264:香辛料(後編)
最初に運ばれてきたのは前菜の前に食べるアミューズです。
今回は葱を程よく刻んで炙ったものが出てきました。
葱の上にインドのスパイスを軽くまぶしているそうです。香りも程よくて葱の独特な食感が何とも美味しいです。
まずは口ならしといったところでしょうか。
中国大陸から持ちこんだ葱を試験農園で栽培したものだそうですが、意外にもインドの香辛料がマッチしていて美味しいです。
「ほぉ……葱を炙ったものを出すとは……しかもこれ葱の辛さと合わさってより美味しくなっているね!」
「ええ!炙ってからサラッと香辛料をふり掛けたのでしょうけど……それだけで葱をここまで美味しくするなんて……」
「流石料理総長だ……前菜の前の段階でコレという事はメインディッシュは期待してもいいかな?」
「ええ、きっと美味しい料理が続々とやってきますよ!」
私もオーギュスト様もウキウキで料理を楽しんでおります。
次にやってきたのはトマトのオートブルです。
といっても只のオートブルではありません!
なんとトマトに掛かっている白いソースが甘いのです!
甘さの後に酸味がやってきますが、これがまた何とも独特な風味を持っていて、トマトのみずみずしさを損なわずに食感も合わさっているのでシャキシャキしていて美味しいのです!
「おー……随分と口の中がシャキシャキするねぇ~、ソースも甘いけど夏場にはぴったりだ。これもまたインドの香辛料を使っているのかね?」
「はい、それはタマリンドと呼ばれている熱帯地域で採れる果肉を使用したソースです。インドではチャツネと呼ばれており、特にマイソール王国を含めた南インド地方では一般的なソースだと言われております」
「ほぉ……これがチャツネか……よくタマリンドがあったね」
「はっ、使節団の方々が持ちこんできた食材の中にありましたので使わせて頂きました。また、タマリンドだけではなくヒヨコマメやココナッツも混ぜて作らせて頂きました」
「なるほど、それで甘味と酸味が合わさってトマトが美味しくなったというわけか……ワインにも合うし、おつまみにピッタリだね!」
そう、さっぱりとしていながら甘味もあるのでワインに合うのです!
この後にスープと魚料理が出される予定ですが、それよりも先に一口頂きたいと思う程に、あっさりとしたトマトに付けるタマリンドが美味しいのです!
ん~ですが、赤ワインを飲んだ後に白ワインを飲むのは食事のマナー……特にフランスでは作法的にルール違反に当たってしまうので肉料理が出てくるまで炭酸水で我慢です。
スッキリとしたのどごしの炭酸水を飲んでひと息します。
「インドの香辛料は辛いだけではなくて甘いものもあるのですね……こうして味を一つ一つかみしめて楽しむのも晩餐会の良いところですわね」
「そうだねアントワネット、他の人と交流できるし、こうして異国の料理を味わうことができるのも晩餐会の利点だよ。新鮮で、それでいて美味しい料理を食べれる……これ程までに”贅沢”を味わえる時はないよ」
「ふふっ、贅沢で豪勢なお食事も時には大事です!最近は質素な食事をお取りになられているものですから、たまにはこうした贅沢も必要ですよ!それに、東洋料理には薬の元になるものも含まれているそうですので、きっとオーギュスト様の身体も良くなりますよ!」
「そうだね……それじゃあ味わえる時にじっくりと味わおうかな!」
微笑みながらグラスに注がれる炭酸水をチビチビと飲んでいるオーギュスト様。
最近お仕事が忙しくなり始めてきましたので、最近では粗食とまではいきませんが、あっさりとした料理を頼むことが多くなってきました。
お仕事の疲れもあるのでしょう、最近はベッドの中で甘える事も多くなってきました。
王としての務めの重圧は王妃である私よりも重いのでしょう。
スープが到着すると辺り一面に香ばしく食欲をそそる匂いが漂う混合香辛料が入った器が目の前に置かれました。
「こちらはインド原産のウコンや唐辛子をミックスして調合したカレースープになります。陛下が以前とろみが欲しいというご要望がありましたので、スープには小麦粉を入れてとろみを加えております。さらに、こちらにコメを炊いたライスを用意させていただきましたので、カレースープをこちらのコメの上に掛けてお召し上がりください」
黄色に近い色合いのカレースープと、長細いコメで出来たライスが置かれた皿の二つが用意されました。
カレースープの中にはニンジンやジャガイモが入っており、鶏肉も混じっております。
鶏肉にした理由は至って単純であり、インドの使節団の方々には宗教上の理由で牛肉が食べられない人もおり、その方に配慮する形で鶏肉にしたのだそうです。
牛肉よりもさっぱりとした味で、それでいながら噛み応えのある食感。
カレースープにはとろみがついており、これをライスに掛けて食べるのが良いそうですが……。
隣のオーギュスト様をふと見ると、もう既にカレースープをライスの皿に掛けているではありませんか!
半円形状に盛りつけられたライスの中央部分をスプーンで穴を開けて、その中にカレースープを注いでおりましたの。
そして一口目をパクりと食べると、満面の笑みを浮かべて美味しそうにパクパクと次々とライスとカレーを口の中に運んでいきました。
「……って、オーギュスト様!もう食べているのですか!」
「おうとも。カレーといえばライス……これを見た途端に無性に食べたくなってね……アントワネットも食べてごらん。味付けも美味しいし、野菜も鶏肉も入っているからライスのおかずに合うんだよ」
「そうなのですね……でもコメの上にカレーを掛けるのは少々意外でしたわ」
「ん?ああ、カレーとライスは欠かせない組み合わせなんだよ。フランスにとってのワインとチーズみたいな存在だし。このスープの元になったカレーの香辛料を炒めて食べるのもまた美味しいと評判なんだ。一度実践してみたいと思ってね……」
「つまり……それだけ美味しいという事ですか?」
「うん、料理総長にリクエストした甲斐があったよ……」
カレーとライスの組み合わせ。
オーギュスト様の言葉を信じて私もカレーをライスに掛けて一口入れると……今までにない食感のライスとカレーが混ざり合い、スパイスも相まってライスが進んで食べたくなりますの!
ランバル公妃もルイーズ・マリー夫人も、晩餐会に参加していた人達はオーギュスト様の作法を見習って次々とカレーをライスに盛りつけて食べていきました。
「んん!これは美味しい!」
「あっさりとした食感で……それでいてカレースープもべたつかない……すっきりとした味わいだ」
「香辛料も入っているので薬のようなものですが……いやはや、それにしても美味しいですなぁ……!」
「カレースープ……早速貿易商を通じてこのカレーの元になった香辛料を注文しようかしら?」
「私も頼みたいですわね!」
あれよあれよという間にカレーの魅力が伝播していきます。
マイソール王国の使節団の方々も美味しいと語っている辺り、香辛料の本場にも通用する味なのでしょう。
そんな中、オーギュスト様が目をつぶって幸せそうにカレーを味わっておりました。
ゆっくりとカレースープを注いだライスをかみしめて、カレーを食べ終えると何処か遠くを見るような感じに月を見ていたのでした。
やすらぎを謳歌していた穏やかな日々。
しかし、そんな日々は長くは続かない。
動乱と激動の時代。
人々は抗い、そして王を倒す為のプロセスを得ようとする。
主人公の行動によって変貌を遂げた欧州……世界を変えてもなお、変革を求める者達によって歴史の一ページが大きく動き出す。
次回「ラストキングダム」
歯車のパーツは揃い、そしてゆっくりと動き出す。




