222:家族
★ ☆ ★
只今、オーギュスト様とレオポルトお兄様の会談が終わりました。
私とテレーズは別室で待機しておりました。
さっきまでオーギュスト様に構ってほしくて泣いていたテレーズですが、オーギュスト様が入ってくるなりトコトコと歩いて抱っこをして欲しいとせがんでいます。
「ふぅ~っ、一先ず会談が終わったからアントワネットはレオポルト陛下とお話を……」
「パパ!パパ!抱っこ!抱っこ!」
「こらこらテレーズ、お父様は会談を終えたばかりですよ」
「おっ、大丈夫だよアントワネット。よしよしテレーズ、抱っこしてあげるからね~」
「すみませんオーギュスト様……」
「いやいや、いいんだよアントワネット。テレーズは甘えたい年頃なんだ。ここは俺が見ておくからお兄さんとゆっくり話してきなさい」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて行って参ります」
テレーズは本当に甘えん坊です。
私もあんなにオーギュスト様に甘えた事はありません。
ですが……幸せそうなテレーズの顔を見ていると、私もオーギュスト様に甘えたいと思う事があります。
以前のように一緒に外食をしに行ったり、衣装の展示会を見に行ったりするだけでも十分に幸せでした。
心なしか、そうした二人っきりの時間が欲しいと思う事があるのです。
テレーズに嫉妬してしまっているのでしょうか……少しだけ心にモヤモヤを残しながらレオポルトお兄様とお話する機会を与えられましたので、久しぶりにお話をしたのです。
閣議の間に入り、レオポルトお兄様の傍に座りました。
久しぶりに話をしたレオポルトお兄様は以前に比べて痩せているように見えました。
「本当に大きくなったなアントワネット、子供も出来たそうで安心したよ」
「ええ、兄弟の中でも私は一番やんちゃな女の子でしたから……お母様にもご苦労をお掛けしてしまいましたわ……」
「まさかアントワネットからそんな言葉を聞くようになるとはな……お前もだいぶ大人になったという事だよ。アマーリアみたいに夜遊びや痴情に走るような女にならなかっただけ本当に良かったよ……」
「アマーリアお姉様はもうお母様から勘当されているでしょうに……またアマーリアお姉様がやらかしたのですか?」
「もうね……また愛人を作って夜な夜な乱交パーティーを開いているそうだよ。全く、先月もパルマ公から泣きつかれてしまってね……あいつはもうどうにもならないよ。母さんも相当頭に来ているし、ヨーゼフ兄さんも頭を抱えている始末さ……」
アマーリアお姉様は私達兄弟姉妹の中でも一番「邪魔者」扱いされている人です。
彼女は恋愛結婚を希望していましたが、お母様から反対されて出来なかった代わりにクリスティーナお姉様が恋愛結婚をなさったのでそれ以降猛反発して色々とトラブルを起こしていることで悪名高いのです。
ハッキリ申し上げて一族の恥だと思っている人も多いです。
それぐらいに素行も悪く、復讐と言わんばかりに愛人づくりや乱交騒ぎを起こして痴情だとか淫乱だとか言われているんです。
それはお母様も頭を抱えてしまいますわ。
「クリスティーナ姉さんの恋愛結婚以来、アマーリアは家の名誉を貶す為にワザとやっている節すらあるからな……あれは怨みによる行動だよ……」
「でもクリスティーナお姉様はお母様から溺愛されていましたからね……愛情を独り占めではありませんが、きっとそれを見てさらに嫉妬したのかもしれません」
「ああ……クリスティーナ姉さんは母さんが一番気に入っていたからね。恋愛結婚が出来なかった。なのにお気に入りは恋愛結婚を認めたばかりか大金を与えて共同統治の権利まで与える大盤振舞……それを目の当たりにされたら拗れるよなぁ……」
「ええ……もし私がアマーリアお姉様の立場であったらきっと乱交までは行かないとおもいますが、嫉妬して……しまうでしょうね……」
アマーリアお姉様の問題行動……それを聞かされた私は途中でハッとしてしまいました。
もしや、さっきテレーズがオーギュスト様に甘えた時に心の底で「羨ましい」と思った自分を増大させてしまうと、アマーリアお姉様のような行動を取ってしまうのではないかと。
私もクリスティーナお姉様が恋愛結婚が出来て羨ましいと感じていたことはありますが、アマーリアお姉様のように憎悪までするほどではありませんでした。
ムクムク……と、積もりに積もった嫉妬と憤怒の炎が燃えてしまったのでしょうか?
