234:カフェ
「そういえば仕事の件だが……パリには多くの改革派のサロンが開かれているから、そこで披露してみるのはどうだろうか?」
「改革派と申しますと……陛下が主体となっているブルボンの改革を支持している方々のサロンですか?」
「そうだ。その中でも今現在パリで音楽系のサロンを開いているジョセフ・サン・ジョルジュというヴァイオリン奏者兼作曲家の人がいるのだが、彼も改革派のメンバーでね。よろしければ彼を紹介しておこう。コンサートマスターとして活躍している彼の紹介なら楽団や歌劇団が君を雇ってくれるかもしれない。少しでも力になれば幸いだ」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
モーツァルトは頭を下げて礼を述べている。
今現在フリーで仕事を求めているモーツァルトには、改革派主催のサロンを紹介してそこでパトロンを見出すのはどうかとアドバイスを行った。
リヨンでの歌劇は好評みたいだし、彼の才能であればパトロンも簡単に見つかるだろう。
それに、ジョセフ・サン・ジョルジュであればモーツァルトの才能を直ぐに見抜いてくれるだろう。
彼は史実で「黒いモーツァルト」という異名を持っているが、そんな彼とモーツァルトが出会ったらどんな反応を見せてくれるのか……少しながらドキドキしているのである。
それにしても歌や音楽はいいものだ。
人類が生み出した文化の象徴だよと呟いたアニメのセリフもあるぐらいに癒しになる。
おまけに現代日本であれば人間国宝に指定されるレベルの腕前であるモーツァルトの曲をこの耳で聞けたことに大満足だ。
耳が妊娠するとまではいかないにしても、残響が鼓膜に残っているような感じがする。
モーツァルトとも話をしてみたが、彼とは親近感が沸いてきた。
人類史に名前を残した偉人でもあるが、やはりこうして直接会ってみればなぜ彼が偉人としてもてはやされたのか理解できる。
生まれつき持った才能がダイアモンドの原石で例えるなら、今のモーツァルトはその原石を削ってダイアモンドの指輪にした状態なのだ。
すでに価値のある物がより価値のあがる状態になる。
ダイアモンドも原石だけならある程度は価値があるが、それを金細工職人や加工職人の手によって程よいサイズにカットされて指輪として持ち運び出来るようになれば、より一層の輝きを放つ……そんな感じなのだ……モーツァルトという人は。
さてさて、ここでモーツァルトと別れてカフェに行くつもりだったのだが、最後の最後でテレーズが泣き出してしまったのだ。
というのも演奏中はテレーズもご満悦だったのだが、帰り際にはモーツァルトの足元にしがみついてもっとピアノを弾いてほしいと泣いて駄々をこねられてしまった。
「あああああああん!あああああああん!」
「テレーズ、そろそろ帰らないといけないよ。さぁ、一緒に帰ろうね」
「あああああああん!ああああああああああ!」
「テレーズ、駄目ですよ!オーギュスト様を困らせてはいけません!」
「まぁまぁアントワネット、テレーズだって悪気があってやったわけじゃないしさ、それにもっとモーツァルトの曲を聞きたかったんだよ。また大きくなってから聞きにいこうね」
「あの……もし良ければまた一曲弾きましょうか?」
「いやいや、それだとモーツァルト……君に悪いじゃないか。それに、駄々をこねてしまうのを覚えるのも良くないし、さぁテレーズ……パパは抱っこしていくからね~そぉい!」
俺も流石にモーツァルトに悪いと思いテレーズを抱っこする。
ジタバタと暴れるテレーズだが、頭を撫でてよしよしとあやす。
「テレーズ駄目だよ。ほら、モーツァルトが困っているじゃないか……」と言うと、テレーズはしばらく泣き喚いた後、泣きつかれたのか俺の腕の中で寝てしまったのだ。
うーん、やはりまだ1歳過ぎてちょいの女の子という事もあってか、まだまだ自制心が芽生えていないのだ。モーツァルトはまぁまぁと笑顔でいたが、テレーズにとってモーツァルトの事が気になっていたのだろう。
今度鑑賞会に行く時は4歳ぐらいにしたほうがいいかな?
