266:プランGB
明日は大晦日ですが仕事なので初投稿です
史実では独立戦争が起こった後、イギリスはアメリカの経済圏に留まる事ができたので大規模な内戦が発生することは無かった。
しかし、この世界線では反イギリス感情剥き出しの北米連合がイギリスを経済圏に留める事は想定しにくいし、むしろイギリス国内で今後の対応を巡って政府の対応がゴタゴタ状態となり、国王は精神病の悪化により部屋から出れないでいるという報告さえ挙がっている。
ジョージ3世は史実でも精神障害を患っていたとする情報はあるけど、それは晩年辺りからであり、まだ病気を誘発する年齢ではないハズだが……。
史実以上に戦況悪化が続き、新大陸で軍が降伏した事で精神面での負担も相当増えてしまったのだろう。
「しかしながらいくら歴史的に仲が悪く争い合っていた国とはいえ、政治体制がまとまらず国が混乱していく様を見るのは心が痛むな……」
「国内の世論は分断し、一方が支持をすればもう一方が猛反発をして取り下げるといった有様です。イギリスでは史上類を見ない大敗北を喫したこともあってか、国民が受け入れていないのです。恐らくジョージ3世もヨーロッパ随一の軍隊を有しながら敗北したことのショックが大きかったのかもしれません」
「誰だって自分の信じていた軍隊がボロ負けして帰ってきたとなればその分ショックも大きくなるよ。七年戦争時だって、我が国は新大陸とインド大陸における利権を失うという手痛い代償を支払った……今回のイギリスにとっては、それを上回る損害を出したのだろうね……」
七年戦争における敗北によってフランスの財政は悪化していった。
仇敵であったオーストリア大公国との同盟を結んだ「外交革命」も虚しく、戦争後にフランスに残ったのはヨーロッパにおける軍事的優位性の崩壊と莫大な債務という名の借金だった。
未だにどうしてこんな状況でもルイ15世は財政改革やろうとしなかったのかが謎だ……。
お陰で転生者の俺が史実のフランス革命を全力で阻止するためにこうやって会議したり、金融政策で金利の調整したりするようになったんだよなぁ……。
借金も返済しているけど、完済し終えるのは当分先になりそうだ……。
まぁ、唯一褒める点を挙げればアントワネットと結婚する事を認めてくれた事かな。
美人で可愛くて……それでいて優しい性格なのでここ最近ではいつも甘えさせてもらっている。
それに関しては本当に感謝しているぞ、サンキュージジィ。
今のイギリスはそんな七年戦争に大負けした時のフランスのような状況なのだろう。
いや、それ以上に酷いから国内で暴動が起こるようになっているんじゃなかろうか?
史実ではまだカナダ領までアメリカ合衆国領となる事は無かったので死守することが出来たが、ここではカナダ領すら奪われてしまっている。
そうカナダも北米連合の枠組みに入ってしまっているのである。
つまり、新大陸におけるイギリス領はもうゼロなのだ……!
「新大陸におけるイギリスの優位性もなく、完全に追い出されたとなれば……イギリスが持っていた大陸利権も失われたという事で間違いないな」
「その通りです陛下、いずれにしても反イギリス感情が高い上に、北米連合はイギリスと敵対している国家……スペインなどとの貿易交渉を優先的にしているそうです」
「大陸利権すらも奪われたとなればもうイギリスにとって残るモノも無いような形だからなぁ……かのジョージ3世もそんな報告を受けたら病んでしまうよ」
誰だってそんな悲報は聞きたくないし、七年戦争で勝利し獲得して投資してきた土地が丸ごと反乱で奪われたとなれば卒倒してしまうだろう。
俺だってサン=ドマングの動乱時に寝込んでしまった経験があるのでその気持ちは分かる。
……いや、でもちょっと待って。
それでも腑に落ちない事がある。
たしかジョージ3世の健康不安説が浮上していて、公の場に姿を見せていないにしても彼には子供や実の兄弟がいた筈だ。
彼の子供もいた筈だから実子か、もしくは彼の兄弟が摂政として就いて政治を回せば解決する話じゃないかと思ったが、どうやらそう簡単に解決できないようだ。
「しかし……国王不予の状態であれば一時的に弟たちを摂政に就任させておけば解決するんじゃないのかね?なぜイギリスではそれをしないのだ」
「どうやら与党トーリー党はウィリアム・ヘンリーを、野党のホイッグ党はヘンリー・フレデリックをそれぞれ摂政に就任させるべく対立し、またそれまで政治ではジョージ3世一択であった状態が覆されたことにより、それぞれが自分達を利する候補への権力争いが激化した事で収拾がつかないそうです……」
