260:ヴィクラント
まず最初に会談で議題に上がったのは貿易に関するものであった。
フランスとマイソール王国との間でやり取りされている貿易は、アジアからの輸入品の中継拠点であり、清国で栽培された紅茶を輸送・備蓄保管場所としてマーヒを使用しているわけだが、最近はイギリスによる圧力と支配地域が拡大している事も相まって、貿易に関する取引の引き上げ交渉にやってきたという。
マイソール王国はインドでも発展を続けている国家ではあるが、やはり強国イギリスによる強請まがいの行為によって厳しい状況に立たされているとデルウィーシュは語る。
「……最近ではインド各地でイギリス東インド会社による徴収も活発化してきております。我が国にも内政干渉に近い要求をしてくることが多くなってまいりました……我が国も友好国であるフランスとの関係を維持しておりますが、何分イギリス海軍の艦艇が海上での妨害行為に等しい行動を起こしており、貿易に向かわせる船舶にも大きな負担が掛かっております……何卒取引価格の引き上げについてご理解の程よろしくお願いいたします……」
デルウィーシュの様子を見るに、嘘をついているようには見えなかった。
インド方面で挽回しようとイギリスがちょっかいを仕掛けてきているという情報を国土管理局経由で聞いている俺は、その頻度が増えている事も理解している。
独立戦争で背負った負債を返済するためにヨーロッパ系の貨物船ではなく、自分達よりも格が低いと見なしているアジア系の貨物船に強引に乗り込んで徴収を行うという海賊紛いの行動をしているのだ。
大航海時代ならいざ知らず、海賊行為が許されたのは黒ひげの愛称で有名な、エドワード・ティーチやブラック・バートの異名で最強の海賊と謳われたバーソロミュー・ロバーツが生きていた頃……ざっと今から50年前の1720年頃であり、それ以降は海賊を違法として取り締まるようになったわけよ。
海軍の代わりに敵国の商船とか拿捕したりするの許されていた時代だったしね。
平時は民間船、戦時では私掠船として海賊行為を国で容認するというものだ。
それにしてもマイソール王国とイギリスは現在休戦協定を結んでいるにも関わらず、イギリス海軍が海賊紛いの行為を承認しているのであれば大いに問題しかない。
ちなみにイギリスでは水兵の数が足りないと海軍の広報担当者が一般市民や貨物船の乗組員を平時だろうが有事だろうが拉致同然に連れ出して水兵にするという悪名高い【強制徴募】という行為も存在している。
宗教勧誘やマルチ商法の新規顧客獲得ノルマ以上に強引なやり方ではあるが、囚人であれば恩赦されることもあり、独立戦争時には多くの囚人が兵役任務に就いていた筈……。
そうした人達が水兵になって好き勝手やっているのではないかと思う。
後で国土管理局に調べるように聞いてみるか……。
マイソール王国とは海上補給路としては重要な生命線でもある。
取引の値上げに関しては必要経費だと割り振っておこう。
「あぁ……そうだったのか……うむ、それに関しては了承しよう。インド洋航路は重要だからね、値上げに関してはマイソール王国の国益の点から見ても必要不可欠なのだろう?であれば私としても反対する理由にはならない。貿易に関してはこれから東アジア方面にも力を注ぐ予定だ。今以上に船の往来も行き来するようになるだろう。マイソール王国との貿易も今以上に行うつもりだ」
「はっ!誠にありがとうございます!」
デルウィーシュはホッとひと息ついて感謝を述べた。
やはり重要な交渉をあっさりと承諾してくれた事に胸をなでおろしたのだろう。
もしこれで拒否したらマイソール王国との関係悪化は避けられないからね。
多少コストが上がってしまっても信頼と実績の積み重ねで貿易が増えれば、それで利益も出るだろう。
それに、イギリスがインド方面でちょっかいを掛けているのもアメリカ独立戦争で圧倒的劣勢に立たされて、経済的に危機的状況故の行動なのだろう。
インドへの直接的な軍事行動を起こさなくても、技術的優位によって優れた最新鋭の銃や大砲などでけん制すれば、技術的に二世代以上遅れを取っているインド方面の軍隊に対しては十分に威圧で屈することが可能になるからだ。
マイソール王国とは友好国という関係だが、七年戦争後はインドへ深く介入はせずに軍事同盟ではなく軍事顧問を派遣するに留まっている。
