可欠であると認識しております。
我々オーストリアとしても、周辺国でイギリスと同様の動乱や内戦が勃発すれば飛び火するのは目に見えています。
イギリス内戦への介入プランも踏まえた上で、この困難ではかつての仇敵とも一旦は手を握ってでも周辺国と団結する事が必要であると考えております。
おそらくルイ16世陛下も同様の事をお考えかと思いますので、会議の際にはオーストリアとしてルイ16世陛下の意見に賛同するつもりでごさいます。
それから、これは個人的なお願いでもありますが、アントワネットとはうまくやっておりますでしょうか?
この大事な時期だからこそ、夫婦としての絆を固く結んで頂きたいと存じます。
世継ぎを育てるのも国王としての責務であります、今すぐにとはいいませんが王位継承に必要な男児は重要ですよ。
私の時もそれが原因で揉めた結果が戦争に繋がったのですから……。
これからも夫婦円満な生活を育んでくれる事を祈っております。
それから何卒アントワネットの事をよろしくお願いいたします。
-マリア・テレジアより
……。
やはりテレジア女大公陛下は聡明な人だなぁ……。
ちゃんと改革の重要性を理解しているし、何よりも最後のほうでアントワネットの事を気遣っているねぇ……。
そんでもってさりげなく男児産んでくれって要求していてプレッシャー感じるぜ……。
「どうだった?何か書いてあったか?」
「ええ、会議についての事が書かれておりました。やはり、女大公陛下も今回の会議ではこちらと同じ意見で助かりました」
「そうだな、明日の会議は極めて重大だぞ。今後のヨーロッパの運命を決める会議になるだろう。生半可な気持ちで挑んではいけない。必ず成功させるという気持ちで挑まないと成功はしないぞ」
「はい、分かっております」
「万が一だが、領邦やプロイセンが難色を示した場合の事を考えて複数の回答を用意したほうがいい。でないと足元を掬われるぞ」
テレジア女大公陛下からの手紙はフランスとしてはまさに助け舟となる提案であった。
オーストリアはフランスのブルボンの改革に賛同し、各国に改革を促すようにするという。
ちょうどテレジア女大公陛下も俺の意見に賛成してくれたようだ。
ヨーゼフ陛下も同様だと先程語っていたので、オーストリアとフランスの二か国が実施している改革をヨーロッパ各国が真似をしてくれればいい。
勿論、革命思想が各国に飛び火したら混乱するのは目に見えているので、そうなってしまう前に改革を実施して革命の要因となり得る身分によっては免税対象となっている貴族や聖職者への課税を含めた税制改革と、それに合わせて平民層への福祉支援や農奴・奴隷制の廃止といった人として生きる権利を保障する事などが盛り込まれる予定だ。
革命思想……史実のようなフランス革命では人権宣言が出されて国民は平等であるという意思決定がされた。
……しかし、蓋を開けてみればこれは既存の貴族や富裕層を一掃し、私有財産裕福になった実力主義派の支配体制者がのし上がるためのステージが用意されたようなものだ。
資本があり商才を授かったものが勝者となる資本主義社会の原型となったのもフランス革命が起因している。
平民層の私有財産が認められて、多くの中流階級が誕生したのもフランス革命以降だと言われているのだ。
……かと言って国民全体で資産を平等化して裕福になるかといえば、答えはNOだ。
むしろ一党独裁政治による富の支配が進んでしまい、どんなに商才があっても党に属していなければ私有財産すら貰えない社会主義国となり得る。
まだ資本主義社会では、実力があれば誰にでも裕福になれる権利があるが、社会主義になれば党などの独裁体制側でなければ裕福になれない上に、生活する上での権利に制約が課せられたり、下手をすれば一族郎党処刑や強制収用所送りとなる。
ヨーゼフ陛下も仰っていた事だが、今回の会議でフランスとオーストリアが改革を実行していくという宣言を行うことで、他の国も追随すれば革命思想を抑制することができるだろう。
例え一時的な効果にせよ、その間に改革を公約として掲げて実行すれば平民層は支持してくれるだろう。
問題があるとすれば、利権にどっぷりと浸かった貴族や聖職者達が素直に従うかという点だ。




