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235:マドレーヌ

★ ☆ ★


パリで紅茶やコーヒーを嗜むのは随分と久しぶりになります。

ランバル公妃行きつけのカフェ「デゥ・ワフゥー(憩い)」に到着し、ランバル公妃が顔を出して店主に説明すると真っ先に二階の会議室に案内されたのです。

会議室という事で、重苦しい雰囲気の部屋かと思いきや、打って変わって色鮮やかな家具が並んでおり、まるで自室にいるような感覚に陥りました。

会議室ではなく、自分の部屋に来たみたいな雰囲気で場は和みます。

会議室に案内されてから店主がオーギュスト様に挨拶をしておりました。


「デゥ・ワフゥーの店主を勤めておりますカルロス・トルシエです。この度は陛下御自ら来てくださるとは……誠に光栄でございます。精一杯尽くさせて頂きます」

「いや、こちらこそいきなりやってきてすまないね……わざわざ二階の会議室を使わせてもらって申し訳ない」

「いえいえ、むしろこちらの会議室は安全面を考慮しておりますので非常時の際にはそちらの本棚を押し込めば隣部屋に駆け込んで裏口に行くこともできます。一階の店内でも良かったのですが、念には念を入れて防犯上の観点から安全が確保されているこちらのお部屋でお食事をお取りくださいませ……お飲み物や食べ物はこちらから持って参りますので、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」


店主のカルロスさんは私達の安全を考えてこの部屋を貸してくださったそうです。

ランバル公妃曰く、機密性の高いお話などをする際には会話の内容が漏れ出さないようにこちらのお部屋でお話をするそうです。

毎回ヴェルサイユ宮殿の大トリアノン宮殿を使うのは少々移動距離もありますし、こうしたおシャレなお部屋で重要なお話をするというのもいいかもしれませんね。

オーギュスト様は部屋をキョロキョロと見渡した後、異常がない事を確認してから最後に椅子に座ったのです。


「隠し扉のある部屋だとは思わなかったなぁ……結構仕掛けもあるみたいだね」

「ええ、店主のカルロスさんは元々木細工に精通していた人だそうです。仕事の事故が元で仕事を止めたそうですが、パリにやってきてカフェの店員として一から働いて現在の地位まで上り詰めた人ですよ」

「まぁ、結構苦労をなさったのですね……それでランバル公妃はカルロスさんとは長い付き合いなのかしら?」

「ええ、かれこれ4年程の付き合いになりますね。こちらのお店でサロンを開くようになってから、サロンの内容を大変気に入ってお部屋を貸し出してくれるようになったのです。勿論、国土管理局にカルロスさんの身元調査を行いましたが、特に怪しい繋がりはありませんでした」

「そうか……ランバル公妃、良い店を見つけてくれてありがとう。今回もいいお店に巡りあえて嬉しいよ」

「ははっ、身に余る光栄でございます」


オーギュスト様はランバル公妃を褒めて労いの言葉をかけておりました。

以前身元を隠してランバル公妃と一緒にお食事をしに行ったときにも、ランバル公妃が紹介してくれたお店の料理は美味しかったですわ。

トゥル・ド・ステル……あのお店で食べたグラス・シャンティーは舌がとろけてしまう程に美味でした。

冬場に食べるとキーンと冷たいものの、それに勝る甘さが口の中で広がっていって本当に美味しいのです!

今回もランバル公妃の行きつけのお店という事もあり、期待が膨らんでいきます。

ランバル公妃がまず最初にオーギュスト様にメニュー表を渡しました。

するとオーギュスト様は驚いた様子でメニュー表を見ておりました。


「さてと……これがメニュー表かい?」

「ええ、このお店では他のカフェと違ってメニューに載せている種類は少ないですが、その分メニュー表に載っている料理や飲み物はかなりこだわっております。高級料理店をも唸らせる程の味わい深いものですよ」

「ほぉ……ランバル公妃がそこまでプッシュするぐらいだからきっと美味しいんだろうね……では、俺は一先ずブラックコーヒーを一杯頂こうかな」

「あら、オーギュスト様がブラックコーヒーを注文するなんて珍しいですね。いつもはお砂糖やミルクを入れたものを飲んでいますのでちょっと意外です」

「ん?ああ、アントワネット……これを見てくれ、飲み物のメニュー表なんだけど……」

「えっと……ブラックコーヒーとミルクに紅茶……それに水の四種類だけなのですか!」

「そうなんだよ、カフェでお酒を提供しないというのもちょっと意外だったけれど……これにも理由があるのかな?」


メニュー表で飲み物を一覧をみて驚きました。

食べ物はまだそれなりにあるのですが、飲み物はブラックコーヒー、ミルク、紅茶、水の四種類だけなのです。

これが他のカフェであれば取り扱っているメニューが少ないと苦情が来ることでしょう。

しかし、ランバル公妃曰く以前はお酒も取り扱っていたそうですが、酒に酔った者が店内で暴れたり嘔吐して吐瀉物をぶちまけるといった酷い有様を目の当たりにして以来、店内ではお酒の取り扱いを止めにしたそうです。

