206:PG-SA
たまには完全に仕事がオフの日があってもいいかなと思いましたので初投稿です
☆ ☆ ☆
1775年3月14日
季節は秋から冬へ……。
そして新年あけおめを終えて3月の中盤に差し掛かった。
やはり時間の流れが感覚としてドンドン早くなっているように感じているルイ16世だ。
時間の感覚が短くなっているようになるのはちょっと歳を取ったなと思う。
子供の頃は遊びとか宿題をやっている時間がかなり長いように感じたけど、大人になるとそうした時間は仕事に費やされてドンドン短くなっていく……。
嫌だねぇ……。
永遠の5歳児とまでは行かないにしても、なるべく幸せな時間は長く過ごしたいものだ。
3月になれば春先という事もあってようやく日照時間も増えてきて、少しずつ気温が温かくなる。
それでもまだ寒い時は寒い。
部屋のベッドの中でアントワネットとテレーズと一緒に毛布にくるまって寝ているのが一番だ。
今日は久しぶりの完全休日だ……いやー丸一日休みになるのは珍しい。
予定も入れていないので遠慮なくアントワネットとテレーズと団らんのひと時を過ごせる日だ。
目が覚めると普段起床する頃合いの午前7時だ……だが、今日は休日という事もあって召使い長は午前10時に起床の挨拶をしにやってくる。
この間……3時間程暇なのだ。
俺が目が覚めてから5分後にアントワネットも目を覚ます。
そして、部屋の寒さに気がついて一度ベッドから起き上がって薪を暖炉に放り込んでから、再びベッドに潜り込んだ。
つまるところ二度寝をする予定だ。
「うーっ……やはり3月はまだまだ寒いなぁ……」
「ええ、暖炉で薪を燃やしていても寒いですわね……」
「こんな時はアントワネットの抱擁で温まるに限るよ……ポカポカしているし、やはり抱擁は最高だな……」
「フフフ……オーギュスト様のそんなところも好きですよ!ほら、もっとこちらにいらしてもいいんですよ?」
「それじゃあ……遠慮なく……」
なんだかんだ言ってアントワネットの抱擁を受けてイチャイチャするのも悪く無い。
むしろ最高のひと時だ。
彼女の身体に包まれている時、俺は自分がなんだかんだいってルイ16世に転生して良かったなって思っている。
美人で、家族思いで、他人の事を思いやる事ができる最高の嫁さんだ。
アントワネットの甘い言葉に誘われて、間に寝ているテレーズを起こさないようにそっと近づく。
ゆっくりとベッドの中で手を繋いで、ギューッと身体を寄せ合う。
寝間着姿ということもあってか、アントワネットの柔らかい身体が引き寄せ合い、抱擁のおかげでみるみるうちに身体がポカポカと暖かくなっていく。
「はぁ~……アントワネット、ありがとう」
「どういたしまして、オーギュスト様も身体が暖かくなってポカポカしてきますね」
「うん、これが一番温まるし身体に良いからね、それにテレーズも日に日に大きくなってきているから一緒に寝れることが一番好きなんだ……」
「そうですね……もう生まれて8か月ですもの……あんなに小さかったテレーズがここまで大きくなるんです……子供を授かって本当に良かったですわ……」
俺とアントワネットの間にテレーズは幸せそうな笑みを浮かべながら爆睡している。
夜泣きもする事はあったが、そこは俺がアントワネットの代わりにテレーズをあやして彼女の睡眠を取らせたり、おしめの交換なども俺がやる事がある。
子供をしっかりと育ててみたいという気持ちも相まって時間に余裕がある時はなるべくアントワネットとテレーズと過ごす時間を確保している。
家族団らんのひと時はお金でも買えないね。
「テレーズはすごい笑顔で寝ているけど……どんな夢を見ているんだろうね?」
「きっと楽しい事ですね……今はテレーズをそっとしておきましょう」
「そうだね、テレーズのこうした寝顔を見れるだけでも俺達は幸せ者だよ」
本当にテレーズは嬉しそうな顔をして眠っている。
そんなテレーズの顔を見て、親として子供がすくすくと成長していく姿はとっても良いものだ。
親になって、子供の成長を見るのは本当に見ていて気持ちが良い。
去年の今頃はロアン枢機卿を逮捕したりして割と忙しかったので、今日のように二度寝ができる贅沢を味わっていなかったな。
今日は与えられた貴重な休日をのんびりと過ごす予定だ。
「それにしても……最近は忙しいからねぇ……こうしてゆっくりと休める日は休んでおきたいんだ」
