240:クリスマスイブ
「陛下、そろそろ礼拝堂へ赴く時間でございます」
「おっ、降誕祭の時間か……分かった。直ぐにいこうか」
係の者がそう告げた。
時刻は午後6時30分……ああ、もうそろそろ時間ではないか。
丁度仕事も終わって息抜きがてら本を読んでいたんだが、時間になった以上いかなければならない。
クリスマスの時間だオラァ!
ビシッと服装を整えてから礼拝堂に向かう。
冬という事もあってか、周囲はかなり暗く日没後となっていた。
ふと窓の外を見てみると空の色は青黒く、星がいくつか輝いている。
排気ガスによる光化学スモッグとは無縁なので、物凄く空気が透き通っているのでこのヴェルサイユ宮殿からでも綺麗に見えるのだ。
光り輝く星々を見ながら、いつか天体観測でもしたいと思った。
(綺麗だなぁ……もっとテレーズが大きくなったらヴェルサイユ宮殿で夜遅くまで星の観察でもしようかな……夏場辺りにシルヴァン・バイイにお願いして中庭にキャンプ張って天体観測しようかな)
冬は空気が透き通っているし、夏場のほうが寒くないので天体観測するにはうってつけだ。
まぁ、天体観測は今度指南してもらうとしてだ。
アントワネットは王立試験農園でほうれん草の収穫に立ち会っているので、それが終わり次第礼拝堂に向かうはずだ。
王室礼拝堂に到着すると、既に参加者が並んでおり俺を見るや否や一斉に頭を下げてきた。
王室礼拝堂というだけに王族関係者は礼拝堂の二階で降誕祭を受けるのだ。
それ以外の一般参加者や改革派の人達は一階で行うんだよね。
今回の降誕祭に関しては一般参加者の身元チェックや安全確保の為に警備を強化している。
オルレアン派の残党やロアン枢機卿の残党が襲ってこないとも限らないからね。
備えあれば患いなし。
史実でもリンカーン大統領も劇場で観賞中に背後から後頭部をピストルで撃ち抜かれた事があるので、背後から奇襲されないように国土管理局配下の内国特務捜査室のメンバーによって警護は万全の状態だ。
アントワネットやテレーズは既に到着していて、俺がやってくると直ぐにこちらに振り向いて笑みを浮かべていた。
作り笑いではない笑みだったので、きっとほうれん草の収穫が順調にいったのだろう。
アントワネットは顔に現れるタイプの女性なので、本当にヤバイ時などは少し悲しそうな表情をしているので分かるのだ。
「オーギュスト様!お待ちしておりましたわ!」
「待たせたねアントワネット、テレーズもしっかり参加していて偉いぞ。あと10分後に始めるんだよね?」
「そうですわ、これから夜の9時まで礼拝堂ですね……」
「よしっ、しっかりと降誕祭をやっておくか……この後の楽しみのためにもね」
これから讃美歌などの歌を二時間耐久レースのように歌い続けるので喉が枯れないようにしないといけない。
休憩をいくつか挟むようだが、それでも2時間歌うというのは少々キツイ。
しかし、これも国王が参加しておかないといけない儀式でもあるので愛するアントワネット、テレーズのためにもしっかりやっておこう。
そろそろ降誕祭開始という事もあってか、司祭さん達がゾロゾロと入ってくる。
慎ましくも、神聖な意味を込めた行事だけに飾り付けなども特段気合を入れているようだ。
「いつも以上に今日は司祭さんも気合を入れているね」
「降誕祭ですもの。彼らも張り切っているのですよ」
「確かに……一大イベントだもんね」
「誰でもこうした行事の際には気合を入れるものですわ……さぁ、オーギュスト様!降誕祭の時間ですわ!」
降誕祭というだけあって、礼拝堂にはキリスト教の司祭さん達が集まっていた。
ロアン枢機卿の一件以来、バチカンからわざわざ派遣してきた司祭さん達は、教会の風紀を正して公正公平な組織に変えようとしている。
国土管理局が現在宗教関連団体を監視しているが、不審な行動をしている教会や系列の団体の動きは報告されていない。
なのでしっかりと管理が行き届いているのだろう。
「それでは、只今より降誕祭のミサを行います。主は……」
降誕祭という事もあってか、参加者を含めて真剣にやっている。
夜にミサをやるというのも中々新鮮なものであり、真剣に歌う。
クリスマスで流れる曲といえば「きよしこの夜」が有名だが、なんとこの時代にはきよしこの夜という歌はまだ存在していないんだよね。
あの曲がないとクリスマスっぽくないなぁ~と思いつつも讃美歌を歌う。
讃美歌を歌いつつ、歌の休憩に時折司祭さん達からキリスト教にまつわるお話などを聞くのは中々新鮮だった。
通常のミサよりも特別な意味をもっている降誕祭なので、彼らも熱と気合が入っている。
一大イベントだもんね。
アントワネットはこうした降誕祭で歌を歌うのが好きなようで、きちんと歌っていた。
礼拝堂に讃美歌が響き渡り、神聖な空気の中、1時間と30分の降誕祭は粛々と行われ、テレーズもわめいたりすることなくじっとしていたのだ。
偉いぞテレーズ、降誕祭が終わったら今夜は特別にお菓子を食べさせてあげよう!
