225:オペラ劇場
午後6時20分
予定よりも20分遅れではあったが、緊急招集に応じてくれた者達がヴェルサイユに続々と集まってきている。
馬車の渋滞が起きており、皆緊急招集というだけあって互いに顔を見合わせて話し合っている姿もある。
改革派でも招集したのは主にパリ近郊に住んでいる者達であり、それより郊外や他の地方都市にいるメンバーには三週間後までにやってくるように伝令を出した。
緊急招集を出すのはこれが初めてだ。
ヨーロッパ全体が嵐に見舞われるかもしれない一大事なだけに、情報の共有だけはしっかりとしておきたい。
改革派は様々な職種や階級者、そして人種によって構成されている。
知識階級者が半数を占めているが、平民階級出身の者も多くいる。
1771年4月11日に結成して以来、ルイ16世を首班とする改革派は一大勢力となった。
結成当時は200人程だったが、今では科学者や芸術家などを含めて1200人に迫る勢いだ。
全員フランス本土にいるわけではないので、今回出席できたのは四分の一に当たる300人程だ。
ちょっと少ないかもしれないが、緊急招集でこれだけ集まれば上々だ。
夕方までに集まったのは国土管理局の中堅クラスの職員、及び改革派に属する主要メンバーの者達だ。
エティエンヌ・ベズーやジャン・シルヴァン・バイイ……さらに今年入ってきたという新人のピエール・ヴェルニヨまでいる……君弁護士だけどジロンド派じゃないのかね?と突っ込みたくなったが、なんでもブルボンの改革に感化されたらしく、過激な革命思想にのめり込まなかったようだ。
その代わりと言ってはなんだが、すごく雄弁を奮いながら国の政策について熱く語っているという。
そんな優秀な人員ホイホイと化した改革派だが、彼らにもいよいよもって知恵を借りるときが来たようだ。
「服装はこんなものでいいか……さてと、白湯でも飲むか……」
ヴェルサイユ宮殿の部屋で、服を整えてハチミツを入れた白湯をゆっくりと飲む。
時間が押しているのでこれ以上待たせるわけにはいかない。
実は昼間に飲んだ熱々のコンソメスープを無意識にガバッと冷まさずに飲み込んでしまって口の中が軽く火傷をしてしまったんだ。
だから激痛ではないがチクチクと痛みがあるんだ……。
色々と考え事をしながらやるのはよろしくないね。
あと口の中の火傷は割と苦痛だ……地味に痛いよね。
転生前にコンビニの麻婆豆腐を電子レンジで温めて食べたら豆腐が物凄く熱くて舌を火傷して以来だ。
「よし……喉の調子も戻ってきたぞ……喉がイガイガする時はハチミツが一番だね」
「ええ、これを飲めば喉も潤って調子も戻りますからね……では、行きますか?」
「うん、アントワネットも一緒に行こう。事が事だけに重い話題だけど話をしなければならないからね。ここに集まった人達から知恵を借りるのも王としての務めだよ」
「では、私も手伝いますわ。改革派の一員ですし、何よりもオーギュスト様が一人だと無理をしてしまいますからね!私がサポートしないといけませんの!」
「ハハハ……ありがとうアントワネット、助かるよ」
今日のアントワネットは髪型も気合を入れている。
髪の毛を上の方に巻き上げているが、史実みたいにソフトクリームレベルの派手なやり方ではなく、現代でも通じるようなオシャレとおしとやかな雰囲気を醸し出している。
派手さではなく、自然体に近い髪なので奇抜ではない。
とっても美人な上に輝いて見える。
まぁ、俺からしてみれば元からアントワネットは美人なので奇抜な髪型以外ならどんな髪型でも似合うと思っている。
「さてと、ヴェルサイユ宮殿のオペラ劇場で演説をしないとね……アントワネットも演説が始まったら椅子に座っていいからね」
「ええ、分かっております。それとオーギュスト様、今回は野外ではなく劇場で演説をなさるのですね」
「丁度皆から見える中央の席だからね……議論も含めるとはいえ、今日は人数も多いから劇場のほうがいいと思ってね。それに、大人数を収容できるから椅子をわざわざ設営する必要がないからいいんだよね」
