252:スチームパンク
蒸気機関車……。
それは、産業革命の象徴とも言うべき乗り物であり、歴史上発明された中でも現代に至るまでこの乗り物が歩んできたレールが残されている。
それだけに、蒸気機関車が史実よりも早い段階で完成した事に驚いているのだ。
キュニョー中佐が最高責任者となって俺も資金や人材面でバックアップを行っていた事業がついに始動する事が凄く嬉しいのだ。
(今はまだしも、これから鉄道が物資や人員輸送として使われるようになれば人々が多く利用するだろう。様々な人達が行き交う場所でもあるから、駅周辺も再開発で発展していくだろうね)
まだ蒸気機関車が出来たばかりであり、本格的な運用をするにはこれからさらに年月が掛かる。
とはいえ、実用的でかつ馬車よりも高速で走らせることが出来るのであれば人々はその役割を注視するようになるだろう。
それでいて国営事業でも、将来において莫大な利益を出すことがほぼ確定しているものなので、機関車を運用する地上鉄道事業は国営企業である『フランス王立鉄道会社』が執り行うことになる。
「いよいよ鉄道が完成したみたいだし、これでアントワネットが乗りたがっていた蒸気機関車にも搭乗できるようになるぞ」
「本当に完成したのを見るのが楽しみですね~!以前はゆっくりと動かしている砲車だったので、それよりも更に早い乗り物であれば体感してみたいです!」
「ああ、そういえばアントワネットは乗馬とか凄く好きだもんね。やっぱ乗り物に乗るのは好きかい?」
「勿論ですよ!自分で動かしてみたいのです!」
馬車の中で乗り物愛を熱く語っているのはアントワネットだ。
テレーズも連れていこうかと思ったのだが、生憎風邪をひいてしまっているので部屋で安静にしている。
可哀想だったので、なにかお土産の一つか二つ買っておこうかな。
以前からキュニョーの砲車を見た途端に、童心に帰ったかのようにはしゃいでいたので、如何にアントワネットがこうした乗り物を好きなのかが垣間見れる。
というか間近で見れます、ハイ。
某ゲームだと乗馬のスキルがあるので乗り物を運転しても大丈夫だと思う……うん。
流石に最初期の蒸気機関車だと操縦性が難しい事で有名なので、アントワネットが操縦してハンドルなりシャフトを折って暴走させてしまったりなんてしたら一大事だ。
なので、運転をさせるにしても補助してくれる人が同伴しないと不安なのだ。
「そうだねぇ……運転をするにしても機関車の場合は馬と違って色んな場所を操作しないといけないから難しいと思うよ?出来るようになるとしてもある程度訓練を積まないといけないだろうし、操作を覚えてからのほうがいいんじゃないかな?」
「確かに……キュニョー中佐の砲車も完成品に搭乗した際にもハンドルが重すぎて右や左に動かすのが精一杯でしたから……」
「あー、確かに砲車は運転しづらかったけど、機関車はレールに沿って動くから比較的楽に運転できるとは思うよ?」
キュニョーの作った砲車に乗ってみたいとアントワネットが言っていたので、試しにキュニョーに相談して砲車に乗せて運転させた事があったのだが、その時にアントワネットはハンドルが重すぎて動けません!と涙ながらにヘルプを出してきたので、俺が砲車に飛び乗ってハンドルを切って壁に激突する寸前に切り替えしに成功したのだ。
危うくアントワネットが世界初の自動車事故を起こした人物として歴史に残ってしまう所だった。
しかも壁を越えた先が川だったので、下手したら溺れてしまう可能性もあった。
ヒヤリハット報告書提出するレベルの案件だったので肝を盛大に冷やしたのは秘密だ。
キュニョー曰く、レールのようなものなら加速と減速で済むのだが、ハンドルを動かして操作する乗り物の開発にはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「こうして馬車で乗っているのもいいけど、いずれは蒸気機関車や自動車に変わっていく時代が来るかもしれないね。恐らくあと数十年ぐらいしたら街の光景も一変すると思うよ」
「機械で出来た乗り物が街を走りだす……そうオーギュスト様はお考えですか?」
「うん、間違いなくそうなると思う。ここ数年で科学技術は飛躍的に進歩しているからね。科学の技術革新が進めば進むほど新しい時代が開かれていくんだ。だから俺達が生きている間にも馬車などは転換期を迎えるんじゃないかな?テレーズが大人になる頃までには鉄道も整備が進んでいる頃合いだと思うよ」
「そうなれば国内を移動する際にも鉄道を使っていく事が出来るようになるのですね!」
「そうだね。馬車よりも早く移動できる乗り物が普及すれば、馬車に乗る機会も減るだろうね……でも、まだまだ馬車は活躍するはずだよ」
現代において馬車が運用されている場所や地域は縮小している。
中東やアフリカ、中央アジア地域でガソリンスタンドがあまりない地域ではまだまだ馬車が現役という所もあるが、基本的には鉄道・交通網の発展と自動車化社会によって馬車が運用されている機会は滅多にない。
俺もこうしてルイ16世に転生して初めて馬車に乗ったぐらいだからね。
これはこれで洒落た乗り物ではあるが、自動車に乗り慣れていた頃に比べるとやはり速度の面ではゆっくりだなと思う。
アントワネットも機関車がどのぐらいの速度で走るのか興味があるらしい。
「今回の蒸気機関車はどのぐらいの速さで走るのでしょうか?」
「あー……まだ速度に関しては詳しく聞いていないからねぇ……やはりアントワネットが求めるものはスピードかい?」
「やはり私は……せっかちなのでどのくらい早いのか興味がありますの!」
「速さか……Speedを求めるのは何処も同じか……横浜だけではなかったようだな」
横浜では最速という称号を競う為に命知らずのストリートレーサー達が改造車で首都高や街中を時速300キロでぶっ飛ばしているというニュースが報じられていたが、やはりスリルを求めると自然とスピードを感じたいと思うようになるのだろうか?
