245:ヴィール・ヴ・ドラゴン
台湾に関する文献を購入したので初投稿です。
後書きに参考文献を記載しておきますので、気になった方はお読みください。
フランス領となった基隆を拠点とし、フランスにおける東アジア地域への貿易戦略が閣僚級会議のこの場において議論されることになる。
正式に我が国の領土となった基隆は史実の香港のような都市国家としての機能が行えるように、投資やインフラ整備などをしなければならない。
予想していたよりも一千万リーブルほど安く基隆を買い取ることが出来たが、土地を開拓し発展させるまでが大変なのだ。
某都市開発ゲームみたいに、マウスカーソルで道路を引けばすぐに出来上がるものじゃないからね。
それに、台湾は先住民族や移民として渡ってきた漢民族がおり、基隆にいるのは移民の漢民族が主流となっている。
「すでに基隆は清国からの移民がおりますが……それ程数は多くは無いですね。オランダや清国から渡された資料も数十年前の統計になりますが……台湾全体で先住民族や移住した漢民族の人達を含めても約6万人前後です……やはりフランスから開拓希望者を募って送るのが得策でしょう」
「サン=ドマングでも開拓に数十年を要したからな……この基隆開拓は長い目でみながらやるべきという事だな」
「はい、基礎を徹底した上で開発をしていくしかないですね。台湾は未開拓の場所が多いこともあってか、水資源などの確保も整備しなければなりません。ある程度開拓はされているとはいえ、大部分は手付かずの土地ですから……それに清国は台湾の事を”瘴癘の地”と呼んでいるそうです」
「うーむ……改めて見るとどうして清国が台湾に積極的に入植しなかったのかが分かるなぁ……」
あれだけ好立地であるにも関わらず、清国が殆ど台湾に手を付けていない理由……。
それは水資源の確保が難しい上に、水質が悪く赤痢やデング熱などの疫病が頻発するぐらいに衛生状態が悪いとの事だ。
つまりこれらの問題をクリアーしてからでないと台湾の本格的な進出は難しいというわけだ。
なので、水質を改善するために上下水道を整備し、疫病対策なども行ってから順次開拓する事になるだろう。
そりゃ誰だって開発して既に基礎が出来上がっている土地のほうが欲しいし、未開拓の場合は莫大な予算やら人件費などを含めないといけない。
ヨーロッパでの土地の奪い合いでも、基本的には都市基盤まで破壊する事がないのは侵略後に移住する時に生活基盤が必要だからだ。
ただ、近代戦以降は都市部を攻撃の主目標として破壊する事が前提の戦いが多くなった。
それを具現化したのが第二次世界大戦であり、戦争が開始されてから前半においてドイツ軍はオランダやベルギー、イギリスを空襲し、戦争後半になると物量に物を言わせた連合軍がドイツ・日本の都市部を我が物顔で爆撃し、甚大な被害をもたらした。
特にドイツ領内に進軍したアメリカ・イギリス・ソ連を中心とした連合軍はドイツ本土に猛爆撃を加えて都市は焼け落ち、またドイツ東部に至ってはソ連軍によって略奪と暴行の限りを尽くされて文字通りの地獄と化していた。
特に、ソ連はドイツによって侵攻を受けた恨みも相まってベルリンを占領したソ連軍では兵士の狼藉に対して『黙認』していた事もまた事実なのだ。
20世紀以降は国家が総力を挙げて戦争を起こすようになり、それまでは兵士達が槍や剣、マスケット銃や大砲などを牽引して平原など郊外における戦場で華々しい戦闘を繰り広げていた時代に終わりを告げて、戦闘機や戦車、戦艦といった産業革命の産物で生まれた兵器を使い、戦争は華々しいものではなく、血と硝煙の臭いで舗装された地獄になった。
まぁ、今は18世紀なのでギリギリ戦場は華々しいものであるという認識のほうが強い時代だね、ウン。
……と、上記の理由から生活基盤までぶっ壊してしまうと現地民から必要以上に恨まれるし、都市部を占領した場合は占領軍が面倒を見なければならないのだ。
略奪まではしても、住民を皆殺しにしたら占領しても労働力を無くしてしまうので旨味がない。
といっても略奪と暴力で解決するぜ!と意気込んで徹底的な破壊を行うケースもあるんだよね。
なので、これから基隆を東アジア方面の貿易拠点にする上で先住民族や現地住民との摩擦や衝突が起きないように徹底させておく。
「くれぐれもだが……スペインが新大陸でインカ征服時にやったように先住民族を奴隷化したり虐殺したりはしないように厳命するように。あのせいでインカ帝国で受け継がれていた貴重な文献や文化が消失してしまったからな……それに、なるべく現地の開拓民や先住民族との衝突は避けたい」