降誕祭が終わりに差し掛かり、司祭さん達が主体となって行った降誕祭も終わりを告げる。
歌を歌い終えて礼拝堂に取り付けられた時計を見てみると時刻は午後8時45分になっていた。
思っていたよりも降誕祭はあっさりとした感じで終わった。
もっと派手な演出があるのかなとおもったが、目の前のイエス・キリスト像やその周辺に蝋燭や花束などを飾った感じになっていたので、予想よりもこじんまりとしていた。
想像ではもっと煌びやかにどんちゃん騒ぎにすると思っていたが、数百年前までは割と祭りレベルで降誕祭では騒いでいたそうな……。
とにかく、降誕祭は大きなハプニングなく予定通りに行われたのであった。
降誕祭が終わってぞろぞろと帰る人々の中から使用人の一人がパーティーの準備が整ったと耳元で報告してくれた。
「陛下、この後行われるパーティーの準備が整っております。ヴェルサイユ宮殿のヘラクレスの間で執り行います」
「おぉ、ヘラクレスの間だね。分かった。準備完了の報告をしてくれてありがとう。アントワネット、テレーズ、これからヘラクレスの間に行くよ」
「はいっ、さぁテレーズ、一緒に行きましょう」
「……うん」
ヘラクレスの間……ヴェルサイユ宮殿でも要人や大使との面会の場で使われる部屋であり、元々この場所に礼拝堂があったらしいけど、今では応接室兼舞踏会の部屋となっている。
あと天井などにすごい壁画があって、有名な絵師さんに頼んで壁画が完成するまでに実に3年も掛かったそうな……。
そんな立派な場所で行われるクリスマスパーティー。
実質的な閣僚や宮殿で世話になっている人達を集めたささやかなパーティーが幕を開ける。
クリスマス特別企画第二弾だ。
準備をしてくれた施設課の人々には後でボーナス支給してあげよう。
家族や恋人の為にクリスマスプレゼントを渡す資金にしてもらっても構わない。
今度は俺が皆にサプライズをする番だ。
ヘラクレスの間に到着すると、招待していた参加者全員が揃っていた。
テーブルには暖かい料理や飲み物が並べられている。
ほぼ改革派や閣僚メンバーなので実質的に身内のパーティーだが、違う所を上げるとすれば国土管理局のジョセフ・サン・ジョルジュや料理総長など宮殿や組織を支えている縁の下の力持ちの役を担っている人達も参加しているのだ。
彼らは頑張ってくれているのだ。
決して目立つ仕事ではないが、彼らの働き無しでは宮殿や組織が成り立たないのだ。
その頑張りをこうした私的なパーティーに呼びだして労うのも王としての努めでもあるわけだ。
この時代、王が呼び出してパーティーに参加するという事は大変な名誉であるとされていた時代でもある。
それに、こうしたパーティーを開催するのも部下たちとのコミュニケーションや信頼関係を築く上でうってつけだ。
「よしっ、みんな揃ったね……では、料理が冷めない程度に述べさせて頂く」
周囲を見渡して、俺は皆に労いの言葉と共に語りかけた。
「今年もあと残り僅か……台湾への交渉や新大陸での戦況報告など色々な事があったが、こうしてささやかなパーティーを開くことが出来たのも諸君のお陰だ。ここにルイ16世の名をもってここに感謝申し上げる。ありがとう……では、パーティーを始める為に乾杯しよう」
グラスに注がれるのはシャンパンだ。
シャンパーニュ地方の特産品のワインであり、シャンパーニュ地方で適切な審査の元でクリアしたスパークリングワインの事をシャンパンと呼ぶことが許されているのだという。
今回グラスに注がれているシャンパンは、そんなシャンパーニュ地方でも絶品と称される寄贈されたシャンパンだ。
これ一本で800リーブルもするという超高級ワインだ。
それを一本、二本、三本……合計七本も使っているので、物凄く贅沢をしているんだ。
これが寄贈品でなければワインの蓋を開けるのを躊躇するレベルですよコレ。
テレーズはまだお酒が飲めないので、彼女だけはアーモンドミルクをチョイスした。
皆にワインが行き届いたのを確認してから俺は乾杯の音頭を行う。
「それでは……諸君、グラスを上げて……乾杯といこう!à votre santé(乾杯)!」
「「「à votre santé!」」」
グラスが高らかに上がり、シャンパンをゆっくりと飲みこんだ。
爽やかで、シュワシュワと弾け飛んでいく気泡……。
ささやかなクリスマスパーティーが幕を開けたのであった。