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278:王妃の決意

★ ☆ ★


1777年1月5日


パリ オーストリア大使館


今日、私は重大なお話をする為にオーストリア大使館に来ておりますの。

来ている理由は来月に行われる【欧州諸国会議】でのフランスとしての考え、そしてオーギュスト様のご意志をオーストリア大使であるアルジャントー伯爵にお伝えしているのです。

国土管理局が作成したイギリス国内における新市民政府論を支持している団体、およびその代表者の名前など……新市民政府論を主張する団体の摘発の為に、オーストリアの諜報機関とも協力体制を構築するべしとの事で、報告書を持ってきてお渡ししたのです。


「報告書でも書かれておりますが、今の各国の状態では欧州諸国はこの新市民政府論という新しい脅威から逃れる事は出来ません。今までの負の関係を全て断ち切ってでも、フランス王国としてはプロイセンとオーストリアの共闘戦線の構築を望んでいるのです。勿論、陛下としても過去の戦いの出来事に関しては十分に承知しているとの事です。如何です?」

「プロイセンとの対新市民政府論の封じ込め作戦ですか……我が国としても難しいですね……こちらとしても調整は可能ではありますが、本国からの連絡が無い限りは何とも言えません……欧州諸国会議に参加をする皇帝陛下のご意向次第ですね……」


共闘戦線への参加を受けたアルジャントー伯爵は、流石にその場では決断せずに近いうちに本国からやってくるであろうヨーゼフお兄様と相談するそうです。

オーストリアとプロイセンとの関係は良くてライバル、悪く言えば犬猿の仲です。

オーストリア継承戦争と七年戦争以来、仮想敵国としてずっと対立してきている国です。


「我が国はプロイセンとは数十年に渡って対立してきました……未だにその時の傷は癒えておりません。未だに継承を巡っての対立もあるのです」

「ええ、私としても簡単に解決できる問題だと思っていませんわ。今日のフランスとの同盟関係も七年戦争以来の関係を続けている結果でもありますからね」

「はい、その通りでございます。特に女大公陛下はこの問題に関しては特に気にしておられます」

「お母様の時でしたものね継承戦争は……あの戦争ではフランスとは敵でしたし……領邦に関しても今は刺激を与えないように配慮なさっているのですね」

「そういうことになります。今のプロイセンとの関係は相互にドアを押し合って戦争を回避しているようなものです。ふとしたきっかけで戦争になる事もあり得ます。とはいえ、新市民政府論という脅威が現れてからは、女大公陛下もかなり慎重になりましたからね……ルイ16世陛下のおっしゃっている共闘戦線への参加も認めるかもしれません……歴史的な対立もありますが、今はそれどころではないと……」


当初はフランス王国と対立こそしていましたが、七年戦争では外交革命で同盟を結び、現在でもフランスとオーストリアとの同盟は確実なものですし、ここ数年で経済的な結びつきも深くなってきているので盟友ともいえる関係になりました。

そんな折に、新大陸で発生した反乱……それに続くようにイギリスで新市民政府論による動乱が起こり、欧州情勢はかつての戦争よりも複雑奇妙で、そして最も厄介ともいえる情勢になったのです。

お母様がプロイセンとの共闘戦線を構築しなければならない程に、新市民政府論は我々にとって非常に【脅威】でもあるのです。


「確かに、過去の歴史は覆ることはありません。しかし、今度の差し迫っている危機は今までで起こったどの戦争よりも複雑で、厄介な状態なのです。フランス政府の重鎮の方々ともお話をする機会がありましたが、イギリスでの動乱は単なる貴族や軍人の反乱などではなく、平民層による階級闘争でもあるとおしゃっておりました。これまでのような国や貴族による戦争ではなく、思想に感化された平民層が既存の階級制度や王政を潰し、これまで培ってきた伝統や歴史を一掃するだけの行動を引き起こしているとの事です」

「ええ、王妃様が仰っている通りです。オーストリアでも新市民政府論の裏本……製作者が書かれていない黒い表紙で流通されているのが確認されました。王政体制の打倒と市民階級による政治権力の掌握、修道院や教会の廃止、貴族や聖職者の蓄えた富の公平分配方法……どれをとっても我が国を内側から侵食して崩壊させようとする事しか書かれていませんでした」


