250:スタニスラスの回想
250話を迎えたので記念の初投稿です。
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私の名はルイ・スタニスラス。
フランス王国の王族であり、現在外交部貴族担当部門責任者という役職を任されてパリやヴェルサイユを中心に貴族を相手に仕事をしている。
今日は仕事が入っていないので休みを貰って妻のジョセフィーヌと一緒にパリのシャンゼリゼ通りで買い物をしようと馬車で向かっている所だ。
これも兄であり、国王として振る舞っているルイ16世からの指示でもあった。
先日大トリアノン宮殿に呼びだされた私は、兄から仕事内容について褒められたのだ。
「スタニスラス、最近仕事を頑張ってくれているみたいだね。外交部からよくやってくれていると褒められていたよ」
「はっ、恐れながらこれも外交部のサポートのお陰です。私ができる範囲の仕事をしているまでです」
「……でもスタニスラス自身の能力があってこそだよ。でなければこの仕事は務まらないんだ。王族としても実績を積み重ねていけば、いずれより権限のある役職に就かせることができるように俺からも口添えをしておくよ。スタニスラス、お前の能力はしっかりと評価している。この調子で頑張ってもらいたい」
「ありがとうございます」
仕事の内容を褒められるのは嬉しいことだ。
小さい頃から、何かと兄に対して自分はもっといろんなことができると思っていたが、蓋を開けてみれば兄のやるべき事は私よりも多い上に、内容も複雑で精神力が試されるものばかりだった。
閣僚をまとめ上げて経済改革を実施し、尚且つそれまで地位や権力を守っていた貴族や聖職者への課税など、祖父のルイ15世すらやろうとしなかった事を実行する決断力。
幾度か精神的にやられてしまい体調不良を起こしても、決して挫けずに改革をやり通すという意思の強さ。
そしてオーストリアから嫁いできたアントワネット王妃との熱烈な恋愛関係……。
どれもこれも、私には出来ないことだ。
私が王になったとしても、こんなに様々な事をいっぺんに行えるのだろうか?
今までにない大胆な改革、フランスの歴史でもここまで大きな改革をした例はないだろう。
庶民層を中心に取り込むことで王の支持基盤を固めて、反対や異議を唱える貴族や聖職者に対して庶民層から反発を受けるようにし、改革を邪魔させない為の布石……。
一体兄はどんな事を思えばそんな考えに行き着くのだろうか……。
そう思っていると、兄は話題を変えて妻のジョセフィーヌの事を話し始めたのだ。
「……そういえば、スタニスラス……最近奥さんとの関係は上手くいっているか?」
「……ジョセフィーヌの事ですか?まぁ、ぼちぼちといったところです」
「そうか……いいかスタニスラス。奥さんは大事にしろよ?愛人作って現を抜かしているとルイ15世みたいな最愛王とか変態大魔神とかスゴイあだ名付けられるからな?マジでそれだけはしてはいけないよ?」
「は、はぁ……」
「……まぁ、たまには奥さんと一緒に買い物をしたり、食事をしたりするのもいいぞ。最近スタニスラスは休暇を取得していないだろう?今は改革も落ち着いてきているし、そこまで忙しくないから休暇を取ってゆっくりと休みなさい」
私の場合、休みはあまり必要ないように感じている。
貴族などの相手をする時、大抵は相手が話を持ちあげようとしてヨイショ、ヨイショとおべっかを並べている事が多い。
王族という事を利用して良くしてもらおうとしている算段なのだろう。
であれば、私のするべきことはそいつらの機嫌を悪くしないように笑顔で対応して、話を聞くことだ。
必死になって詭弁を並べている様を見ていると何とも愉悦な事なのだろうか。
そんな彼らの動きを見ている事だけでも楽しいものだ。
これほどまでに仕事が楽しい職場は早々ない。
しかし、折角の休みを頂けるとなれば、受け入れて羽を休める為に使わせてもらおう。
「はっ、ではお言葉に甘えてお休みを頂きます」
「ああ、今度の水曜日から日曜日まで四日間ほど休んだほうが良い。今週は行事も無いからね。パリの劇場や服飾展示会も開かれるみたいだし、奥さんと水入らずで過ごしてきなさい」
「分かりました」
……そして、今に至る。
妻のジョセフィーヌはサルデーニャ王国から嫁いできた。
本来であれば兄が結婚して一年後に嫁いでくる予定だったが、赤い雨事件の影響で結婚式が一年程ズレたのだ。
ジョセフィーヌは私よりも二歳年上で、姉のような女性だ。
結婚した当時はあまり実感が湧かなかったのだが、最近になって妙に年上の女性として優しさと温もりを振る舞ってくれるのだ。
何とも心地よいものなのだろうか。
彼女の魅力にゆっくりと嵌っていきそうだ。
揺れる馬車の中で、パリの街並みを見れば活気と希望に満ちあふれているのを目の当たりにする。
