239:オメガ
フランスが再び夜間外出禁止令に踏み切ったので初投稿です
ハウザーが持ってきた報告書の束を見てみる。
これがお札だったら喜んで見るもんだけどな。
トップに立っている以上はこうした書類に目を通さないといけない。
些細な見逃しが、大きな事故やミスの原因になってしまうので、時間を掛けてでも報告書は一語一句しっかりと確認する。
文章の確認ヨシ!(チェック入れ)
まずはヴェルサイユ宮殿における施設費用の金額だ……。
首都の一等地に建設されているだけあってかなりの金額だ。
史実とは違い、周辺のホテルを買い上げて使用人の宿舎として利用しているし、大衆浴場の建設によって維持管理費もグングン上がった。
「うーむ……ヴェルサイユ宮殿の一般公開を止めて、使用人の数を減らしてみたけど……まだまだお金が掛かるんだよねぇ~これだけ広いと固定資産税とか凄い事になりそうだ。まぁ、王だからそれは免除されているだけ有難いかな」
もしヴェルサイユ宮殿の固定資産税を払えと言われたら宮殿の三分の一を競売に出さないといけないだろう。
色々と事業を手掛けて資金面は潤っているとはいえ、固定資産税が追加されたら維持管理費も倍増してしまう。
この報告書には嬉しい事も書かれていた。
ヴェルサイユ宮殿やホテルなどあちこちで水洗式のトイレが目標としていた今年末までに複数箇所に設置されたことだ。
これには思わず俺もニッコリとほほ笑んだ。
「ようやく……水洗式トイレに換装してトイレも先進的になったんだなぁ……」
水洗式だぞ!水洗式!
現代でも通用するトイレ爆誕じゃい!
水洗式トイレを取り付けるまでは暫定的にボットン便所で代用していたが、それでもボットン便所では限界になる場面が多々あったので水洗式トイレの敷設をコツコツと行った。
結果、ヴェルサイユ宮殿には一般人や職員、来賓の方々が使用するトイレも沢山作った。
特に舞踏会でおまる持参が当たり前だったのを廃止にして、舞踏会などが行われる場所の近くには男女別のトイレを4つも作った。
これで舞踏会の途中でもトイレに行くことができるのでお花を摘みに行かなくても済むのだ。
「悪臭の原因だった糞尿のポイ捨てを無くしてからだいぶヴェルサイユ宮殿の空気も良くなったからなぁ……これで一安心だな」
トイレの問題が解決したのはいいニュースだ。
転生した直後に頭を抱えていた悩みの種であったトイレに関する問題もやっと片付けた。
王族専用だった水洗式トイレも、使用人などが使っても良いようにしたおかげでトイレが使える。
おまるを使う必要は無くなったのだ!
女性用のドレスで妙に腰から下がふんわりと広がっているのも、おまるをスカートの中に入れやすくする為だったとも言われているからね。
勿論、これらの水洗式トイレはヴェルサイユ宮殿のみに使用される上に、下水に流すのではなく汚物を溜めるタンクに流し込む簡易水洗式トイレでもあるので最終的には溜まったブツを回収する必要があるのだが、それでも単純にボットンだけよりは汚れも少なくなるので衛生面では比較的マシだ。
そこまでしておまるにはしたくないね……。
あとはこれをパリにも段階的に汲み取り式の普及に務めればいい。
汚水やゴミなどを深夜から早朝にかけて回収して処分を行っている「国営回収処理業者」の仕事を奪うのではなく、むしろ彼らにはもっと頑張ってもらう必要がある。
人口が増えれば増えるほど、そういった処理が増えていくのでむしろ仕事の量は増えていくだろう。
処理業者には社会復帰を果たした元囚人などを使っているが、今現在大ごとになるような問題行動を起こしてはいない。
最近ではゴミ捨て場を指定し、ゴミを片付けて処理する作業も任せてもらっている。
清掃員として働いている彼らによって街は清潔を保っているんだ。
それに、彼らには感染症のリスクや重労働という事も踏まえた上で給料も国からしっかりと出している。
街を綺麗にしてくれている縁の下の力持ち……彼らの行動によって街は綺麗になったのだ。
ちゃんと評価をしておかないとね。
「清掃もサボっていると積もりに積もって大変なことになる……特にフランスは下水問題が酷いからな……転生してから良くなったとはいえ、まだまだ綺麗にできるなら徹底して綺麗にするぞ!」
清掃活動の予算も国営回収処理業者の大人数の採用や処理に使う服や道具の消耗によって予算のアップを請求してきたので俺は必要な経費だと考えて承諾する。
これをケチってしまうと清掃すら行き届かない不衛生なパリに逆戻りしてしまうからね。
常に清潔に!そうすれば伝染病や悪臭の原因を予防する事もできるからね。
設備や清掃に関連する報告書を読み終えた俺は承認のスタンプをポンと押して次の報告書に目を通す。
次の報告書はアメリカ大陸の戦況状況だ。
北アメリカ連合州軍はイギリス軍に総攻撃を仕掛けているらしいが、どうやらイギリス軍はまだ持ち応えているようだ。
ニューヨークとセント・ジョンを奪われたイギリス軍主力部隊は徹底した防衛ラインを構築し、何度か攻勢を仕掛けた北アメリカ連合州軍を撃退しているという。
兵力的には劣勢でも、主力部隊というアドバンテージを持って防戦を続けているのはスゴイ。
しかしながら……このまま数で攻め込まれたらイギリス軍の敗北は決定的なものになるだろう。
イギリスでは民間人(特に農村地域出身者)の徴兵も行われているらしく、来年2月にはリッチモンドを拠点にして北アメリカ連合州軍への大反攻作戦を実施する見込みが高いと報告が書かれている。
この報告書を書いたのはご存知シュヴァリエ・デオンだ。
性別不詳の大物スパイ……というよりも、今では対英戦略における情報連絡役として担っている。
デオンの報告書によれば、領邦軍離反による損失の穴埋めとして農村部から人々を徴兵しているとの事……。
(農村部からも人員を徴兵するとは……大丈夫なんだろうか?)