社会の混乱を招くような恐ろしい思想本が流通しているのは由々しき事態です。

オーギュスト様は批判などは受け入れるとしても、このような体制を非合法的な手段で攻撃することは断じて許してはならないと仰っておりました。

そうした政府の体制を内側から撃破するような卑劣で、何とも許し難い暴挙は何としてでも阻止しなければなりません。


「陛下も同じことを仰っておりましたわ。そうした旧体制の打倒運動を『革命』と呼び、悪い所だけでなく良いところも政治や文化から一掃し、新しい政治・文化体制の樹立を目論んでいると……それに……その革命がヨーロッパ各地に飛び火したら七年戦争以上の波乱に満ちた時代になる事も……今まで培っていたものが全て否定され、新しい革命勢力の事が正しい事として刷り込まれていくと……」

「……確かに、王位継承や利害関係といった国益ではなく、自分達の立場が危うくなるとなれば今まで以上に厄介な状況と見て間違いありません……なんと恐ろしい事でしょうか……」


アルジャントー伯爵は、報告書を読み終えると頭を抱えながらそう呟きました。

既にお母様やヨーゼフお兄様も新市民政府論についてご存知の筈です。

社会に不満を抱いている層を中心に、その思想が拡大していく時が一番恐ろしいとオーギュスト様は語っておりました。

社会情勢が不安定化すると、堅実的でリスクの少ないやり方ではなく劇薬のような強い効果と副作用のある政治体制を望む声が大きくなると……。

イギリスではそうした声が大きくなった結果、動乱状態になっており、そうならないように各国に根回しをする必要があるのです。


「ルイ16世陛下はイギリスでの動乱がヨーロッパに飛び火する事を恐れております。フランスでは国王陛下主導のブルボンの改革によって、革命を起こすぐらいなら内政を変えて平民層でも納得できる内容に改正しております。フランスの発展を見れば、改革を行えば革命を呼び起こす危険性を減らすことが出来るのです」

「ブルボンの改革……こちらでは皇帝陛下主導の【ウィーン改革】を実行に移しております。まだ改革のいくつかは未達成ではありますが、改革の実行によって庶民層の不満を下げることには成功しております。啓蒙主義ではないが保守主義でもない……ちょうど双方の中間的な内政改革案を実施している事で、貴族や聖職者の不満も抑え込んでおります」


お母様やヨーゼフお兄様も、ウィーン改革によってうまく政治を回しているようです。

以前は時折対立している場面もありましたが、最近ではお母様はより女大公陛下らしく、ヨーゼフお兄様は皇帝らしく、堂々と振る舞い政治基盤と社会基盤を構築する事が出来ているようです。

少なくともオーストリアで革命はそう簡単に起きることはないでしょう。


「おぉ、流石おかぁさ……ん゛ん゛っ゛、女大公陛下と皇帝陛下の手腕はお見事ですね。ウィーン改革だと教会からの不満は出ませんでしたの?」

「一昨年から貴族が、そして去年から教会や修道院も課税対象にされた事で当初関係者からは“活動の運営費が減る”と猛抗議されましたね……ですが、テレジア女大公陛下は『税金は収益に応じて税率を決めている。そして身分に関係なく税は必ず納めることが国内の有力な貴族や聖職者とも合意して決定された。それなのに自分達が税を治めずにいるのは不平等に当たるのではないか?税を納めない場合は意図的な脱税行為とみなして土地の差し押さえも辞さない』と一喝しておりました。反発してプロイセンに亡命する者も数名おりましたが、却って王室の政治基盤と国民からの支持を集める結果になりました。やはりルイ16世陛下から改革の見本を教わったと仰っておりましたよ」


お母様やヨーゼフお兄様の見本になったと言われて、私はとても嬉しく感じました。

まだ結婚したばかりの頃から色々と考えを巡らせていたオーギュスト様のお陰で、こうして懐かしいウィーンでもオーギュスト様の名前が良い意味で広がっている事に。

国民から愛される王政政治を目指し、政治不信や腐敗とは無縁の国づくりを目指す……。

オーギュスト様の掲げている最終的な政治目標まで、また一歩近づけたような気がしたのです。

さて、ですがまだ終わったわけではありません。


勝負はこれからです!

オーギュスト様も日夜勤しんで頑張っておりますから、私も支えられるように頑張らないといけません!

アルジャントー伯爵との対談を続けて、ヨーゼフお兄様がパリにいらした際に行うセレモニーの日程調整も行い、それからしばらくは大使館で王妃としての私に与えられたお仕事をこなしていくのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういや海豚の刃作戦って今どうなったんだろう? あの頃はイギリスがこんな事になるとは予想すら出来なかった筈なんだけど………
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