今回はオペラ劇場での演説を含めての新大陸における説明が行われる予定だ。
オペラ劇場でなんでやるのか?という疑問があるが、理由は二つある。
一つは今回のような新大陸でイギリスが大敗したというニュースを聞きつけた外の人達が噂で広げて事実を捻じ曲げたものを流言飛語しないようにする為である事。
もう一つは朝から時折小雨が降りだしているというのもある。
雨の中野外で演説をしていたら風邪をひいてしまうし、かつて転生して数か月後……丁度ルイ15世が刺された日には風邪で寝込んで相当ダウンしてしまった苦い思い出がある。
この時代は抗生物質を使った薬品なんてないので、風邪を引いたら一大事だ。
なので風邪を引かない為にも、オペラ劇場で演説をしたほうが皆が見ている中で話を聞きやすいので、そこで演説をする事にしたのだ。
「おおっ、思っていたよりも人数が多いね。前の座席は埋まってしまっているな……人数の報告はあがっているかい?」
「いえ、まだ報告は出ていませんが500人以上はいるそうですよ」
「そうか……オペラ劇場だけに、大声を出していかないとね……用意してくれた椅子の前に行こうか、アントワネット」
「ええ、行きましょうオーギュスト様」
集まってきた改革派のメンバーは総勢300名、さらに国土管理局の中堅クラスの職員を含めれば500名以上はいるだろう。
隠さずに、しっかりと伝えなければならない。
俺は意を決してみんなの前に姿を現した。
視線が集まってくると同時に、すぐに椅子に座っていた人々は起立して頭を下げている。
舞台の真ん中に用意された椅子の前に立って宣言を行う。
「諸君、待たせたな……早速用意した椅子に座って頂きたい。今から資料を配る」
集まっていた改革派のメンバーは、俺が来ると同時に規律を正して頭を下げる。
そして傍に用意させた椅子に全員を座らせる
俺とアントワネットに用意された椅子はスウェーデン製の椅子だ。
実はこの椅子、フェルセンからプレゼントとして貰ったのだが、かなり座り心地が良かったのでこうした大広間で行うような場合では必ずこれで座っている。
アントワネットも臨席させているが、俺と同じ椅子を使っている。
夫婦揃ってお揃いの椅子……。
中々いい椅子だ。
椅子に座ってから係の者が資料を配り始める。
活版印刷を使ったもので、内容は今朝入ってきたばかりの最新の新大陸における情勢を纏めた第一報と、午後3時に入ってきた速達の内容であった。
これらは国土管理局の中堅クラスの職員並びに改革派のメンバーを大いに震撼させた。
『新大陸においてイギリス討伐軍大敗、ニューヨークとセント・ジョンを失う。いずれも駐留していた領邦軍の軍隊による反乱によって北アメリカ連合州軍が同地を占領。また沖合の海軍の艦艇も複数隻鹵獲される。捕虜は少なく見積もって1万6千人を越える……』
最新の情報では駐留していたイギリス軍兵士の大部分が反乱を鎮圧できずに、要塞や都市部に雪崩れ込んできた北アメリカ連合州軍に降伏したらしい。
反乱兵によって城門を開けられた上に、完全武装した兵士達がどっと押し寄せたら徹底抗戦よりも降伏するほかない。
よほどの愛国者や植民地人に降伏を良しとしない堅物の軍人以外は素直に降伏したようだ。
それに軍隊相手に降伏すればまだ命は助かる。
今の新大陸では下手に市民に見つかったら私刑にされるからだ。
ボストンやケベックでは市民に虐殺されたイギリス軍兵士の死体がゴロゴロと転がっているようで、軍法裁判なく市民たちによってボロ雑巾のように嬲り殺しにされて焼かれているそうだ。
そんな扱いをされるぐらいならまだ人道的に扱ってくれる軍隊に降伏したほうがいいだろう。
イギリス軍の大敗もさることながら、今後予想される新大陸の新国家であるアメリカへの対応、それに合わせて起こるであろうイギリス国内の混乱……これらをどのように対応するのか?
また、今後の情勢についての議論を交わす為に、改革派や国土管理局の者達を集めたのだ。
遠慮はいらない。
自分の思ったことを述べてほしいと付け加えて、オペラ劇場はフランスの行く末を担う会議場と化したのであった。




