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270:ラトナの噴水

★ ☆ ★


1776年11月14日


ヴェルサイユ宮殿 ラトナの噴水


「こうしてヴェルサイユ宮殿をじっくりと歩くのも久しいですね」

「そうだね。最近は何かと用事や仕事が立て込んでゆっくり歩く時間もあまりなかったからね……今日は一日ゆっくりと過ごそう。家族みんなでね……」

「パパ?これで遊ぶ?」

「おぉ、テレーズ!これは鞠かぁ……東南アジア方面から貰ってきたおもちゃだな。勿論いいとも!これを使って遊ぼうか!」


オーギュスト様は久しぶりに休息をお取りになられております。

笑顔でテレーズと一緒に遊んでくださっているお姿を見ると、本当に和やかな気分になります。

テレーズの前では決して悲しい顔などを見せずに遊んで下さっております。

今は嫌な事や辛い事を忘れて娘との遊びに没頭しているのです。


昨日のベッドで打ち明けて下さったのですが、イギリス国内で不穏な動きがあったとの事です。

なんでも精神的な病により国王不予が起こり、それに合わせるように新大陸での大敗と敗戦によるショックで、国民が怒り狂っているというのです。


今後起こるであろう混乱に備えて会議や対策を講じていらっしゃいます。

なので今日はオーギュスト様のお心を煩わせないように、妻として愛している方を支えております。

昨日の夜に衝撃的な事をいくつか耳にしました。

イギリスでは本来戦後の立て直しを行うべき政治家も、庶民院での対立や次期国王候補への主導権争い等に熱がこもり、政治的混乱が起こっていると寝る前にオーギュスト様から直に聞いたのです。


『思っていた以上にイギリスの状況は深刻だったよ……イギリスにいる在英フランス人の脱出計画の準備を進めるように命じたが……その過程でイギリス軍との偶発的な戦闘が起こるかもしれん……』


その時のオーギュスト様の顔はかなりやつれておりました。

長年のライバルであり、かつての七年戦争では宿敵であったイギリスが、植民地支配をしていた新大陸で反乱を起こされて破れた上に、国内の問題に対応できずに右往左往している状況である事を嘆いていたのです。

オーギュスト様はテレーズの前では笑顔で接しておりますし、私との間でもプライベートの時間では仕事のお話などは殆どしません。

ですが、やはり今回の出来事に関しては相当堪えていたようで、ベッドの中で悲しそうに話していたのです。


『このままではイギリスは火薬の詰まった樽に松明を投げ込んだような大騒ぎが起こる……そうなればこうしてベッドで休んでいる暇すらないほどの多忙な日々になるだろう。だからアントワネット、明日の休みはしっかりと思い出に残る日にしよう。もちろん、テレーズとしっかり遊んで……』


オーギュスト様がそう仰ると、私は思わず抱きしめてしまいました。

私達の事を想い、今日の休みを考えて合間を縫ってお休みを調整したのです。

それだけイギリスの状況は悪化しているのです。

私が五日前に改革派のサロンで耳にした、イギリスの経済状態が急激に悪化しているというニュース。聞いた時に、大変な状態だと思ってはおりましたが、まさか内戦一歩手前までに陥っているとは思いもしませんでした。

しばらくギューッと抱きしめてあげると、すこしオーギュスト様は嬉しそうな顔をした後、これからどのように政府が動いていくのか語って下さいました。


『ありがとうアントワネット、少し元気になれたよ』

『いえ、これで元気になれるならお安い御用ですわ』

『あっと……テレジア女大公陛下やヨーゼフ陛下にも関わる話になるけど、近いうちに同盟国や友好国を中心に本格的な改革を推進していくためにまず大使を集めて話し合いの場を設けることにしたんだ』

『改革を推進……?もしやブルボンの改革をお教えするつもりですか?』

『まだ全てじゃないけど、革命思想が入って来る前に社会構造改革を行って民衆の暮らしを良くすると宣伝しておけば、少なくとも国王への支持は取り付けることが出来る。そこから国王が率先して国内の改革を行う事で民衆の不平不満を和らげて、国力を底上げするんだ……それが革命思想を阻止できる唯一の方法だよ』


イギリスとの関係が今後変化していくにせよ、オーギュスト様は周辺国と協力して民衆蜂起による革命がフランス国内で起こらないように平民の社会保障を充実させていくと語っておりました。

