229:イリュージョンに消えた夜
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晩餐会は無くなりましたが、代わりに夜遅くまで熱い論戦が繰り広げられました。
改革派による緊急招集と、それに伴う対英、新大陸戦略の方針が行われたのです。
これまで以前であればオーギュスト様や国土管理局の閣僚級会議によって黙々と行われていたのですが、今回新大陸でのイギリスの敗戦が濃厚になった事、さらにこれからの経済方針などを決める為にと人を集めて議論と意見をお聞きになったのです。
それでは意味のないことではないかという考えもあるでしょう。
しかし、様々な人の意見を聞くという事はとっても大事な事です。
無碍には出来ません。
今回、オーギュスト様が招集を行った事で今後の改革派の会合の改善点なども発見できたそうです。
そして、これからどのような対策を行うかで意見を総括するとの事です。
時刻は午後11時23分、意見の集計や各代表意見者の発言などを聞いた後、最終的に選ばれたのはオーギュスト様の意見でした。
これは決して国王だから採用されたというわけではなく、改革派や国土管理局の意見の総意であり、最終的には投票によって決定されたのです。
オーギュスト様が最多票となり、集計に少々時間が掛かりましたが……オーギュスト様曰く、皆の意見を聞いたうえで投票によって決定出来た事は良い事だと語っておりました。
「では、投票結果によって国王陛下の案を採用する事にいたします。『経済面では新大陸にフランス資本の工場を建設し、そこで食料品や繊維の生産・販売を行い、現地での雇用を確保しつつ、フランス企業を進出させて経済的な循環を生み出す現地工場生産方式によってフランスは程々に新大陸に関わる事。軍事面ではサン=ドマングなどのカリブ海の海外領土の防衛の為に新造艦隊を割り振り、海上防衛を強化する』……これら一連の大西洋方面の経済方針を決定すると共に、今後の報告などを取りまとめた経済白書を三ヶ月に一度発行する事に致します」
現在フランスでは武器・兵器など戦争の引き金になる物の輸出は禁止されております。
かのロアン枢機卿がやらかしたせいで少なくない武器が国外に流れて戦争に使用されたからです。
以後、蒸気機関を用いたガラスや繊維など手作業での工程で担っていた産業を新技術で量産できるようにした工場を使って新大陸で生産を行い、幾らかの手数料を支払って諸外国に輸出する方式を行うとの事です。
これによってフランス資本の工場が続々と新大陸で誕生する事によって、新大陸では雇用が生まれて経済活動も活性化するでしょう。
さらに貿易で最も利益の高い輸出業としても、利益が生まれる上にフランス資本ですので利益の大部分はフランスに還元されるのです。
勿論、これをやりすぎてしまうと新大陸の利益が大きくなってかえって危険である為、工場の数は予め決めておき、今後発展する見込みのある都市部や港湾地区を対象にフランス資本と提携した店などを置くことで、長期的な利益確保に向けて調整を行うとの事です。
「新大陸とは経済的な関係を構築するとしても、深入りはしない事だね……やり過ぎると手に負えなくなってしまうからね……だから予め投資や資本提携を行うにしても制限を加えるつもりだ」
「制限ですか?」
「そうだ、あくまでも深入りはせずに工場の生産分の利益をフランス側が頂く。常識的な範囲内で取り決めを行って暴利を請求しない。相手を怒らせるような真似はせずに温和的な条件でやるべきなのさ」
「それで新大陸への進出も、程々に行う……というわけでございますね?」
「そう言う事だ。長い目で見れば利益も出るし、大きく肩入れはしないからイギリスを強く刺激する事もない。平和的な経済活動の推進が目的さ……武力で奪おうなんて考えではなく、経済力で勝負をしたいんだ」
今現在、フランスは新大陸での戦争には関与しておらず、中立宣言を行っております。
また、イギリス、新大陸側からの和平交渉や講和条約を結ぶ際には仲介を行うと宣言しておりますので、両国との関係を維持する為に、新大陸にはあくまでも民間を中心に資本を提携するものの、本格的に腰を据えるわけではないようです。
オーギュスト様が目指すのは軍事力や武力介入による血を流す戦争ではなく、頭を使って経済力で勝負をしようと考えているようです。
以前、王太子時代にオーギュスト様は語っておりました。
これからの時代は兵隊を沢山揃えて戦うことも大事かもしれないが、国民を飢えさせないように経済力を付けて豊かにする事が一番重要だと……。
富国政策としてのブルボンの改革の基礎となる大部分が達成したことによって、フランスは好景気となっております。
国内での好景気と共に、今後の経済活動をカリブ海や新大陸、そして東アジア方面に広げてフランスの貿易関係をより一層広げようと心掛けているのです。
それが今回の新大陸への経済活動方針を動かしたと言えるでしょう。
勿論、当初述べていた意見に修正や改善を加えたものであり、それぞれ異なる主張をしていた改革派の方々も納得して拍手喝采で会合は幕を閉じたのでした。
「ありがとう、皆遅くまで議論に参加してくれた事に深く感謝する。もし泊まりたい者がいれば遠慮なく申し出て欲しい。近くのホテルで休息を取れるように手配しよう」
オーギュスト様は参加して下さった皆様への配慮も忘れません。
以前までは使用人に対して暴利を働いていたホテルを買収し、職員専用の居住施設として活用しておりますが、そのうちの数軒はヴェルサイユ宮殿の来賓や来客用として改装した適正料金のホテルとして泊まれるようにしてあるのです。
帰り道に強盗などに襲われないように護衛のパリ警察が馬車を引き連れていきますが、数十名の参加者はホテルにお泊りになるそうです。
参加者や国土管理局の職員、そして後片付けを行う施設整備課の職員の方々への感謝の言葉を述べた後、私達は寝室に戻っていきました。
「ふぅっ……一先ず問題は大方解消されたようだ……後は細かい修正などを日程を決めて行うことだね」
「お疲れ様ですわ……最近は新大陸やイギリス方面での対応にお忙しいですもの、お水はいかがですか?」
「ああ、一杯貰うよ……ありがとうアントワネット」
「いいですのよ、今は大変な時期ですから……戦争が終われば少しはゆったりできるかもしれませんわね」
「そうだね……戦争が終わって新大陸方面が平和になればこちらとしても業務処理が減るから助かるよ。定期的な新大陸での動向調査などもあるからね……国王としても仕事をしなければならない。大変だけど、やらねばならないよ」
オーギュスト様は水を受け取ると、ゆっくりと椅子に座って飲み始めておりました。
仕事とはいえ、やはり連日会議などを開いて問題の対応に当たっておりますもの。
きっとお疲れだと思いますし、少しは休むことも大事ですわ。
それにもうすぐ日付が変わってしまいますわ。
テレーズはもう眠っておりますし、私はオーギュスト様を誘ってベッドで休むように促しました。
「オーギュスト様、そろそろベッドでお休みになりませんか?一先ず今日の会議は終わりましたし、明日に備えて英気を養うことも大事ですわ」
「それもそうだね……それじゃあ、今日はもう寝るとしよう」
いつもならまだやるべき仕事があると言って夜遅くまで仕事をする事もありましたが、最近ではテレーズの事を想ってか、日付が変わる頃合いになると仕事を止めて一緒に寝ることが多くなりました。
夫婦で一緒にベッドで過ごすのはいい事ですわ。
オーギュスト様に抱かれて、私はベッドで眠りにつくのでした。