242:パリのクリスマス
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ヴェルサイユ宮殿で降誕祭の後にささやかなクリスマスパーティーが行われていた頃、パリ中の建物に蝋燭が灯されて街はいつもよりも賑やかであった。
お菓子売りの露店には大勢の人が集まって飛ぶ鳥を落とす勢いでお菓子が売られていた。
まさにクリスマスは稼ぎ時だ。
ウーブリ屋やジュース売りも負けじと威勢のいい掛け声と共に商品を売り込んでいく。
「ウーブリ、ウーブリだよ!クリスマスだけの特別なトッピングがされたウーブリはいかが!お値段も安くしておきますよ!」
「ジュースはいかが!暖かくて透き通るような味ですよ!」
甘い香りに吸い込まれるように、子供たちが群がってくるのだ。
降誕祭の日というのは親の財布も緩いのと、改革によって資金的にも余力のある家庭が増えたことによって消費も増しているのだ。
ウーブリもジュースもどんどん売れていく。
夜の8時頃には双方とも販売のノルマを達成した事で、ウーブリ屋とジュース売りは仕事を切り上げてカフェで食事を取ることにしたのである。
大きな暖炉があり、ポカポカしていて身体を暖めるにはうってつけだ。
カフェの中には多くの客が詰めかけているが、丁度カウンター席が空いているので二人はそこの席に座った。
「ウーブリ屋も中々儲かっているようですな、この時期は稼ぎ時ですから大変ですけど、やりがいがありますな」
「全くですわ。やっとウーブリ屋での仕事も慣れてきたので、この調子で明日も稼ぎたいものですわ」
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「俺は無糖のホットコーヒーを……それと、ハムサンドイッチを一つ」
「私はいつものホットティーを貰いましょうか。生姜もお願いしますわ」
カフェに入ると二人はそれぞれ飲み物を注文する。
冬の寒い時期ということもあってか、パリはかなり寒い。
夜になればその冷え込みも一段と強くなる。
寒い冬場には暖かい飲み物を飲むに限る。
降誕祭によって賑わっていることもあってか、気温と違って懐が温かい人達が挙ってカフェや飲み屋に集まっていく。
カフェにまた一人、懐が温かい人物が来店する。
「おっ、なんだウーブリ屋とジュース売りじゃねぇか。これまた珍しい組み合わせだな」
「これはこれは……ガラス屋の旦那!久しぶりですね!最近会っていなかったので寂しかったですよ!」
「最近は改革関連の仕事がかなり舞い込んできてな……忙しかったのさ。母ちゃんも飲みに行くぐらいなら仕事を終わらせてからにしろってうるさいのさ……あっ、注文はヴァン・ショとジャガイモのバター焼きで頼む」
「あらら、奥さんにカフェに行くのを阻止されていたんですね……」
「ああ、でも今日は降誕祭で仕事が休みになってな……それで母ちゃんに言ってからここに来たというわけさ」
「五年前と違って今は皆仕事で忙しいですからね……こうして商売繁盛できるのも国王陛下の改革のお陰ですわ」
「そうだな……五年前は先のルイ15世陛下が崩御した影響で大変だったからなぁ……」
ガラス屋の主人は五年前の出来事を思い出す。
ルイ15世が娘のアデライードによって襲撃され、その際に出来た傷によって帰らぬ人になった事を。
赤い雨事件、それに続く国王崩御によってフランスには一時的に暗く、どんよりとした空気が漂っていたのだ。
その時にウーブリ屋とガラス屋の主人は互いに辛いよなぁと慰めあいながら、身体を暖めるために酒を飲んで酔っぱらって帰宅したのだ。
今は酔っぱらって帰宅するのは少々マズイ。
ガラス屋の主人はともかく、ウーブリ屋とジュース売りはそれなりにお金を持ち歩いているからだ。
これで酔っぱらって道にお金を落としたり、泥酔して路上で寝ている所を襲われてお金を奪われたりでもしたら苦労して売り上げた利益が水の泡と化してしまう。
せめて酒を飲むのであれば家で飲もうと思っているのだ。
一度酒が入ってしまうと酔っぱらうまで飲むのを止めないからだ。
なのでウーブリ屋とジュース売りは酒は飲まずにコーヒーと紅茶を頼んだのである。