イギリスはここ数年は自分よりも格下の相手国に戦争を起こして勝利し、賠償金という形で利益を出すという手法を取っていたそうです。

負けなければ戦争で儲かるとさえ言われていたそうで、それによって多くの銀行や投資家などが造船所や兵器工廠などに投資をして稼いでいたそうです。

さらに、オーギュスト様はイギリスがそれよりも儲けている商売が植民地で起こっているとも語っておりました。


『アントワネット、イギリスが植民地で儲けている商売は何だと思う?』

『そうですねぇ……儲けている商売ですから、やはり香辛料などの輸入品に関税を設けているとか……ですかね?』

『うん、それも当たっているけど彼らが利益を独占しているのはインド産の綿花や清国の茶といった品を国が東インド会社を通じて独占的な貿易方法で利益を巻き上げているからなんだよ。』


また、植民地への奴隷貿易や恫喝まがいの貿易交渉を行い、莫大な利益を得ていたことでイギリスはこれまで財政が潤っていたそうです。

さらに、東インド会社を通じて綿花を買い付けて貿易利権を独占し、国民ではなく政府や企業の上層部に利益が集まり、富を独占できる状態を作ったのがイギリスだったそうです。


『東インド会社の幹部も、政府の上層部も植民地の発展はあまり考えていなかったんだよ。考えているのは常に利益配分でどれだけ自分の懐にお金が入るかだけ……だから土地や人に投資せずに、目の前にある利益ばかりに目を向けて投資が肥大化していったんだ……我々フランスがやっている将来に向けて産業基盤への投資や開発をするのではなく、儲けが出ているものをドンドンやれってね。その結果が新大陸での大きな反発を招いたというわけだ……』


ですが、その目論みが新大陸での植民地政府の蜂起により崩れてしまったのです。

圧倒的な海軍力と陸軍力、そしてプロイセン王国やヘッセン、ヴァルデック侯国などの領邦軍という心強い援軍がありながら新大陸で惨敗し、現場指揮官であったトマス・ゲイジ中将以下複数の高級将校が相次いで降伏し、北アメリカ連合州軍の捕虜になった事で新大陸でイギリスは惨敗したのです。


『昨日の報告では、新大陸に派兵されたイギリス軍のうち、4万人が戦死・行方不明扱いとなっていたよ。これは正規兵の数だから、徴兵された民間人や囚人部隊などを含めるともっと多いだろう。北アメリカ大陸における利権と立場を失ったイギリスの損失は凄まじいものだよ。経済状況も来月までに株式の40パーセント以上が大幅に下落すると予想していたよ』

『そんなに……悪いのですか?』

『ああ、過去最悪の景気の悪化が予想されているよ。もうイギリス国内から資金を脱出させようとする動きもチラホラ見受けられるよ。おまけに国王が不予になってしまったときたもんだ……ルイ15世の時は俺が根回しをしてどうにかなったけど、イギリスではそれぞれの国王候補者を巡って与党と野党が対立……もはや経済的・政治的にイギリスは一番厄介な時期になってしまったよ』


戦争に敗れてイギリスの景気悪化に歯止めがかからず、おまけにジョージ3世が不予になってしまったことで政治的混乱が起こり、その混乱が爆発寸前なのだそうです。

この事態を受けて、オーギュスト様は在英フランス人や要人の方々を助ける為に船を手配しているそうです。

もしかしたら、今後はイギリスから避難してきた難民の方々の受け入れなども行うかもしれません。

そうした一件があったからこそ、私はオーギュスト様に語りかけます。


『オーギュスト様、決して無理だけはなさってはいけませんよ?』

『ありがとうアントワネット、えっと……』

『一人で抱え込まずに、私をもっと頼ってください。今ではテレーズもいる父親ですから、無理をして倒れたらテレーズも悲しみます。どうかお休みをしっかりと取ってください』

『ごめんね、心配をかけてしまって……わかった。約束するよ』


……ちゃんと約束をして、オーギュスト様はお休みをおとりになりました。

そして今はテレーズと一緒に鞠を使って遊んでおられます。

私も一緒に鞠を使って子どもの頃のように遊ぶなんていつ以来でしょうか。

鞠をゆっくりとテレーズに投げると鞠を掴んで喜んでおります。

こうした遊びで親子水入らずの時間がもっと取れるようになればいいのですが……恐らく今日以降は対イギリス政策の事で時間が取りづらいでしょう。

なので、私もテレーズが遊び疲れるまで遊んであげますわ!

子供心に戻るような形で、私とオーギュスト様、そしてテレーズの三人は太陽が沈む時まで鞠だけでなく庭などを駆け巡ってひたすらに遊んだのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 革命思想が流入してきてヤバいって話だけど軍事的には大チャンスじゃね?今は最大のライバルであるイギリスは動けないんでしょ?マイソール王国にドカドカ支援してイギリスの資金源ゴリゴリ削れば列強のリ…
[一言] これはイギリスは国王不在ということは下手するとイギリスで革命騒ぎが起こりそうな予感がするね。 北米の利権を失ったとはいえインドの利権はまだもってなかったか。となるとイギリスは相当混乱するね。…
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