もしかしたら、私も道を踏み外してしまったらアマーリアお姉様のようになってしまうのではないでしょうか?
そう考えてしまうと思わず背筋が氷のように冷えていきました。
「アマーリアは嫉妬と憤怒によって淫欲に溺れてしまっている。あのような状態になってはもう救えはしないよ……あと一年様子を見て改善の余地が見られない場合はパルマから退場することになるだろうな……」
「退場……国を追放されるのですか……?」
「いや、そんな生易しいものじゃない。アマーリアは病気でいなくなるんだよ……文字通りの意味でな……」
そしてパルマ公に泣きつかれてしまっているレオポルトお兄様は、アマーリアお姉様を病死させるように動いているとの事です。
勿論、しっかりと心を入れ替えてくれればありがたいのですが、あまりにも王室の規範を逸脱し、オーストリア・ハプスブルク家の名を穢しているとなれば、これ以上の蛮行に終止符を打つとの事です。
レオポルトお兄様は笑って言っておりましたが、目だけは笑っていませんでした。
「まぁ、そんなわけだ。お前もアマーリアみたいなことをするんじゃないぞ。もし辛い事があったりしたら周りに相談できる相手を探して話しておくんだ」
「大丈夫ですわレオポルトお兄様、私にはフランスに嫁いでから相談できる人がおりますから。それに、オーギュスト様からは本当に良くしてくださっております。私もフランスに嫁いで良かったと思っていますわ」
「そうか……それは何よりだ……本当にお前は良い夫に恵まれたな……」
「ええ、私もオーギュスト様に出会ってから大きく変わりました。これからも妻として、王妃としてオーギュスト様をお支え致しますわ」
「ああ、頼むぞ。フランスは今や欧州でも活気に満ちている国だ。フランスの安定と繁栄がヨーロッパの安定化に繋がるのだからな」
「はい、分かっております」
レオポルトお兄様からようやく明るい話題を引き出せました。
目も笑っており、フランスの事を羨ましく語っておりました。
欧州でも豊かで発達した国になったのは、どれもこれもオーギュスト様主導の改革によるものです。
ブルボンの改革が無ければここまで発達することは無かったでしょう。
科学アカデミーも大盛況しておりますし、新しい科学博覧会も数週間後に行う予定です。
これからドンドン科学と共に発展していくことでしょう。
それからようやくレオポルトお兄様は娘のテレーズの話題を出してきました。
「そうだ、お前の娘の顔も見てみたい。テレーズだそうだな。母さんの名前から取ったのかい?」
「ええ、そうです。お母様の名前をフランス語で呼ぶとテレーズになりますので……」
「そうかそうか……テレーズの顔が見たいのだが、いいかな?」
「勿論いいですわ!あっ、今テレーズはオーギュスト様と一緒にいますので……」
「おお、そうか……娘の面倒をしっかりと見ているのだな」
「はい、私や乳母さん達の事を気を遣ってか、色々と助けてくださっておりますよ……本当に、オーギュスト様は不思議な人ですわ」
「きっと亡き父さんみたいに子供に愛情を注ぐ人なんだよ。父さんも子供の面倒をよく見てくれていたじゃないか、いいかいアントワネット……本当に彼が辛い時は傍にいて支えてやるんだぞ」
本当にオーギュスト様はよく働いておりますわ。
仕事でも、家庭でも私や娘を気遣ってくれております。
かつてルイ15世も言っておりました……傍で支えてほしいと……。
そうですね……これからもオーギュスト様を支えて、テレーズの事ももっと愛情を込めて接しましょう。
夫婦として……そして母として幸せな家庭を築けるように頑張るのです。
私はその事を決意し、折角なのでレオポルトお兄様にもオーギュスト様と一緒にテレーズと遊んで貰いました。
初めて会うレオポルトお兄様をテレーズは笑っておりましたわ。
それからは和やかなひと時を過ごしましたの。




