253:Accident
パリ中心部、シャンゼリゼ通りにフランス……いや、世界初の蒸気機関車専用の駅が誕生した。
史実だとエトワール凱旋門がある辺りに拡張性も兼ねて土地を買い取り、パリを起点として各フランスの地方都市へ向かうように設置された駅だ。
将来的な利便性を考えれば、この駅を拠点にフランス全土に毛細血管の如く鉄道網を広げていく方針になる。
駅の名前は複数寄せられたが、一番分かりやすいものがいいとして『パリ中央駅』という名称を与えられた。
中央駅を結ぶ路線は、北の方向に一キロ離れた場所に設置された仮設駅までの区間である。
既存の大通りを改造してレールを一本敷設していたので、建物を取り壊すことまではしなかった。
せいぜいレールを敷設するために道路に敷き詰められたレンガを引っ剥がした程度だ。
お陰で予算的にも財布に優しかったので、これで蒸気機関車の有効性が証明されれば、国内外に向けて大々的な宣伝が出来る。
既に線路が敷設された道路に沿って大勢の人が詰めかけていたのだ。
俺達国王夫妻が駅前に到着すると、それはもう歓声が凄かった。
「おおっ!陛下だ!陛下と王妃様がお見えになられたぞ!」
「陛下!陛下も蒸気機関車を見に来たのですか!」
「陛下!王妃様!」
歓声がまるでEDMフェスでもやっているんじゃないかと思うぐらいにドゥンドゥンと鼓膜に響くわけよ。
それでも皆から笑顔で声援贈られると嬉しいねぇ。
俄然やる気がモリモリと湧いてくる。
嬉しかったので手を振って民衆に応える。
国民の為にもこの蒸気機関車は成功させないとね!
「ところでキュニョー中佐は何処にいるのかな?」
「はっ、こちらでございます」
市民の皆に暖かい歓声をもって迎えられた後、蒸気機関車を動かそうとしているキュニョー中佐の元にやってきたのだ。
キュニョー中佐はフランス科学アカデミーの職員と一緒に最終点検をしている真っ最中であった。
お披露目までは白い仕切りで機関車が隠されているものの、仕切りをめくると世界初の蒸気機関車の姿がそこにあった。
黒塗りで塗装された蒸気機関車はサイズこそ小さいものの、機関車としての基礎が既に出来上がっているように見えた。
キュニョーの砲車からかなり改良して、後方に操縦席を設けて前方のボイラーで火を焚いて蒸気を押し出す為の煙突が設置されている。
その姿は、俺が転生する以前に名古屋の博物館で見た最初期の蒸気機関車の模型にそっくりだった。
予定よりも少し時間が押しているものの、ここで急かして事故発生の要因になってはいけないので温かく見守る事にしているのだ。
だが、見守っているとどうやら雲行きが怪しい。
蒸気機関車の整備をしている者達がかなりざわざわとし始めた。
ふと、俺の存在に気が付いたキュニョー中佐は青い顔をしながらすっ飛んできて先ずは詫びを入れてきたのだ。
「陛下!王妃様!申し訳ございません!先程蒸気機関車の最終点検をしていましたところ、修復をしなければならない箇所が見つかりました」
「それは本当か?どの部分だ?」
「はい……ボイラーの調整部分です」
「調整部分か……確かに蒸気機関を扱うのであれば重要な部分だな。どのくらい修理に時間が掛かる?」
「あと、40分……いえ、30分もあれば修復できるのですが、修理部品が足りないので大急ぎで部品を製造している工房から部品を取り寄せて修復に当たっている真っ最中でございます……本当に申し訳ございません!」
これからセレモニー始めようかなと思ったのも束の間。
キュニョー中佐から機関車破損のお知らせが舞い込んできたのだ。
とはいえ、最終点検で見つかったのはいい事だと思う。
本番でいきなり破損して壊れたなんて言えば笑いものになるので、しっかりと点検をしたお陰という事も考慮すればキュニョー中佐を責める理由にはならない。
むしろ、点検で欠陥が見つかった事を真っ先に報告した事について褒めるべきだ。
「キュニョー中佐、頭を上げてほしい。貴官は最終点検を行った際に修復しなければならない箇所を発見し、そして隠さずに修理を行うように命じた。それは悪いことではない。万全の態勢で臨む為に遅延の理由を報告した事は見事だ。要は修理が終わるまでの間、時間を稼げば良いのだろう?なら、俺が国民向けの演説と談話をしておくよ。だから修理が完了したら呼んで貰えないだろうか?」
「かっ、かしこまりました!本当にご迷惑をお掛けして申し訳ございません!」
「いやいや、そう自分を責める必要などない。しっかり直して蒸気機関車が動く姿を大衆に見せるように励みなさい」
「はっ!」
キュニョー中佐は頭を下げてから急いで修理に取り掛かる。
どんな事にもトラブルが発生してしまう事はある。
それが人為的なミスにしろ、複合的な要因だとしても現場責任者を責め立ててしまうのは良くない。
むしろ現場責任者がしっかりと報告した事を褒めておくのが人から慕われるようになるコツさ。
むやみやたらに叱責したり怒鳴り散らすだけでは人は萎縮してミスを放置したり隠蔽する原因になり兼ねないからね。
ちゃんと報告して修理しているのならヨシ!