ただでさえ囚人などを恩赦してまで兵士に組み込ませているイギリス軍だが、これ以上ドンドンと徴兵して負けたとなればこれまで以上に反発を食らうだろう。
しかし、なぜここまでしてアメリカ大陸で大反攻作戦を行おうとしているのだろうか?
デオンによれば、イギリスの国王であるジョージ3世は現在重い精神疾患を患い実質的に首相であるノース男爵によって政治運用が成されている状態らしい。
このジョージ3世は史実でも精神病を患っていたとされる人物だが、その病が悪化したのは晩年頃にひどくなりお城に幽閉されたと言われている。
「こりゃ……ジョージ3世が政治的指導が出来ないから首相の独断でやっているのか……大反攻作戦が成功すれば今までの失態はチャラにできるけど……もし今度も失敗すればただでは済まないな……」
負ければアメリカ大陸での利権や影響力をなくし、そればかりかイギリスのヨーロッパにおける地位も危うくなるだろう。
そうなれば国民が黙っちゃいない。
最悪、新市民政府論を支持している急進派によって政府が倒される可能性もある。
そうなったらヨーロッパ中に革命の嵐がやってくる。
ロシア革命によって誕生したソビエト連邦が共産主義を世界中でばら撒いて内戦や紛争の火種をまき散らしたように、イギリスが革命の中心となって王政廃止を主とする輸出革命を行ったら……。
……そうなったらフランスは対英防波堤の最前線になるな。
下手したら遷都も考えないといけない。
(アントワネットと幸せに暮らす為に……万が一の事を想定しておくか……)
パリやヴェルサイユを離れるとして、その後はどうするべきか?
まだ時期尚早かもしれないのでこれは国土管理局内で議論しておくべきだろう。
革命対策をしなければならないようだし。
史実のフランス革命が上流階級の一掃と、独裁的な考え方に基づいて多くの知識人が処刑されたことでフランスは他国に後れを取った。
そういった事にならないように革命は阻止するべきだ。
また後で専門家を集めて対策を練るとしよう。
アメリカ大陸での戦況状況の報告書に承認のサインをした後、今度は貿易関係の報告書がやってきた。
「……ふむふむ、今年の収支は……うおっ、すごい黒字じゃないか!しかも工業関連の伸びがスゴイなこれ……バブル経済起きているんじゃないか?」
本年度の貿易に関しては、紡績機で作り上げた工業用の綿糸やガラス工場で生産された瓶詰に、保存食を保管する瓶詰保存食がイタリアやスペインに輸出されて莫大な利益を上げた。
去年頃から始動した時に比べて約70パーセント以上もの急成長が続いており、それに合わせて工場の建設もラッシュ状態だ。
勿論あまりにも乱立させてしまうと環境汚染を引き起こしたり、競争激化によって企業が衰退してしまう恐れがある事などを考慮し、計画的な建設を行って調整をしている。
工場の種類も今現在は蒸気機関や河川の水力を応用した「紡績工場」「炭鉱用蒸気機関製造工場」「保存食工場」「瓶詰工場」といった軽工業を中心に建設が進められている。
科学アカデミーによる研究開発で、さらに技術が進めば鉄工所も発展して重工業な商品を取り扱う工場も増えていくことだろう。
景気が良くなっているのは嬉しい限りだが、経済状況を見るに好景気を通り越してバブル経済になっているんじゃないだろうか?
あまりバブル経済状態だと弾けた時が凄くヤバい事になってしまうからね。
財務担当のネッケルと相談して落ち着かせる必要もあるだろう。
急激なバブル景気で浮かれた結果、経済が不景気になってしまいそれからは失われた30年とかいわれ続ける羽目になった日本の二の舞は避けたい。
バブル景気が如何にすさまじかったをかいつまんで語れば、不動産や金融が物凄く高値で取引されて皇居の土地代だけでアメリカ西海岸が買えてしまうと言われた時代だ。
就職説明会を聞きにいっただけで1万円が貰えるうえに、研修にハワイやグアムは当たり前、500万円クラスのセダンカーも飛ぶように売れて、東京ではタクシー代として1万円を渡して釣りは要らねぇと言えたという……。
まぁ、そんな熱狂の時代も日本にはあったんだよね。
「景気が良くなるのはいいけど、やりすぎると反動が恐ろしいからね……経済に関する調整も進めておくか……」
……と、こんな感じで報告書を目視で確認し、チェック漏れなどがない事を確認する。
やっている事は会社でやっていた仕事と似たような事だが、こっちは国の運営が掛かっている。
責任も重いし、気を抜かずに仕事に取り組む。
クリスマスの午後4時ごろまではひたすら報告書と決裁書に睨めっこをしながらデスクワークに勤しむのであった。
コロナ騒動が治まったらフランスに行きたいです。
個人的にエッフェル塔の中にあるカフェ↑でブラックコーヒーを飲みたい……。