204:グリペン
書籍化に向けて作業期間に入りましたので初投稿です
「そういえば……君はフェルセンだったかな、最近舞踏会や交流会に参加して貴婦人たちから人気を集めていると聞いている。愛嬌が良くて話上手だってね、君から見てフランスはどうだい?」
「はっ、フランスはとても生き生きとしております。特に上流階級だけではなく、平民や農民の方々も活気に溢れているのが素晴らしいと思いました。パリに来る途中でダンケルクやアミアンに立ち寄ったのですが、そこでもパリに負けない程に、どこも活気あふれる賑やかな街となっている事が印象的です」
「ほぉ……それは良かった。俺も国内旅行とかにも行きたいが、国家元首となれば早々旅行できる事は出来ないからなぁ……精々静養も兼ねて近場のアンギャン・レ・バンに入浴しに行くのが精一杯だ。君たちみたいに様々な場所に行けるのが羨ましいよ」
にこやかにフェルセンはフランスの事を褒めていたが、ブルボンの改革によって首都だけではなく地方都市にも活気がどんどん流れ込んでいる事で、地方も発展していると述べてくれた。
きっとスウェーデンにも参考に出来ることは無いか調査も兼ねているかもしれないが、スウェーデンを含めて欧州各国がフランスの改革を参考にする為に訪れているらしい。
まぁ、それはいい事なんだよね。
「我々だけではなく、ネーデルランドやプロイセン……さらにはロシアからも貿易商が行き交い、人の流れも多いですね。数十年前であれば考えられない程に、フランスは様々な国の人達を受け入れております……これも陛下の策なのですか?」
「その通りだ。今フランスは大きな転換期を迎えているんだ。これからヨーロッパの情勢も変化を遂げる時期……その時期に合わせてやるべき事をしている。その一例が『開国政策』でもあるんだ」
「開国政策……今年の7月19日に発表されたフランスの経済方針ですね」
「そうだ。国民にもしっかりと伝えて貰うために新聞社や公布人を使って各地に広げている。内需だけではなく新しく景気対策として盛り込んだ地中海貿易や新興金融を通じて経済をより一層活性化させようとする事だ」
農奴・奴隷制の廃止や、貴族・聖職者への課税と課税分の還元政策、そして科学分野への投資……これらの効果がフランスで大きくなっているとなれば、必然的に欧州各国はフランスの改革をモデルケースとしてどのように行うのか見に来ている。
一応はフランスはプロテスタント派やユダヤ人への迫害を禁止にして寛容令を発令し、欧州でも【人種的に開かれた国】づくりをいち早く大々的に宣伝している。
彼らがフランスに帰化を希望すれば市民権を与えるし、特に欧米で迫害されていたユダヤ人に対しては金融機関を中心に組み込ませて、フランスへの融資や投資、さらには国営事業にも支援してくれたお陰で国の債務はかなり減った。
債務が減った事で、それまでは資金面の関係で出来なかった事業などにも投資や融資を行うことが出来るようになり、良い意味でとんとん拍子に進んでいる。
欧州各国からしてみればブルボンの改革そのものが、かなりぶっちぎった啓蒙思想政策に思えたらしく、失敗するだろうと言われていたようだ。
フェルセンやクロイツ子爵は俺が先陣を切って行ったブルボンの改革について、かなり称賛していた。
「しかし本当に凄いですね、農奴・奴隷制度の廃止に貴族・聖職者への課税……荘園の事業所化、科学分野への投資……これらを思い切って行う事は我々では早々できませんよ……」
「そうですな……スウェーデンでは議会が愚衆政治化してしまい、結果的にグスタフ3世陛下がクーデターを起こして政治の綱紀粛正を行う程でしたから……そう思えばフランスの思い切ったブルボンの改革は大成功と言えるでしょう」
「ええ、クーデターの際には少なからず血が流れてしまいましてね……ですがブルボンの改革では流血はなかったと伺っております」
流血無き改革か……。
だが残念ながらブルボンの改革にも流血はあった。
それは改革の初期に対立したオルレアン派とサン=ドマングでの動乱……。
革命騒ぎに比べたら微々たる人数かもしれないが、血が流れてしまったのは事実だ。
なのでブルボンの改革にも血が流れたと伝える。
「まぁ……ブルボンの改革にも血は流れたよ。完全な無血改革とまでは行かなかったからね。改革に反対だったオルレアン派を粛清し、改革に邪魔な勢力は排除した……必要な措置とはいえ、あまり気分のいい物ではなかったけどね……」
「いえ、それでも陛下が行った改革は我々スウェーデンでも取り上げられておりますよ。グスタフ3世陛下も改革にはブルボンの改革を参考にしていますから……」
「そうです陛下、陛下は最大限努力してらっしゃいます。血は確かに流れましたが、大勢の人間が亡くなるほどの事はしておりません。陛下のご指示の賜物ですわ」
フェルセンやランバル公妃は気を遣ってかフォローしてくれた。
称賛されるのは嬉しい。
だけど、改革に血は伴う。
フランスの未来を……そしてアントワネットとの幸せを願った俺は、改革に邪魔だったオルレアン派の粛清を敢行した。
法廷内で自殺してしまったルイ・フィリップ2世を除いて、彼の腹心の役割を担っていたパトリック男爵をはじめとする貴族16名の首を物理的に跳ね飛ばすように命じた。
彼らはこの時代において最も重い罪である殺人や冤罪を吹っ掛けていた事、そしてそれらの事案が重たいと判断したためだ。
パレ・ロワイヤルを強制捜査した際に、不正の事実が溢れるばかりにわんさかと詰まった証拠の数々が見つかったのだ。
その中には役人へ賄賂を送り付けて罪を揉み消したり、政敵を蹴り落とすために濡れ衣を着せさせて罪をでっち上げた事も記されていた。
あまりにも証拠の数々が吐き気を催す邪悪レベルで最悪だったので、擁護のしようもなかった。
ロアン枢機卿もそろそろ裁判を終える頃合いなので、もうじき首を跳ね飛ばす。
あいつは許さんし未成年暴行パーティーなんか開いているドクズだし斬ってヨシ!
