220:トスカーナ大公
いよいよ明後日書籍版が発売されるので初投稿です。
休息を踏まえた上での会談はスムーズに行われた。
高級ワインということもあってか、レオポルト1世の喋り方はかなり上機嫌であった。
日常的な話題からアントワネットの事まで、色々と口にしながら平和的な話題を取り上げる。
トスカーナで行われている経済・政治の改革の話題が持ち上がると、レオポルト1世は神妙そうな顔をしてこう言った。
「……故に、私は考えているのです。なぜ陛下がこれほどまでに改革を真摯に実行しているか……王国の民を想っているからこそ実行できるのは柔軟な思想と臨機応変に適切な判断を下す事……分かってはいますが、これが思っている以上に難しいのです」
「いえ、私も一人で全ての政治を行えません。それに柔軟な思想をもってしても、時に苦渋の決断をしなければならない事が多いのです」
「そうですね……やはり統治者として国を治めるのは難しいですなぁ……それでも陛下の政治は私の統治の参考にしております」
「おお、そうですか。是非とも参考になる所があれば遠慮なく取り入れてください!」
レオポルト1世はかなり物腰柔らかな態度で会談をしていた。
なんでも兄であり神聖ローマ帝国の皇帝であるヨーゼフ2世とはかなり親しい間柄だそうだ。
比較的ヨーロッパの中でも距離が近いこともあって、定期的に会談を行って情報交換をしているらしい。
その際に、以前ヨーゼフ2世がヴェルサイユに来て俺やアントワネットと話し合った際に、かなり政治面で影響を受けてブルボンの改革に相当する政治改革をテレジア女大公陛下と共に実行して成果を挙げている事を言われたそうで、トスカーナ大公国のリーダーとして直接俺と会ってみたいと申し出ていたそうだ。
「しかし、こうして陛下と対談できるのは本当によい時間だ……兄上が陛下の事を尊敬していると言っていたのも理解できますし、私も出来ればずっと話していたいぐらいですよ」
「ハハハッ、私もトスカーナ大公の話に興味がありましてね。まだまだ今日は時間がたっぷりとありますので思う存分話し合いましょう」
「ええ、そう致しましょう!まだまだ会談は始まったばかりですからね」
どうやらヨーゼフ2世のお墨付きだったようだ。
統治者としての腹を割っての話し合い。
色々と話したいことが山のようにあったようだが、レオポルト1世が話をしたのは今欧州で話題が持ち切りであるアメリカで起こっている戦争についてであった。
「さて……陛下もご存知だと思いますが、新大陸では植民地軍が圧倒的優勢でイギリス主導の新大陸植民地討伐軍を蹴散らしております。ですが、イギリス側は総力を挙げて鎮圧に乗り出しております。この度の戦争……ヨーロッパでの影響はどうなるとお考えですか?」
「確実に影響は大でしょう。イギリスは既に新大陸の植民地の大部分を喪失し、東海岸の沿岸都市を三ヶ所……いや、この前リッチモンドを解放したので四ヶ所ですね。四ヶ所の地域がイギリスが守り通している領土、それ以外は全て北アメリカ連合州軍の支配地域です。ここからイギリスが逆転するのは難しいでしょうね……骨の髄まで植民地人に嫌われておりますから。それこそ先住民族を追い出したように植民地の人達を領土から追い出さないともう新大陸の再統治は不可能でしょう。仮に北アメリカ連合州軍を撃破してもまた内戦になるかもしれません」
「やはり……しかしイギリスが仮に負けるとなれば……情勢不安が起こりませんか?」
「情勢不安……私もそれを危惧しているのです。今のイギリスでは正規兵の数が足りない為に囚人たちに恩赦で釈放させる代わりに兵士として新大陸に送っているそうですから、彼らがイギリスに帰還したとしたら……混乱はより大きなものになるのは必須ですね」
アメリカ大陸における独立戦争は混迷の極みに達していた。
イギリスやプロイセン王国やその領邦からなる討伐軍は東海岸に次々と上陸し、現在死守している三ヶ所の要塞・都市拠点を維持しながら北アメリカ連合州軍との戦争を続けている。
国土管理局からの情報によれば、ニューヨーク・ノーフォーク・セント・ジョン・リッチモンドの四ヶ所周辺を討伐軍は占領したが、今だにそれ以外の場所は奪還出来ていないという。
理由の一つに、植民地から恨みを買い過ぎていて市民たちが討伐軍に徹底抗戦している所だ。
旧式の火縄銃や農作業道具である鎌や鍬などを使ってイギリス兵や領邦軍兵士を攻撃しているという。
それも民兵ではなく一般市民が行っているのだ。