「それがよろしいかと存じます。ヴェルサイユ宮殿も今日は静かですからねぇ……落ち着いた一日になりそうですわ」
「……外だと鳥のさえずりが聞こえてくるね。カーテンが明るくなってきている。こうしたちょっとした変化も見ながらベッドで休んでいるのもいいよね」
普段ならもう起き上がって朝食を取る時間だが、今日はまだ休んでいてもいいのだ。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでくるが、寒い日の朝に差し込んでくる太陽ってポカポカしてこれまた気持ちが良いんだよね。
夏場の太陽は直射日光で日焼けしたり汗でムンムンしやすいので嫌いだが、冬に限っては身体が温まるので密かに好きだ。
「休むといえば……最近『優雅で安らかな休日の過ごし方』という本が売れているみたいだけど、アントワネットは知っているかい?」
「ええ、平民の方々がお読みになっている本ですわね。改革派のご婦人方が愛読していると話題でしたよ。ページ数も少なくて価格も10ソル……読者が分かり易いようにと挿絵まで付いているそうですわ」
「ほぉ~挿絵付きなら内容も分かり易いだろうね。内容は見た事はあるかい?」
「はい、試し読み程度でしたが冒頭部分を読ませてもらいました。主に休日を如何にして過ごすかを議論するために作られた本ですが、男性と女性……それぞれ内容が異なっていて面白かったですわ」
「そこなんだよね、着眼点も良かったし……ついこの間本を取り寄せて貰って買ってしまったんだ。一緒に見るかい?」
「まぁ!それはいいですね!テレーズを起こさないように、そっと見ましょうか」
優雅で安らかな休日の過ごし方……。
現代でいうところの生活雑誌のような本だが、これがまた意外な事にそれぞれ男性編集者と女性編集者の二人がそれぞれ異性がどのような休日の過ごし方で満足しているのか?という意識調査に基づいて書いている事が面白いのだ。
感覚でいえば、週刊誌などを読んでいると言ったところだ。
例えば、女性側が考えた男性の休日の過ごし方『庶民編』はパリ市民の生活を詳しく綴っているのだが……。
その一文を紹介しよう。
『人それぞれで個人差もあるが、パリっ子の休日の過ごし方は香水を付けることから始まる。安価ながら相手を苦痛にさせるほどの悪臭ではないそれなりの香水を、身体に吹きかける。これは昔と変わらないが髪の毛から靴までふんだんに噴射する者もいる。これをしないと風呂に入っていないことがばれてしまうからだ。最近では身体を洗わない男はモテないというジンクスが広がっており、男たちは皆多少値が張る新鮮で飲料可能な地下水などを使って身体を洗い、常に清潔感を保つ。これが新しいパリにおける男たちのステータスなのだ』
この文章が記載されているページの隣には、一振り香水を振りかける整った服装をしている男と、髪の毛がぼさぼさで如何にも身体を洗ってなさそうな男が大慌てで香水を焦ってドバドバ掛けているイラストが挿絵として紹介されている。
それと同時に、パリにおける汚水問題や上下水道の整備内容が良い方向に進展していると明かしてもいる。
そりゃ数年前までパリの大通りを歩けば空から大便が降り注ぐような酷い有様が一変し、清潔感のある都市へと生まれ変わりつつあるのだ。
悪臭漂っていたパリ市内も、そうした臭いが少なくなってきている。
実際にパリ市内にあるリュクサンブール宮殿で改革派の市民グループとの会議に出席する為にパリ市内を入った時には悪臭は殆ど感じなかった。
これは人々の意識改革が実りつつある証だ。
この文章だけでもかなり俺とアントワネットはくすっと笑ってしまった。
何というか、本当に文章を面白おかしくしつつも事実を伝えている上に、異性からの着眼点もこれまた鋭くビシッと書かれている所が評価ポイントだ。
「ほぉ~こんな感じに書き込んでいるのか……中々踏み込んでいるなぁ……」
「ええ、でも男性の編集者の方が女性のお化粧に詳しく書き込んでいるのも中々珍しいですねぇ……」
「これを書いている人は相当面白い人だな……男性、女性それぞれの視点から描かれているからどちらからでも読みやすい……面白い本だよ」
こんなに面白い本を読んだのは久しぶりだ。
午前10時の起床時間になるまで、俺とアントワネットはテレーズを起こさないようにそっと本を見ながら談話をして、クスクスと笑っていたのであった。
なお、当時の王族は休みの日は基本的に狩りとか読書とかしていたそうです。