「仰る通りでございます。現地に派遣予定の陸軍並びに海軍の部隊に関しても教育を行っております。中国語を学び、東アジアの学問を研究している学者に協力を仰いで言語面だけではなく文化面での違いを教えております」
「うん、これから東アジアに進出するとなれば必然的にアジアに関する教育が必要不可欠になるからな。宗教的にも摩擦を生み出してはならないから強引な布教などを慎むように改めて厳命しておいてほしい」
余程民族的・宗教的な恨みがある場合には大量虐殺といった手段が採られるが、近世においてヨーロッパではユダヤ人に、南北アメリカ大陸では先住民族に対する虐殺が多いんだ。
近世において虐殺事件は近代と比べて少ないが、こうした事件がある事はとても胸が痛くなる。
なので、こうした民族的・宗教的な摩擦を産まないように配慮した上で開発を進めないといけないのだ。
特に台湾では先住民族が多くいる上に、各民族ごとに縄張り争いとかしているという。
好立地であるのに清国からあんまり積極的な投資が行われなかったのも、こうした複雑な事情が絡んでいるのだろう。
ハウザーと財務担当のネッケルがそれぞれ意見を具申してくれた。
「基隆の人口は数千人程度ですが、人口統計がまだ取れていないので来年までに調査を行ったほうがよろしいかと存じます。また、周辺国との交流関係を築けるように外交の出先機関の設置を年内までには完了すべきでしょう」
「そうだな、まずは人口の調査と東洋の窓口になれるように都市機能を充実させる事が先だな。生活基盤を整えて暮らしていける環境づくり……地味だけど、疎かには出来ない重大な任務だ。当面は東アジアに植民地を持っているネーデルラントやスペインに協力を要請して木材や食料などを輸送してもらうことになりそうだな。その辺の調整は今年の7月に設立させる『国土建設省』に任せる方針に変わりないか?」
「はい、国土建設省のアジア支局を基隆の拠点とし、職員も国土管理局から人員を確保した上で派遣します。以前陛下にご説明した通り、水源の確保と疫病防止の観点から衛生保健省の助力が必要です」
「うむ、開拓してすぐに疫病が流行したら大変だからな……サンソン特別顧問に伺いたいが、衛生保健省としてどのぐらい人員を派遣できるか?」
「はっ、既に衛生指導を行っている指導員や医師などを含めて20名前後でしたら直ぐに派遣できるでしょう。基隆の街の規模にもよりますが……初年度は診療所を最低二箇所に設置して頂きたいと存じます」
衛生保健省への入閣は出来なかったが、代わりに特別顧問として衛生保健省にアドバイスを送る立場となったサンソン兄貴に尋ねる。
それによれば20人の医療指導員と医者を派遣し、診療所を二箇所に設置したいと回答した。
設置場所は港、行政機関であり、港では検疫も兼ねて天然痘や赤痢やコレラなどの重篤な症状を引き起こす病気を持ち込まないように防ぎ、行政機関では重大な感染症が発生した場合には、直ちに疫病流行の防止の為に住民の隔離や保護を行う事が盛り込まれている。
基隆では今現在は疫病などは大流行していないが、いざ疫病が発生した際には医療的観点から見て対策はしっかりとやらないといけない。
21世紀でも新型コロナウイルスが世界的に大流行して大変な目になったからなぁ……医療体制や科学技術がこの時代とは比較にならない程に進歩しても、病との戦いは続くのだ。
この時代でもできる対策を行った上で、本土を含めた疫病対策もこなしていこう。
「疫病対策も欠かさずに……そして、この新しいフロンティアにはそれ相応の名前を付けるべきですな」
「基隆以外の名称を付けるのですか?」
「基隆はあくまでも都市の名前です。基隆を含めてフランス領となった場所に新しい地名を付けるのはどうでしょうか?」
「新しい地名……か……私に一つ地名の案がある。東洋にピッタリの地名だ……」
ボーマルシェが行った提案、それは基隆を含めた場所をフランス領としてフランス風の名前にしたらどうかというものだ。
フランス領基隆……この場所の名前をフランス風に変えるとすればいいのがある。
候補として一つ挙げておこう。
「ヴィール・ヴ・ドラゴン……龍の街だ……」
参考文献
「増補版 図説 台湾の歴史(増補版2013)」
著者:周婉窈
訳者:石川豪・中西美貴・中村平
発行者:西田裕一
発行所:株式会社 平凡社