まぁ前世だとそんな人間の鑑みたいな奴ほとんどいなかったけどな!
……というわけで言いだしっぺの法則に従って即席ながら演説をして時間を稼ごう。
「さて……アントワネット、俺は今からちょっとばかり民衆に話しかけていくね」
「あの……オーギュスト様、私も一緒にお供してもよろしいでしょうか?」
これから演説をしようとしている最中、アントワネットが演説にお供したいと申し出てきたのだ。
おっと、これは意外だなと思ったが、アントワネットも砲車といい機関車といい、乗り物には思い入れのある感じだから、演説で擁護をするつもりなのだろうか?
念の為、アントワネットに訊ねた。
「演説のお供に関してはいいのだけど、アントワネットも何か話したい事があるのかい?」
「ええ、蒸気機関によってこうした新しい乗り物が誕生した事について語りたいのです。オーギュスト様が以前語っていらっしゃった事が現実になり、人々の生活を変えるものであると……私とオーギュスト様が演説をすればお時間も大丈夫かと……」
「ああ、確かにね……もし演説でつっかえた場合には俺もサポートするよ、一緒にやってみるかい?」
「はいっ、お願いします!」
おお、アントワネットが凄く頼もしい!
彼女が傍にいてくれれば怖いもの無しさ。
演説といっても蒸気機関車について簡単に説明した後で、ざっと今後の予定などを話してから軽く国民との直接対話。
予め今日スピーチ予定だった原稿に即席の演説を付け加えるトッピングというわけだ。
勿論のことながら、安全面には最大限気を遣っている。
内国特務捜査室の責任者であるジョセフ・サン・ジョルジュが国土管理局所属の警備担当者を配置しているので何かあった際には直ぐに駆けつけるようになっている。
職員の配置を確認した上で、俺はジョセフに警備の問題が無いか尋ねた。
「ジョセフ、警備の者の配置は済ませたか?」
「はっ、配置が完了致しました。警備は万全ですが念の為、何かあった時に対処できるように私と部下の者が陛下と王妃様のお傍に付かせて頂きます」
「おっ、頼もしいねぇ!もしもの事があれば頼むよ」
「はいっ、この命にかけても陛下と王妃様をお守り致します!」
ジョセフと彼の部下である女性がしっかりと目を光らせているので大丈夫だろう。
最近国土管理局に配属されたという女性は、ジョセフ曰く同じ国土管理局の中でも活躍している諜報員のジャンヌが、女性職員を募集してやってきた女性達の中から目利きをしてスカウトしたという。
一見すると大人しい感じの女性だが、こう見えてかなり腕っぷしも強い上に、組織の中でも剣術に優れていると説明を受けて、そんな凄い人をよくスカウトしてきたなと思った。
名前はロザリアだそうだ。
俺の傍にはジョセフが、アントワネットの傍にはロザリアが付き添って群衆の前に出る。
不審な動きをする人物がいれば直ぐに駆けつけるだろうし、何と言っても彼は音楽家としてではなく剣術にも優れているので問題はないだろう。
予定していた行動表よりも逸れてしまうかもしれないが、たまには回り道で進むことも必要だ。
国王と王妃が現れた事で場の空気は絶好調に盛り上がっている。
さてさて、演説といきましょうか。