蒸気機関車の速さ……世界最速を誇った蒸気機関車は200キロ以上出たらしいけど、今回披露される蒸気機関車が何キロで走行できるのかまでは聞いてはいない。
折角だからキュニョーに直接聞いてみるか。
今回、こうして世界初の蒸気機関車がお披露目されるという事もあってか、4キロに渡って敷設されたレールを走ることになっており、そのレールに沿った鉄道網が今後活躍していくだろう。
予め鉄道網を敷設するルートを選び、乗客や荷物を乗り降りさせる駅に関しては、国が抑えているので国営企業のテナントが入っている建物を順次作らせていく予定だ。
今はまだ利益は出ないかもしれないが、将来駅に直ぐ近い場所にある飲食店や住居が高値で取引されるのを見越しているというわけだ。
これもある意味転生者だからこそ鉄道の価値が分かるからやっているって感じだな。
マンションに飲食店、生活必需用品店、駐在所、馬車送迎サービス所といった具合に人々の生活に欠かせない建物やテナントを駅前に立てておけば、将来になって国の利益になるのは間違いなしだ。
「キュニョー中佐がフランス科学アカデミーから全面的な支援を受けて作った代物だ。軍用向けと民間用の二種類があるわけだが……今回一般公開されるのは民間用のモデルみたいだね」
「あら、軍用のモデルも完成しつつあると伺っておりましたが、今日は公開されないのですか?」
「一応防諜目的の為に完成品は展示しない方針のようだ。他の国も真似してくるかもしれないからね」
「なるほど……」
「とはいえ、いずれこの機関車の利便性を分かっている科学者とかが発明するに違いないよ。ただ、それまでは秘匿したほうがいいとの通達がされたようだし、いずれ同盟国でも鉄道網が構築されたら友軍への物資・人員運搬用として活躍する予定さ」
軍用の機関車も作っているのも事実だが、まだその事を公の場で公表するのは当面先になりそうだ。
というのも、最近のヨーロッパ情勢……特にイギリスの情勢が少々怪しいので、万が一革命が起きてしまった場合には周辺国に革命思想が飛び火する恐れがある。
そうなった場合には欧州全体で大規模な戦闘が勃発する可能性もあり得るというわけだ。
フランスの同盟国並びに友好国の関係を強化し、対革命戦争に備える為でもある。
(あの軍用機関車も戦争では切り札の一つとして使うことになるだろうね……)
フランス革命によって失われたものは大きい。
あの悲劇を繰り返してはいけない。
教会は破壊され、革命に反対した者は違反分子として処刑され、恐怖政治による統治が行われたからだ。
犠牲者は数十万人から一説では200万人と言われているぐらいに膨大な人々が犠牲になった。
それはフランスだけじゃない、かのソ連や中国でも起こった事だ。
ソ連では大粛清、中国では文化大革命……いずれも時の指導者達が権力を操って罪なき一般市民まで虐殺の限りを尽くす暴挙を起こした。
当局が遺した「控えめな」数字ですら数十万人を超えているので、実際にはその数十倍もの人間が殺されたのだろう。
現実の政治と折り合う事をせず自分の理想ばかりを他人に押し付けるなどの行き過ぎた革命思想というのは旧体制の打破や改革ではなく、旧体制を支持していた人々を敵とみなし不当な理由による逮捕や投獄の弾圧、反対派の虐殺や粛清などの非道な手段を以て自分達の都合のいい政治体制を築くための極めて危険な過激思想に過ぎないのだ。
(どのみち、アントワネットを守れるのは俺しかいないんだ……戦争は嫌だけど備える事はしっかりとしておかないと)
隣で機関車を見るのを楽しみにしているアントワネットを見ていると、彼女を守る為ならどんな事でもしようと心に深く決めたのであった。