「これからの経済……ひいては欧州各国との関係だが、融和路線を維持していくつもりだ。勿論スウェーデンとの関係も良好な状態にしていきたいと考えている」
「はっ、ありがとうございます!」
「これからの時代は競争も大事だが、協力する事も必要不可欠だ。国の考え方や思想も違うかもしれない。だけど、こうして人同士の交流は続けていくべきだと思っている……対話こそが国を切り開く道筋だと俺は思っているからね……戦争よりもこうして色んな国の人達を話をする時間は一番大切だよ」
コーヒーを飲みながら俺はこの場にいる全員に本心で語った。
この時代、特に第一次世界大戦が始まる前まではヨーロッパでは戦争なんて日常茶飯事に行われていた。
前の戦争で敵だったのが味方になったり、裏切ったり……現代でこそ兵器が進歩した事でミサイルや核兵器といったものを使うと大量殺戮が簡単に行われるようになってしまった結果、大国間での戦争は殆どなく平和主義が闊歩して戦争をしなくなった。
しかし、ヨーロッパ人の本質としては戦争という行為は、国の面子と権威を国内外に示す為の外交手段として実行されていたのだ。
フェルセンは興味深そうに俺の話を親身に聞いてくれている。
隣にいるクロイツ子爵も、そしてランバル公妃もだ。
「陛下は……平和を望んでおられるのですね」
「勿論だ。戦争は嫌いだよ。多くの人が死んでしまうからね……それに……」
「それに……?」
「俺は国王だから戦争の指揮を行う、つまりは戦争の決定権を委ねられた最高指揮官でもあるわけだ。俺が一言、他国と戦争を行うと言えば、その通りに命令が実行される。つまるところ、俺が兵士に死地に赴けと命じればそれを彼らは実行するだろう。兵士達にとっては見たことも聞いたこともない土地の為に死んでしまうのは少々心が痛むんだよ……それで戦争に負けたら彼らは何の為に死んだのかと思うからね……先の七年戦争がいまだに尾を引いているんだよ」
「七年戦争……確かに、あの戦争での傷跡はいまだに癒えておりませんね……」
「ああ……軍病院を訪問した時にいまだに戦場で負った傷で回復できない兵士や、手足を失った兵士のリハビリを見たけどね……辛そうだったよ。結局のところ、戦争というのは金色夜叉のような華やかなものではなく、勝利や戦果よりも戦いにおいて傷を負った兵士達が置き去りにされてしまっている感覚があるんだよ……だから俺は戦争が嫌いなんだ……」
英雄伝や吟遊詩人が語る戦いのロマンスや勇ましさ、そして胸を堂々と張って語れる誇り。
第一次世界大戦で機関銃が猛威を振るって塹壕で夥しい兵士の屍が山となって築かれるまでは、戦争に行って武勲を立てることは誉であるという教えが多かった。
剣が交わり、矢が放たれ、鉄砲の硝煙と血の臭いが入り乱れる戦場で勝利を得ることが出来る者が英雄になれる。
だからこの時代を含めてだが、近代になるまで世界では戦争をお試しセットみたいな感覚でドンドン起こしまくっていた。
しかし蓋を開ければ、戦争が起これば万単位で戦傷者が出てくる。
戦死者の兵士に家族がいれば、一家の大黒柱を失った妻や子供が路頭に迷うケースもある。
それに戦傷者の中でも手足が無くなった者は福祉施設でリハビリを励んでいるが、それでも社会復帰で挫折してしまうケースが多いのだ。
一握りの勝者で得られる利益も大事かもしれないが、その利益を得る為に死んでいった者たちや一生残る傷を背負った者たちを誰がケアするのか?
そうした国に忠誠を誓い、身を捧げた軍人に対してのケアが必要不可欠だ。
ただ、戦争なんてするもんじゃないと口酸っぱく学校の教師に言われて、隙あらば平和が大事だとうんたらかんたらと言って日本は欧州を見習えと言っていたが、その欧州の文化の基礎は戦争という血生臭い土壌で培われてきた末に獲得したものだ。
戦争によって得られた教訓というべきもの、10年に一度はどこかで戦争が起こっているこの時代では平和の尊さを教えても『は?戦ってこそ平和が得られるんだぞ、戦うことを放棄すれば領土奪い取ってやるからなぁ~』と殴られた末に言い返されるのがオチだ。
「だから、俺は外征はしない方針だ。それは変わりない。ただ、敵国が我が国に武力行使をしてきた際には自衛のために留めた戦闘は行うつもりだけどね。戦争を起こさない外交姿勢……融和的外交方針……それが今のフランスが……いや、俺が望むことだよ」
冷たくなったコーヒーを飲み干して俺は、ただそう答えた。
その言葉を聞いていたフェルセン達は驚きつつも、固唾を飲んで最後まで聞いてくれていた。
きっとフェルセンも俺の本心を理解してくれたんだと思う。
少々彼の目が潤んでいたような感じがしたが、懇談会の終了の時間となってしまった。
続きは正式な外交交渉の場で会う事になるだろう。
フェルセンとクロイツ子爵……そして最後にハガ伯爵という人物と握手をして懇談会が終わったのであった。