新大陸での大敗北が事実であれば、イギリスは確実に倍返し以上の力をもって大陸での負債をインドなどの自分達よりも力の弱い国や地域に押し付けるように強硬的な対応で行ってくるかもしれない。
デルウィーシュが派遣されたのも、軍事同盟ないし軍事支援の依頼を行うためにやってきたに違いない。
ここは一つ、尋ねてみたほうがいいだろう。
「一つ聞きたいのだが……デルウィーシュ、君が余と会って話したい事は軍事支援の取り付けも含まれているのかい?」
「……!は、はい……それも含まれております」
「マイソール王国への軍事支援……まだ直ぐには返事は出せないが、防衛戦争限定であればフランスはマイソール王国防衛の為の必要な軍事物資の引き渡しに関して、政府閣僚間で協議をしておくつもりでいる。承認されるかどうかまでは分からないが、できる限り支援を取り付けるように口添えはするつもりだ。数日以内には決議を決めるからフランスに滞在している間にも決定されると思う。ただし、侵略戦争にはフランスは加担しないし、もしマイソール王国が侵略戦争を吹っ掛けた場合には友好条約の破棄も含まれるのを忘れないように」
「……!畏まりました、しっかりとスルターンにも伝えておきます」
アジアにおけるフランスの数少ない友好国であるマイソール王国。
侵略戦争をしない条件をつけてフランス製の武器を引き渡す事も『協議』するのだ。
流石にイギリスがマイソール王国に戦争でも吹っ掛けた場合、青龍との航路に支障をきたすし、東アジア方面の貿易にも支障が生じる。
戦争が起きないのが最善だが、万が一インド最大の友好国が潰れてしまうとフランスとしても今後の活動がやりずらい事になるのは間違いない。
一個歩兵大隊規模であれば軍事顧問団として派遣することも出来るだろう。
「それにしてもイギリスは新大陸で負け戦続きだからね……自分達で植民をして税を強引に取り立てた結果反乱が起きた……その尻拭いの為にインド方面で関税を含めて金を強引に掠め取ろうとしている最中でもあるのさ……まだ挽回しようとしているのだよ……近日中には戦争の結果が分かるはずだ」
「新大陸での動乱については我々も耳にしておりますが……あのイギリスが自身の植民地で敗走を重ねているという情報は本当なのでしょうか?」
「ああ、それに関しては間違いない。イギリスにも大使や連絡員を派遣しているが、ここ1年程でイギリスは新大陸における主要な植民地都市を喪失したよ。同盟国で駆けつけてくれた軍隊の中に裏切り者が紛れ込んでいてね……あっという間に軍隊は反乱側に寝返ってプロイセン王国や領邦との関係も急速に冷え込んでいるよ。今イギリスは最も孤立化しているのさ」
「あのイギリスが孤立化……ですか?俄かには信じ難いですが……」
「軍事だけでなく政治的に統制が失われてきているのさ……国を導くべき国王が精神的に滅入っていて部屋にこもりがちになってね……代わりに首相が主戦派議員を煽っている状態さ……植民地で大負けしたら国民からどんな反応が返ってくるのか想像しただけでも恐ろしいものだよ」
イギリスの世論も雲行きがかなり怪しい。
今までは植民地からの莫大な利益があってこそ潤ってきた。
史実ではアメリカを失っても経済貿易圏の中に組み込まれたこともあり、イギリスは戦争に負けても貿易を続けることによって利益を生み出す事が出来た。
しかし、この世界ではイギリス兵の虐殺が起こるほどに国民感情が悪化しており、イギリス国内では革命的な思想である新市民政府論が急速に市民層にまで蔓延しつつある。
反政府的な抗議活動が活発化し、都市部では徴兵や税の取立に反発した市民による暴動が起こっているそうだ。
もしかしたらフランス革命のような内戦へと突き進むのではないか……そんな予感がしてくるのだ。
であればインドにいるイギリス東インド会社は国内で内戦が勃発した際に、どんな行動を取るのか……。
マイソール王国と敵対している国家と友好関係を結んでいるので、戦争を吹っ掛ける可能性もある。
これから先は経済や内政だけでなく、国内だけでなく海外に目を通して軍事面でもしっかりと腰を据えて考える必要がある。
(やるべき事は山ほどある……ゲームや歴史の小説で見たよりも現実は非常にシビアで責任重大な役割を決定し、それをしっかりと自分自身で理解して行動しなければならない……やはり、それだけに荷が重いよ……)
俺の両肩には何とも言えない疲労感が降りてきたのであった。