「五年前と比べても、俺たちの暮らしは大きく変わったよなぁ……」
「ええ、活気が全然違いますよ。それに悪臭も殆ど無くなったことでパリは暮らしやすくなりましたからね」
「本当に陛下のお陰ですわ。景気もいいですし、五年前に比べたら景気も雲泥の差ですわ」
「ああ、こうして降誕祭で賑わうようになったのも陛下のお陰さ。正真正銘の名君だよあのお方は……だから感謝しないとな」
「お待たせしました。ホットコーヒーとハムサンドイッチ、生姜入りホットティーですよ。ヴァン・ショとジャガイモのバター焼きはもうちょっと待ってくださいね」
ウーブリ屋とジュース売りが注文した飲み物と食べ物が運ばれてくる。
ジュース売りは自身が売っている甘いジュースではなく、苦いブラックコーヒーとハムサンドイッチを。
ウーブリ屋は風邪をひかないように生姜を入れた紅茶を注文したのだ。
ガラス屋の主人が注文したヴァン・ショは、ワインにシナモンなどの香辛料と砂糖などを混ぜて暖めた飲み物であり、現代日本ではホットワインと呼ばれている飲み物である。
「はい、おまちどうさま……ヴァン・ショとジャガイモのバター焼きですよ」
「おお、これよこれ!冬で一杯やるんならこれが欠かせないのよ。甘くて酸味があるヴァン・ショを飲みながらコッテリしているバターで焼いたジャガイモをゆっくりと食べる……肉もいいけど、俺はこれが好きなんだ」
「旦那も好きですねぇ~ジャガイモといえば薄切りにして油でカリッと揚げたお菓子も好評ですよね」
「そうそう、塩で味付けしているからこれまた旨いんですわ。外の露店でも行列が出来るぐらいに売っていましたよ」
「ジャガイモは美味しいからなぁ……国王陛下が広めてくれたんだろ?ジャガイモを使った美味しい料理を考案した者に賞金を与えたりもしているからな」
「旦那のジャガイモのバター焼きも美味しそうですなぁ……追加注文をしちゃおうかな、すみません!ジャガイモのガレットを追加で一つお願いしますわ!」
本当は食べる予定はなかったが、ガラス屋の主人がおいしそうにジャガイモのバター焼きを食べていると無性にお腹が空いてしまったので、ウーブリ屋は追加でジャガイモのガレットを注文する。
ジャガイモをすりつぶしたり薄切りにしてから円形の形にして焼く料理であり、蕎麦を使用したガレットを応用してジャガイモを使っているのだ。
ガレットの中にチーズやベーコンなどを入れると、ホクホクでボリュームのある料理へと変貌するのだ。
追加注文されたジャガイモのガレットが到着し、ウーブリ屋が食べる。
ホクホクしていて、ガレットの生地の中にはチーズが入っている。
とろけている上にチーズが熱い。
「はふぅっ!あつあつあつ!」
「おいおいウーブリ屋、チーズで火傷したか?」
「ええ、思っていたよりもチーズが熱かったですわ」
「ハハハ、落ち着いて食べろよ?それにしても、最近は食事も豪勢になってきたなぁ……」
「ええ、景気がいいのと国内の食料改革とかで食材が出回るようになったから量も増えましたからね」
国王による改革によってフランスの経済も大きく回っている。
下町に住んでいる人々も経済が好景気に突入し、食事の量や質が向上している事を理解している。
それでいて、庶民のことを考えて政策を行っている国王ルイ16世に対しては非常に好意的な評価をしているのだ。
そうした事もあってか、下町ではフランス史上最高の王として扱われているのだ。
「こうして旨い飯と美味い酒が飲めるのも陛下のお陰だ。陛下がご健在である限りはフランスは大丈夫だ!ちょうど乾杯でもするか?」
「ええ、今日は酒が飲めませんが折角なので乾杯だけでもしちゃいましょうか」
「そうですわ、乾杯しましょう!」
「フランスに、そして俺達平民の生活を良くして下さっている国王陛下に……」
「「乾杯!!!」」
三人はコップとグラスを持って乾杯を行う。
国王廃止などを唱えた『新市民政府論』がイギリスだけでなく、ヨーロッパ各地で黒本として極秘裏に翻訳されて出版されていたものの、フランスでは平民が国王への絶大な支持をしていたこともあり、フランス語版は殆ど出回る事は無かった。
フランスのクリスマスは平穏であったのだ。