イギリス兵は野営しようとすれば寝込みを襲われ、占領地の者達もいつか自分達を殺そうとしてくるのではないかという恐怖に怯えているという。
なので占領地では徹底した市民の武装解除化やイギリス兵への攻撃に対して厳罰化を強めているという。
レオポルト1世にとってフランスと同じようにアメリカの戦争は自分達には関係ない話……とはいかないのだ。
その理由がイギリスが仮に史実のように敗北した際に起こるであろう経済・軍事的変化についてであった。
「仮にイギリスが敗走し、新大陸の植民地を手放した場合……イギリスの戦費は膨大なものになるでしょう。それこそ返済に一苦労し、イギリスの経済も連鎖的に悪化すると予想されます。そうなった場合、ヨーロッパのパワーバランスも大きく変化するでしょう」
「そう、パワーバランスの崩壊となれば欧州の経済……いや、軍事力バランスも変化してしまいます。領邦軍をまとめて討伐軍を編成しているプロイセン王国とて例外ではありません。仮に敗北すれば責任問題が問われるでしょうし、今回のように植民地政府が蜂起したとなれば尚更落としどころを探さないといけない状況になります」
植民地が反乱を起こして、尚且つ独立したとなれば諸外国への面子は丸潰れである。
面子を潰さない為にイギリスはあの手この手で軍を派遣して何としてでも鎮圧を試みようとしている。
これが仮に失敗したとなれば、良くて政治首脳部の辞任だが、下手をすれば国内経済の悪化とセットして革命が起こりかねない。
その革命の下地ともいえる運動が既にイギリスでは起こり始めている。
「……仮にですが陛下、もしイギリスやプロイセン王国で情勢不安から革命が起こるのはあり得ますでしょうか?」
「戦争に敗れて経済が疲弊すればあり得るでしょう。特に起こるとしたらイギリスですね。最近は解釈などを大幅に拡大した急進的な革命論がイギリスで流行しているみたいですし、王政の廃止などを主張する過激な意見を掲載した学者の本が売れていると聞きます。戦争に負け、長期に及ぶ経済的疲弊が続くようになれば革命もあり得るでしょう」
「そうなればイギリスも転落ですか……」
「いや、転落というよりも寧ろ王政廃止を主張する勢力が台頭すれば、その考えを他のヨーロッパ諸国に押し付けようとするでしょう。むしろそうなった場合が一番怖いのですよ。丁度そうした勢力が執筆して出版している本があります。こちらをお読みください」
「これは……『新市民政府論』でありますか?」
新市民政府論というのは、一部の人々によって国王をはじめとする政治的指導を行う立場の人間の統治能力が満たされないと判断した場合、市民が武力革命などを起こして国王の権力を無効化・解体して新しい市民階級者による政府の樹立を行うという急進的な論調がこのところイギリスを中心に話題になっているのだ。
内容が内容だけに著者が不明であり、カバーが黒本で流通しているという。
ジョン・ロック氏が述べた従来の市民政府論に加えて、市民による従来の政治体制の打破などが書かれている。
中々過激ともいえるような内容であり、新政府政府論を見たレオポルト1世は手が震えていた。
「なんと……国王だけではなく貴族まで廃して新政府を樹立する事まで書かれているのですか……」
「そうです。イギリスでは啓蒙思想の中でも先鋭化した……王室を廃止しようと考える勢力が力を伸ばしております。政治不安や経済不安がこれから増えていくにつれて、こうした意見がイギリス上層部に広がれば、より恐ろしい劇薬になるでしょうな……」
「恐ろしい話ですね……いやはや、我々も他人事ではありませんね……」
早い話が君主制を排して共和政治体制に移行させようというものであり、史実フランス革命で王政が廃止されて第一共和政に移行された時のような、君主制廃止を謳う革命主義というわけだ。
どう見ても不穏要素しか無いです、ハイ。
経済・軍事的混乱により、イギリスで革命主義政権が樹立すれば厄介な事になるのは必至だ。
イギリスは世界でも有数の海軍力を保有している。
第二次大戦までは世界中の土地や海を支配していた為に太陽の沈まない国と言われた。
それ故に海洋への大軍派兵が行える海軍力は侮れない。
仮に軍隊が革命主義に感化されれば、ドーバー海峡をはじめとする大西洋の海はイギリス海軍が暴れまわるようになる。
そうなってしまうと対応が難しい上に、周辺諸国と連携して共和主義的思想が入り込まないようにしないといけないのだ。
何とも難しい問題に直面しながらも、レオポルト1世との会談を続けた。