208:駆けろ!オーギュスト
好きな言葉は下克上なので初投稿です。
……。
今日の朝食はアントワネットがブイヨンスープではないかと言っていたが、その通りになった。
春キャベツがブイヨンスープにしみ込んでこれが最高に旨いんだ!
普通のキャベツと違って春キャベツは中身が引き締まっているので歯ごたえがあるし、何より甘いのだ。
寒さに耐える為に栄養をギューッと詰め込んだこともあり、これがまたブイヨンスープとの相性を劇的に良くしてくれる。
スープを一口入れるだけで、身体がぐんぐん温まっていく。
あとフランスのキャベツはとあるアニメの作画崩壊した時みたいな中身になっているぞ!
てっきりネタかと思ったら中身がまるでボールみたいで初めて目にした時は衝撃的だった。
「作画崩壊キャベツ……実在していたのか?!」と思わず小声で口に出してしまったほどだ。
「美味しいねぇ!春キャベツ……これ本来なら凄く硬いから食べるにも一苦労なんだ」
「ええ、本当に料理総長がしっかりと作ってくれているお陰ですわね。キャベツだけではなく、ジャガイモも入っているので具沢山ですわ」
「ああ、朝食でお腹が一杯になりそうだよ。これでパン一斤を食べようものなら流石にお腹を痛めてしまうね」
「フフフ、張り切りすぎは身体に毒ですよ」
「ああ、腹八分……お腹いっぱい食べるよりは少し余力を残して抑えるのが健康の秘訣だからね」
転生する前はルイ16世はそれはもうスゴイ量のご飯を食べる事で有名だったらしい。
ローストチキンを丸ごとかじりついてぺろりと平らげた記録が残されているぐらいには大食いで有名だ。
だから太っていたんだろうと言われるかもしれないが、これはかなり誤解だ。
何故ならルイ16世の身長は当時としてはかなり大柄な約190センチ以上あった上に、趣味が狩猟だったので当然馬にまたがって狩りをして汗を大量に流すほどの運動をしていたわけ、つまり必然的に多くのカロリーを必要としていたのだ。
むしろ身体は太っていたというよりも筋肉質な体つきをしていたと言われている……。
うーん、インドア派になってしまった俺とは正反対だな。
今現在身長は187センチだが、転生前の小食を維持していることもあり、そこまで筋肉は付いていない。
そろそろ運動などもしなければならない。
デスクワーク中心の生活になっているので身体が鈍っている……。
であれば運動するのみ!
そして運動も楽しくスポーツという形でいこうじゃないか!
あとテレーズはまだよちよち歩きも出来ないので、運動は流石に無理だ。
なので乳母車に乗って観戦していて欲しい。
ちゃんと乳母さんが見てくれているので大丈夫だろう、そしてお父さん頑張るからね!(一方的な宣言)
「折角の機会だ。今日は思いっきり遊びも兼ねた運動をしようと思うんだが……アントワネットもやってみるかい?」
「ええ!是非ともお供致しますわ!……どんな遊びをするのですか?」
「フフフ、それは今巷で大人気のスポーツ……ジュ・ド・ポーム(リアルテニス)なんてどうかな?」
「まぁ!すぐそこにある球戯場ですね?」
「そうだ、近場だし一時間程貸切も出来るみたいだから夫婦水入らずの運動時間もいいかなって思ってね」
「それはいいですねぇ!是非行きましょう!」
というわけで、昼のミサを終えてから俺とアントワネットは乳母さんを連れて日頃の仕事疲れをリフレッシュする為に球戯場へとやってきた。
ジュ・ド・ポームというのは現代のテニスの原形になった競技だ。
ラケットとボールを使い、互いにボールを打ち合う。
ここまではテニスのルールと変わらないが、フィールドの両脇にある壁にバウンドしても相手の陣地にボールを打ち込めば良いルールになっているのだ。
ネットに引っかかるか、二回バウンドしてしまうか、観客席にボールを直撃させてしまうと相手に点が入る仕組みだ。
まぁ、フィールドがテニスコートに比べて狭いというものあるが、割と身体を思いっきり動かせるし、壁をうまく利用して相手の陣地に打ち込むという頭脳戦も展開できる。
現代ではかなりマイナーなスポーツになっているが、今はマイナーどころかメジャーなスポーツとして風靡している時代だ。
その歴史は古く既にルイ14世の時代から存在しており、ヴェルサイユ宮殿のすぐ近くにある球戯場は17世紀後期に建設されたものだ。
あと今から行く球戯場はフランス革命前夜に発足した三部会の第三身分階級者が国民議会を開くも議場から締め出しを喰らった為、代わりに「この球戯場を今から議場にするぞ!」と宣言した場所だ。