「それは……本当なのだな……?」
「はい、ノース男爵の内閣は戦争に敗北した事で発言権を失い、彼の後釜を担う政治家も戦後処理をという難題を解決しなければなりません。このまま政治的混乱が長引いてしまうと内戦に陥る可能性が極めて高いです……」
独立戦争の時の影響が尾を引いてしまっているらしく、なんと摂政就任すらトーリー党やホイッグ党でそれぞれ別の王族を摂政として別々で選んで推薦してしまっているので決まっていないと語っていたのだ。
何かの冗談だろうと思ったが、頭をフル稼働させて考えればフランス革命勃発寸前の時ですら、我がフランスだって税制改革に貴族や聖職者が猛反発して言う事聞かないし、経済対策をやっても議会が足を引っ張ってちゃんとした案を持って来てくれたネッケルを罷免させるように仕向けるし……。
何処の国も切羽詰まった状態だと自分の保身ばかり考えるようになるのだ。
つまり、今のイギリスはそうした政治闘争と経済不況、治安の悪化というバランスボールの上で逆立ちをするぐらいに不安定な状態になっているというわけだ。
先のブリクストンで起こった債務者監獄襲撃事件に関しても、通常であれば人々は債務者を見向きもせずに過ごしていたに違いない。
借金で首が回らない人を監獄に収監して労働刑で働かせてから働いた分のお金を返済に充てるという、本来であれば債務者やお金を貸した金融業者にとってもそれなりに真っ当な理由で作られた制度でもある。
自己破産して貸した金返せないのでトンズラしますというよりはいいのだが、やはり債務者を収監する関係上犯罪者かそれに近い扱いを受けているそうだ。
だが、新大陸での大敗北、及び投資が焦げ付いてしまいイギリスでは去年の春ぐらいから貿易会社を中心に労働者や投資家が職や財産を失って失業者となるケースが多くなっているという。
特に、最近のイギリスでは不景気に伴い自己破産をしたり借金が返済できなくなって収監された人が債務者監獄の収容人数を超過する傾向にあり、環境も劣悪になりつつあるという情報も添付されていた。
身近な人が収監されてしまい、やがてそうした原因が政治を動かしている議会の上層部や王族が原因だと考える人々が増えていき、学生を中心に『新市民政府論』が支持されているのだろう。
(まるで日本で起こった学生運動みたいだよなぁ……あれは安保闘争とか共産主義に感化したイデオロギー的な側面が強いけど、この新市民政府論だと階級打倒闘争……史実におけるフランス革命みたいな感じになりそうだな……それだけもうイギリスはダメかもしれない)
まるで史実のフランス革命前夜の状況になりつつある。
諜報員による情報は既に逐一入るようにしている。
それだけにイギリスの情勢不安が増せば増す程、フランスにもその余波が飛び火する可能性が高いのだ。
ドーバー海峡を渡ればすぐにイギリスがあるしね。
海峡だって直線距離で50キロぐらいだし、内戦が勃発して避難民が押し寄せる事も考えられる。
「以前から……イギリスに関してはあまり良くない噂が飛び交っていたが……国王不予とそれに伴う庶民院の政治闘争の激化……イギリスはもう駄目かもしれないな……隣のアイルランド王国の状況はどうなっている?あそこには諜報員も派遣しているはずだが……」
「イギリスの属領であるアイルランドでも反イギリス感情が高まっております。新大陸での独立戦争での敗戦によってイギリスからの実効支配から脱するために、各地で抗議活動が行われているとの事です」
「国外だけでなく、もはや自分の足元にまで暴動が起こっている状況では……近いうちに反乱や内乱が起こるのも時間の問題だね……」
ボーマルシェからの報告を受け取り、イギリスで発生している暴動の件数や、それに伴う騒乱状態が長引いてしまえばイギリスで内乱や反乱が起こるのはもはや時間の問題となった。
それに伴い、俺はこの第五会議室にいるメンバーをずらっと見渡してから決断を下した。
いざという時の為に、準備だけはしっかりとしておこう。
「……本日より、イギリス情勢が落ち着くまでの間……全フランス軍の戦争準備段階を一段階引き上げる事を命ずる……ドーバー海峡を中心に陸軍沿岸防衛部隊の即応展開を行うように指示を出す事。海軍はドーバー海峡を中心に巡回警備を怠らないように……出来れば情勢が早く良くなってほしいものだ……それと同時にイギリスが内戦状態に陥った際に在英大使館職員並びに諜報員の保護に向けたプランGBの待機準備命令を発動する……!」
今年分の投稿はこれで終わりですが、来年も応援よろしくお願いします。
ちなみに来年の初投稿は1月2日土曜日(通常通り)となります。