261:ラクシュミー
デルウィーシュとの会談は夕方になっても終わる気配はない。
最も、マイソール王国との関係を構築するためにも、かの国から必要な人材を調達できるように交渉をしていたのだ。
この交渉には俺以外にもコンドルセ侯爵、パンティエーヴル公の二名が参加してデルウィーシュとの会談をより実務的な話を交えながら深く切り込んだ形となっていった。
「……では、マイソール王国の港湾整備事業にはフランスの国営企業並びに最新鋭の機材を導入し、現在よりも荷物の搬入や搬出がし易いようにする旨をスルターンにお伝えしてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい、今以上に海上貿易が盛んになれば港の需要も高まりますので、スルターンも承諾してくれるでしょう。技術者なども派遣して下さるのですか?」
「勿論です。ただし、すぐに港湾整備が出来るわけではありません。まずは工事をマイソール王国の人達が担うとなれば必然的に言葉の壁がありますから、各エリアごとの現場責任者がフランス語を理解している必要があります。それに、港湾整備を行う際に測量を行ってから念入りに工事も行うので年数も掛かります。現在台湾の青龍との開発も並行しているので時間は掛かりますが、その分アジアとヨーロッパを結ぶ主要港としての機能を付け加えるつもりです」
はきはきと数字で示された情報を照らし合わせてデルウィーシュに説明を行うコンドルセ侯爵とパンティエーヴル公。
パンティエーヴル公はルイーズ・マリー夫人のお父さんであり、オルレアン家から娘を助けてくれた恩義から改革派に属している。
慈善事業にも多額の寄付金を贈っている事もあり、平民階級からの信頼や支持も厚い人物だ。
そんな彼は調停役としての役割に向いているという判断から外交交渉での補佐を担当している。
コンドルセ侯爵曰く、とても紳士的でありどんな人にも優しく接するので改革派の中でも人との繋がりを持っていると述べていた。
コンドルセ侯爵やパンティエーヴル公も、マイソール王国との関係強化には賛成の立場を示しており、事前に行われた閣僚級会議でもマイソール王国への支援を取り付けるべきだと意見を具申してくれたのだ。
曰く、イギリスがインド方面に圧力を向けるようであればフランスがそれをけん制しないとたちまちマイソール王国やインド洋航路の妨害を今以上に活発化させると語っていた。
デルウィーシュが語っていたマイソール王国の貿易船への妨害も、やがては船舶や積荷の略奪行為へとエスカレートしていく段階に入りつつあるという事もあり、二人にもその事を伝える。
「……では、イギリスの妨害もより過激な行動に移りつつあるという事ですね?」
「はい……ここ数か月の間にもイギリス海軍所属の船舶による妨害活動が活発化してきております。こちらからは手出しはしておりませんが、行動が徐々に大胆になってきている節はあります」
「……となれば、マイソール王国への貿易路がイギリス海軍によって脅かされていると……陛下、青龍への投資を守るためにもマイソール王国の保護を閣僚会議で定義すべきですね」
「余もそう思っていたところだ。やはり港湾整備をしてマイソール王国への造船技術供与も検討しておく必要があるな……フランス海軍だけでは船舶が圧倒的に足りない。コンドルセ侯爵、港湾整備や海軍の派遣も視野に予算や人員の必要数を計算してくれないか?もし、実現可能であればやっておいたほうが良い」
「了解いたしました。海軍と協力して必要な船舶、人材や資源につきましては国土建設省との調整を行います。検討して目途がつきましたら青龍の開発事業と並行して行います」
「うむ、となれば人員も大幅に増員を掛けた方がよさそうかな?」
「ですね……青龍への募集も何かと人手不足ですから、青龍へはフランス人の開拓民を送り込み、マイソール王国へは教育を受けた技術者を送り込むのが良いかと存じます」
青龍への中継地点としての役割を果たすべく、フランス資本による港湾整備や傭兵並びに学者のフランス留学なども盛り込まれた。