ぐずって泣きつかれたテレーズを抱えてブルボン宮殿を歩いているが、まぁ……子供を持つという事はこういう事もあるという認識を持たないといけないのだ。
まだ1歳だから許されるけど、これが5歳、6歳ぐらいになってくると子供とはいえオペラ鑑賞等でじっとしていないといけないのでこれまた躾が必要になってくるのだ。
王族は好き勝手な事は出来ないから辛いもんな……。
だからできる範囲で出来ることはやらせてあげようかなと考えている所存でもある。
よしよしとあやしたテレーズを抱きかかえいると、アントワネットがひょいッと隣にやってきてテレーズを抱きかかえましょうか?と尋ねてきた。
「オーギュスト様、私がテレーズを抱きかかえましょうか?」
「おっ、いいよいいよアントワネット。今テレーズ泣きつかれて寝ちゃっているからさ……ほら」
「……うぅ……うー……」
「あらあら……オーギュスト様に抱っこされて眠ってしまったのですね……」
「そうそう、まだ赤ん坊だし仕方ない事だよ。それにモーツァルトが演奏中はしっかりとしていただろう?だからテレーズはきっと緊張していたのかもしれないね……」
それにしてもテレーズは演奏中はモーツァルトから目を離さないでずっと見ていた。
それだけ集中していたという証でもあるが、同時に音楽に凄く興味を持っているのだろう。
いずれモーツァルトが先生として音楽を教えてくれるようになったら、テレーズはしっかりとやってくれるだろう。
抱っこしているテレーズを馬車の中に入れる際に、起こさないようにそっと乗り込む。
「すまないが毛布を頼む……よしよし……いい子だねテレーズ」
「テレーズはお眠の時間ですかね?物凄く幸せそうに眠っていますけど……」
「どうだろう……子供って沢山寝るけど昼間の睡眠時間は短いって聞いたことがあるからね……またお菓子を食べる頃になったら起きてくると思うよ」
毛布で顔を出して身体を冷えないように包んでから抱っこしている俺達夫婦をランバル公妃とルイーズ・マリー夫人は暖かい目で見守っている。
俺は内心では二人に申し訳ないと思ってしまう。
二人にはそろそろ新しい旦那さんを迎えさせたほうがいいかなと考えているのだが、二人とも当面は結婚はまだいいと考えているそうな。
曰く、ランバル公妃は最初の旦那が放浪癖が強い上に女遊びが酷くて性病を罹患して死亡、ルイーズ・マリー夫人に関してはフィリップ2世の件がある。
旦那から夫婦としての愛を受けたことのない二人であるが故に、結婚には慎重だという。
二人に見合う旦那を見つけないとね……いつもお世話になっているから国土管理局の権限を使ってお見合い相手でも探そうかな……?
馬車に全員乗り込んでからこれからの行先を決める。
まだヴェルサイユ宮殿に戻るには時間が余っている。
時間的余裕は二時間前後……お店に一件寄って行ってもいいだろう。
「まだ時間は大丈夫だからどこかカフェにでも寄ってお茶とお菓子でも食べてから帰るかい?」
「そうですね、テレーズは食いしん坊ですものね。きっとカフェに付いたら目を覚ましますわ」
「カフェねぇ……やはり高級料理店での食事もいいけど、カフェでガレットのお菓子を食べながらコーヒーを一杯飲むのもいいんだよね~」
「ええ!束の間の休息ですもの。折角ですしパリでも有名なカフェに寄って行きましょうか!」
「そうだね、アントワネットが行きたいのなら俺はいいと思うよ。ランバル公妃、ルイーズ・マリー夫人……二人もカフェに行くかね?」
「はい!お供いたしますわ!この辺りでコーヒーが美味しいと評判のお店でしたら知っておりますのでご案内できますわ!」
「おお、流石ランバル公妃だ。では、行先を御者に言ってもらえると助かる」
行き先はカフェになった。
それもただのカフェではない。
ランバル公妃はこの辺りで有名なカフェを知っているようだ。
パリには既に数百軒以上のカフェや喫茶店がオープンしているが、その中でも改革派を中心としたサロンも開催されるカフェがあるとの事。
曰く、お菓子にこだわりをもったお店であるらしく、周囲のカフェよりも甘くて美味しいスイーツ系を重点的に売り込んでいるという。
さらに、会議室としても使えるように部屋を貸し出しているそうで、改革派のメンバーが議論をする際にカフェの二階を貸し切る事もあるそうな。
その二階も眺めも良い場所にあるそうなのでサロンの開催場所としても結構な頻度で使っているという。
「これから行くお店は改革派のサロンとして多く利用されており、店主を含めて改革派の人が大勢おります。なので陛下が行っても身の安全が保障できると思います」
「二階が会議室としても利用出来る上に、お菓子も美味しいお店ですから一般のお客さんにも大人気です」
「ほぉ……そんな有名なカフェに行けるなんていいことじゃないか。安全面でも大丈夫となれば今から楽しみだ」
ランバル公妃行きつけのカフェ……。
馬車を引き連れて向かう。
お菓子が有名なのであれば、是非とも味わっていきたいものだ。
そう考えながらカフェに到着するのを楽しみにしていたのであった。