今日も改革によって景気が良いのだろう。
それは大変結構な事だ。
「今日もパリは賑わっておりますねぇ~」
「そうだな。ここ最近は景気もいいし、何より臭いも気にならないぐらいに良くなった……全て兄のお陰だよ。だから、私は兄の役に立ちたいのだよ。このパリが悪臭漂う街という汚名を返上出来たのも兄が改革をした賜物だ」
そう、ここまでパリが賑わっているのも兄のお陰だ。
閣僚に平民だけでなくユダヤ人を取り入れて経済、特に金融関係に手を加えたことで投資が加速し、パリは急速に整備されて、生活環境は数年前とは比べ物にならない程に良くなった。
糞便漂う悪臭とは無縁の場所となり、酢で水を消毒して飲む必要も無くなったのだ。
まだ一部の地区では地下水に汚水が混じってしまう程の汚染が酷いと聞くが、大部分の場所は私が十歳だった頃に訪れた時よりも比較する事が愚かに思える程に改善したのだ。
改革の当初はそれが出来るかどうか半信半疑だったが、兄はやり遂げたのだ。
だから、以前のような内気でなよなよしている兄ではない。
「ジョセフィーヌ……お前だけに言っておきたいのだが、兄のように王になれなくても、せめて功績を残したいんだ……兄は今まで放置してきた問題を切り込んで、見事に解決して見せている。俺に出来る芸当ではないが、それに次ぐぐらいの事がしたいんだ……」
「……できますよ。スタニスラス様なら……」
馬車の中で、俺はジョセフィーヌに自分の想いを打ち明けた。
誰かに自分の事を認めたい。
認めて貰いたいという我儘を……。
それをジョセフィーヌは真剣に、何度も相槌をしながら聞いてくれたのだ。
兄に比べてしまうと、自分では既に手の届かないところに行ってしまったように感じてしまうのだ。
兄を越えるような統治者になれないのかと……。
そんな愚痴をジョセフィーヌは嫌な顔をせずに聞いてくれていた。
「すまないな、ジョセフィーヌ……少しだけ熱く語ってしまったようだ……」
「いいのですよ。誰だって想いを吐き出したい時があります。私でよければお話は何時でも伺いますよ」
「有り難い」
「スタニスラス様、ジョセフィーヌ様、目的地に到着致しました」
一通り話をした後で、御者が目的地に到着したと告げたのでジョセフィーヌと一緒に馬車を降りてシャンゼリゼ通りに到着する。
これから買い物をするつもりだ。
買い物と言っても普段から世話になっている外交部の仲間たちに配る予定のプレゼントを買うつもりだ。
ここは無難に菓子やお茶辺りでいいだろうか?
高級菓子屋の前に立ち止まり、店内に入ってみると箱入りのお菓子がずらりと陳列している。
「ライ麦を使用したクッキーか……ん?これ一箱入りで5リーブルもするのか……」
「蜂蜜入りの瓶付きだそうですよ。このクッキーの上に蜂蜜を塗って食べるのだそうです」
「そうか……それだと5リーブルでもむしろ安いぐらいだな……外交部のメンバーにはコレを三つほど買っておこうか」
「それがよろしいと思いますわ」
以前の私ならそこまで気を遣わなかっただろう。
ジョセフィーヌが一緒にいる事も相まってか、会話も弾んで自然と買い物をとんとん拍子に進んでいく。
こうして買い物をしていれば、兄が夫婦水入らずの休日を取らせようとしていたのか分かったような気がする。
「兄は良く言っているな……女性が喜ぶものは甘いお菓子が一番だとね……ジョセフィーヌはそう思うか?」
「ええ、女性は大抵甘いものは大好きですよ。私もこのマカロンが好きですから。紅茶と合わせておやつの時間にいつも頂いておりますわ」
「そうか……それじゃあ明日一緒に食べようか」
「ええ!是非!」
ジョセフィーヌとの会話が成熟していく。
兄のアドバイスが功を奏した形となった。
もう、かつての内気な兄ではない。
結婚する一か月前までは錠前作りや時計作りに夢中で、人と話す事すら親しい間柄の人以外には殆どしなかったほどの人見知りの兄だった。
そんな兄は結婚一か月前に突如倒れた。
結婚式に備えて緊張して倒れたと言われているが、おそらくは倒れたことで心を入れ替えたのだろう。
(兄は……やはり、フランスを変えようと王の器を見いだそうとしているのかもな……)
そうであれば、私も今以上に心を入れ替えて職務に臨むべきだろう。
王を支えるのが家臣の務めであるなら、私はその中でも出来る範囲で王の為に、フランスの為に尽くすのだ。
それが王族としての使命だ。
兄にその事の大切さを教えてもらった事に感謝しつつも、私はジョセフィーヌと買い物やパリの劇場などを鑑賞し、有意義な一日を過ごしたのであった。
歴史小説を執筆していて良いと思う点は、資料を購入したりwikiで情報を見ると知識が身につくこと。
悪い点は時間泥棒で、どんどん沼に嵌ってしまう事