少なくともマイソール王国はフランス以上の人口を有する国家である。
人的資源があるので、人海戦術による建設スピードの増加なども可能になる。
青龍のインフラ整備にも人手が必要不可欠ではあるが、何分人手が足りていないのが現状だ。
「あの……人手でしたらマイソール王国からいくらでも出します」
「本当かい?恐らく港湾の工事ともなれば必要な人数は十万人規模になるが……」
「ええ、構いません。港湾費用と人的資源でしたらこちらで全て負担致します。国力も整ってきましたのでそれと、青龍……への開発にも人を派遣することも出来ますよ」
「労働力が増えるのは有難いが……マイソール王国では国外にどのぐらいの人数を送ることが出来るのだ?」
漢民族やフランスからの移住希望者を募っているが、清国から台湾に向かう人の数は少数であり、疫病が闊歩する危険な島であるという認識から移住希望者も数百人程度なのだ。
フランス人に関しても、国内の工場やインフラの整備に人手を使っているので、一律支援金を出して青龍開拓民を派遣しようと応募をしたところ、予定していた人数の三分の二しか集まらなかったのだ。
これはイカンと悩んでいたところに、デルウィーシュから助け舟が渡ってきたというわけだ。
しかし、これは諸刃の剣である。
安い労働力を頼りに何でもかんでも受け入れて働かせた結果、異国の地でドロップアウトして再就職などもありつけずにギャングなど犯罪集団に身を落とした移民・難民の数は多い。
これは階級社会ではなく人種社会化した現代で大きな問題として取り沙汰されている。
転生前のフランスでは中東を発端とする民主主義革命運動による動乱で数十万人規模の移民・難民を中東や北アフリカから受け入れたが、その結果文化的宗教的に相反する人々との間でトラブルが続出。
無計画ともいえる移民・難民の受け入れによって発生した民族大移動とそれに伴う治安の悪化、極右政党や異民族排斥主義の躍進という負のスパイラルまみれになった歴史があるので安易にホイホイと承諾してはいけないのだ。
派遣できる人数どのぐらいの数になるのか尋ねたところ、デルウィーシュはこう答えた
「船さえ用意ができれば数千人規模で派遣が可能です。勿論陛下が御望みであればもっと人材を集めることもできますよ」
さすが人的資源大国であるインドだ。
数千人規模で派遣できますよ!とにこやかに言えるのは人的資源が豊富なのだろう。
ただ、今回派遣要請をするのであれば300人から多くても千人程度であればいい。
それ以上の数になってしまうと居住地や食料の配分等が難しくなる。
まずは千人、大勢を受け入れるとしても段階を踏んでから行うべきだろう。
その中でも台湾の気候を考慮して熱帯や密林での行動に慣れている人達の方がいいと判断し、デルウィーシュに言った。
「あー、デルウィーシュ……今開発をしている青龍という場所は、そっちのマイソール王国で例えるなら密林に近い環境なんだ。だからもしそうした環境でも働ける人がいたら300人から千人程度を派遣してもらえると有り難いが……」
「あぁ、それでしたら問題ありませんよ。最近は国策で綿花を栽培するプランテーション農園を開くために密林を開拓して働いている者達が大勢おります」
「それは心強いな。住居や農園が開設すればそこに彼らを働かせたり住まわせるようにしようと考えているのだが……長期就労、もしくは移民として青龍への移住を希望するのであれば農業従事者を採用したいと思っているんだよ。まだまだ開発が始まったばかりの赤子同然の土地だけどね、是非ともお願いしたい」
これから青龍を発展させるためには農業従事者の採用が必要不可欠だ。
作り出す農作物に違いはあれど、農地を管理して作物を育成するのであれば彼らの力が必要になってくる。
無計画な制度は破綻するが、しっかりと計画しておけば労働力の効率化を図ることが出来る。
こうしてデルウィーシュとの会談を終えたのは午後8時頃となったのであった。