そして酒に酔って暴れないようにする為に、飲み物の種類を決める際に人気の三種類のみ取り扱う様にしたとの事です。


「成程……酒に酔って暴れた客がいたから、それ以来対策としてやっているというわけか……」

「ええ、店主のカルロスさん自身がお酒を飲まないということもあり、酒類の提供を取りやめる代わりに、お菓子やケーキといった甘い食べ物を取りそろえるようにしたそうです。その結果、甘い物が大好きな人達がやって来るようになり、議論などをする場において欠かせないお菓子を食べる為に改革派の人達が集まってくるようになったというわけです」


酒を提供しない代わりに料理とお菓子で差をつける。

フフッ、カルロスさんとは話が合いそうですわね。

お酒を飲んで酔っぱらって悪態をついてしまうよりは、甘い物を食べて落ち着かせるのもいいのではないでしょうか。

こうして皆で甘い物を食べて飲んで難しくない日常会話をする……最近は政治活動で大変な時期が多かったこともあり、のんびり過ごすのも殆ど出来ませんでした。


「今日はこうしてゆっくりと過ごすのもいいですね……」

「そうだね、ゆっくりとお菓子を味わう機会に恵まれて良かったよ。ティータイムは大事にしないと!……かつて誰かがそう教えてくれたんだ……」

「最近は午後のお茶の時間もあまりおとりになれなかったそうですから、今はゆっくり致しましょう」

「そうだね」


テレーズも連れてきておりますが、大人しく椅子に座っておりますわね。

いい子にしていて良かったですわ。

テレーズは硬いお菓子は食べられないので、その分テレーズにも食べられるような柔らかいお菓子を注文したほうがいいですわね。

私はこのお店のお菓子を食べようと思っているのですが、一つオーギュスト様が食べたいお菓子を聞いてみて、それに合わせようと思います。


「それだけこのお店のお菓子が絶品という事なのでしょうね……是非とも楽しみですわ!私はミルクを一杯頂きますわ。オーギュスト様、お菓子はどれにいたしますか?」

「それじゃあ……俺はこのマドレーヌにしようと思うんだ。柔らかいバターの焼き菓子としても有名だし、一口サイズで食べられるからいいかなと思ってね。アントワネットも一口サイズのお菓子を食べてみるのもいいんじゃないかな?」

「成程……マドレーヌですか……柔らかいマドレーヌでしたらテレーズにも食べられますね!」

「ああ、クッキーみたいに固くないし、柔らかいから口の中を傷つける心配はないだろう。ただ、小分けにして食べさせたほうがいいかもしれないね。一気に食べると喉に詰まらせてしまうかもしれないからね……テレーズ、ちゃんとゆっくり噛んで食べるんだぞ?」

「うん……!」


テレーズにも食べられるようにと、オーギュスト様は私と同じように柔らかいお菓子を食べようとしていたようです。

ミルクにマドレーヌ……ちょっとしたおやつにピッタリです。

注文を取ってしばらくするとカルロスさんが焼いてくれた出来立てほやほやのマドレーヌが運ばれてくると、オーギュスト様はテレーズにも食べられるように小分けにしてマドレーヌを与えております。


「おお、テレーズが美味しそうに食べているね、美味しいかいテレーズ?」

「美味しい!」

「はははっ、それは良かった良かった……テレーズも大きくなってきたなぁ……アントワネット、こうやってゆっくり過ごす日々が続くといいね」

「そうですね……テレーズが大きくなった後も、こうしてカフェでお茶やお菓子を食べられる日々が続けられるようにしていきたいですね」

「ああ、こうして俺達が平和に過ごすためにも……そしてテレーズが笑顔でお菓子を食べられる日々が続くようにしていかないとね……」


テレーズは嬉しそうにマドレーヌを食べており、それを見たオーギュスト様もニッコリと笑みを浮かべていました。

ランバル公妃やルイーズ・マリー夫人と共に、そんな微笑ましい光景を眺めて、こんな素敵な日々が続くようにと願ったのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ご返事をありがとうございます。 アイデアを聞いていただき幸いです。 無理をなさらずに、創作活動を続けてください。 [一言] このころは温度計が実用化するといった、化学の飛躍的発展が始まった…
[良い点] いつも楽しく読ませてもらっています。 [一言] 1777年、英国のEdward Nairnが吸収式冷凍機の理論を構築しています。(冷蔵庫やクーラーで一般的なコンプレッサー式の冷凍装置とは違…
[一言] 単純にお酒の味そのものが好きではない人も人種関係なくいると思うで
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