歴史の授業だとテニスコートの誓いって書かれていたような気がする。
ちなみにロベスピエールは今いないし、誓いの中央にいたシルヴァン・バイイは今や立派な改革派メンバーとして活躍している。
この間も木星の衛星の一つであるエウロパに関する論文を出していたし、天文学者としても有名になっているようだ。
「おお、早速盛り上がっているねぇ~」
「ラケットが風を切る音がここからでも聞こえてきますわね~」
「それに合わせて白熱した試合が繰り広げられているというわけか……よーしテレーズを抱っこして見せてやろう!ほーら、テレーズ見てごらん。物凄く速いだろ~?サラマンダーより多分速いぞ!」
「きゃっ!きゃっ!」
球戯場にはヴェルサイユ宮殿で勤めている職員が早速ダブルスでプレイをしていた。
この球戯場は元々王族関係者専用だったのだが、あまり俺は使わない事もあって職員に貸出をしているんだ。
福利厚生の中にスポーツとしてこのジュ・ド・ポームを付け加えたらかなり喜ばれた。
やはり皆スポーツが大好きなのだ。
ダブルスでのプレイも中々白熱しており、まさに激戦ともいえるような打ち合いだった。
職員の中でもかなりプレーが上手い者がいるようで、メキメキと上達しているという。
「こっ、これは国王陛下!陛下ではありませんか!」
「それに王妃様まで……!な、何かあったのですか!」
観客席で見ていると、直ぐに職員が俺達に気付いて大慌てで頭を下げてくれた。
いや、今は完全にオフだから仕事じゃないしと言っても、やはりヴェルサイユ宮殿に勤めている者ゆえに、条件反射で物凄く低姿勢で接してくれるのだ。
色々と職員の環境が劣悪だったのでそうした風習を取り払ったら、すごく感謝されたぞい。
彼らには俺達夫婦水入らずでジュ・ド・ポームをすると伝えると、プレイを中断して俺達に譲ろうとしたので慌ててこの試合が終わってからだと再度伝えた。
「試合をしているのを観戦するのもまた楽しみなんだよね。白熱した試合を見ていると頑張っている者達を応援したいと思うんだ……アントワネットはどう思う?」
「そうですねぇ……互いにせめぎ合って駆け引きを行っているのは素晴らしい事だと思います。私も小さい頃はそうした遊びで精を出す事に夢中でしたから」
「ハハハッ、たしかアントワネットはかくれんぼの天才って呼ばれていたんだよね」
「ええ、習い事がどうしても身に入らなかったのでよく抜け出して宮殿中でかくれんぼをして遊んでいたものです……もう、オーギュスト様ったら……子供の頃のお話は少々恥ずかしいですわ」
「ごめんごめん、でもこうして見ているのも楽しいよね」
「ええ、その通りですわ」
アントワネットにかくれんぼをさせたら捕まえられる者はいないと言われる程に、彼女は勉強から逃れるためにあらゆる手段を講じ、そして教師たちに捕まえられない為にも様々な策を講じてかくれんぼをしていたのだ。
そんな話を弾ませながら、試合が終わったのでいよいよ俺達の試合が開始されようとしていた。
「さぁてと……それじゃあテレーズを頼む……」
「仰せの通りに……」
「アントワネット、遠慮はしなくていいから今日は思いっきり全力でかかってきてもいいよ!」
「あら、お墨付きをもらったからには全力で挑ませて頂きますわ!」
テレーズを乳母さんに預けてから、俺とアントワネットはジュ・ド・ポームの試合に挑む。
俺はテニスのルールはある程度知っているが、実際にプレイをするのは今日が初めてだ。
アントワネットは社交界等でジュ・ド・ポームを行う機会があったらしく、かなり自信満々のようだ。
ラケットの持ち方もそれなりにテニス選手のようなしっかりとした構えをしている。
俺も負けてはいられないようだ。
アントワネットやる気満々なので、彼女の期待に応える。
「では、俺から先攻でいいかな?」
「ええ、何処からでもかかってきていいですよぉ!」
「おっ、言ったね?」
(昔、丁度中学生時代に有名なテニスマンガで取り上げられた技を皆で真似してやったら意外と上手く出来たんだよなぁ……まさかアレを再びやる事になるとは……しかもフランスで……)
左手に持っているボールを前に出し、右手に掴んでいるラケットを大きく引く。
弓を引くようなフォームを行い、周囲がそれを固唾を飲んで見守っている。
すぅーっと息を吸ってからボールを上げて、ネットより少し高い位置に落ちてきたボールを引いていたラケットで思いっきり打ち込む。
かくして、アントワネットとの試合は始まったのであった。