202:ストリッツヴァグン
スウェーデンの貴族達は総勢3名。
いずれも爵位を持っており、それなりに地位の高い人達だ。
彼らは頭を下げている。
俺が良いというまでは顔を上げてはいけない決まりになっているということもあってか、直立不動で待っている状態だった。
このまま時間経過するのも負担になってしまうので、3人に部屋に入るように伝える。
「大丈夫、入ってきても問題ない」
「はっ!」
3人がぞろぞろとやって来たわけだが……。
揃いも揃って美男子ばかりやって来たぞオイ。
乙女ゲームでもここまで美男子を揃えるものですかね?
……と言いたくなるぐらいに彼らは皆カッコいいと思う程にイケメン揃いだ。
ウォォン、顔面偏差値が皆東大クラスだぜこいつぁ!
皆イケメンでカッコいい……それが率直な感想だった。
北欧系の人ってイケメン多いからね。
某アイドルグループも3人ユニットだったよなぁ……。
なんだろう、目の前にいる人達をみていると、アイドルと重なるように見えてしまう。
その中でも、一際緊張しているのだろうか、額から汗がにじみ出ているのは、今回の懇談会でスウェーデン側の代表を担うグスタフ・フィリップ・クロイツ子爵だ。
クロイツ子爵は在フランススウェーデン大使としてやって来ており椅子に座ってからも、俺に挨拶などをしてからは沈黙している状態だ。
確実に緊張して顔がこわばってしまっているので、俺はクロイツ子爵をフォローすることにした。
「まあ話したい事は沢山あるが、先ずは椅子に座ってリラックスしてほしい。緊張してゴタゴタした状態で話をするのは苦手でね。俺もたまに緊張してスピーチで声を詰まらせてしまう事があるから、緊張することは悪いことではないよ。あとクロイツ子爵だね、今回は宜しく頼むよ」
「はっ、こ……この度は陛下のご多忙にもかかわらず時間を……わ、我々に与えて下さった事を誠に感謝しております、な、何卒宜しくお願い致します」
「うん、よろしく頼む。では早速だが……皆は何か飲みたい飲み物はあるかね?」
「飲み物……でありますか?」
「そうだ、今回は懇談会だ。あくまでも懇談会……だからガチガチになるまで緊張しながら交渉する必要はない。それに、遥々スウェーデン側からやって来たばかりの者もいると聞いている。船旅で疲れているだろうし、あまり疲れた状態で仕事をするのは良くない。ちょっとばかり水やジュース、コーヒーなど好きな飲み物を飲みながらみんなでリラックスしよう」
ガッチガチに緊張していたクロイツ子爵も、俺の発言を聞いた後ではかなり緊張が解けていたようだ。
彼らは最初は戸惑って本当に頼んでいいのか悩んでいたが、俺が手を叩いて配膳係の者を呼び寄せて、一人一人の飲みたい飲み物のオーダーを受けるように命じたのだ。
なんでも、クロイツ子爵は重要な相談事を持ち掛けているらしい。
まぁ、一世一代の相談事となれば緊張するだろうね。
「それと、これは俺からの奢りだ。スウェーデンとフランスの関係を祝して皆好きな飲み物を頼んでくれ、よほど珍しいものはともかく、オーソドックスなものなら大抵は揃っているからね。早速だが俺はサン=ドマングで作られたコーヒーを頼もうかな」
「陛下、コーヒーは熱いものと冷たいものがございますが、いかがいたしましょうか?」
「今日は少し寒いから熱いのを頼む、それとミルクと砂糖もセットで」
「かしこまりました。皆様はいかがいたしましょうか?」
「で、では私はホットミルクを……」
俺のおごりだ、好きなだけ頼んでも良いよと言って、彼らを持ちあげる。
一度言ってみたかったんだよね、これは俺からの奢りだぞって。
これで頼まないと流石に悪いと思ったのか、それぞれ注文を頼んでいた。
クロイツ子爵はホットミルクを、彼の隣にいるハガ伯爵はホットティーを、ランバル公妃はレモンティーを……そして気掛かりにしているフェルセンは、アップルティーを頼んでいた。
様々なドリンクが運ばれて来るまでの間……ただ黙っているだけでは退屈だしつまらないので、俺は相手側の出方を探るために一つスウェーデンに関する話題を提示した。
これも飲み物にまつわる話題なので、相談事に関連する話題になるかもしれない。
「そういえば……近々スウェーデンでは禁酒令が布告されると噂されているが……それは本当なのか?クロイツ子爵?」
「ええ、国民の健康を害する要因を排除するために決定されました。年末に施行する予定でございます」
「そうか……他国の法に私が文句を言うつもりではないのだが……禁酒令はかえって逆効果になってしまうかもしれないぞ。禁酒令は確かに国民の健康を守る効果はあるかもしれないが、禁酒を強制されれば酒飲みはどんな手段を使ってでも酒を欲しがる……今まで満たされていたものが禁令となったらそれを変える事は困難に等しい……禁酒令というのはかえって飲酒を助長してしまうリスクが高いんだ」
「なんと……そのお話を詳しく聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
スウェーデンでは近いうちに禁酒令が発令されるそうだが、これは絶対に失敗する。
中東諸国のように厳格なアルコール禁止をしている国ではなく、今まで普通にお酒が飲めていたのに飲めなくなってしまう状態を作ってしまうのが最も危険な行為だ。
近代国家で大々的にやって大失敗を被った国がある。
それがアメリカ合衆国だ。
みんなも一度は映画やドラマで知っているであろうアメリカのイタリア系マフィア……映画「ゴットファザー」等で有名だろうし、そうしたマフィアが大躍進したのがアメリカで禁酒法が制定された1920年代だ。
アメリカ合衆国では禁酒法によって国内の酒造メーカーが大打撃を被り、海外に拠点を置いたりもしたが、大半のアメリカ人は安全衛生法を無視した密造酒を飲んでいたのだ。
こうした密造酒を作って売りさばいていたのがマフィアたちで、禁酒法時代にシカゴの裏社会を牛耳って表社会でも絶大な権力を見せつけたアル・カポネが有名だろう。
宴会の場で気に食わない奴を笑顔でバットでフルスイングして脳みそをぶちまけるまで殴り続ける等のぶっ飛んだエピソードが豊富な彼だが、アル・カポネが暗黒街のスターダムに昇りつめた事が出来たのは、禁酒法によって操業停止に追い込まれた酒造工場を買い取り、手下のギャングを使って旨いが通常価格より数倍値段を吹っ掛けた酒を密造・密売して財をなしたからだ。
それに、禁酒法が制定されてしまったことによってそれまでの基準を守った製品ではなく、危なっかしい素材や肝臓や胃にリスクの高い有害物質てんこ盛りの違法な密造酒をがぶがぶと飲むようになってしまい、かえって禁酒法前よりもアルコール依存症患者が増えてしまうという本末転倒な事態になってしまったのだ。
アル・カポネのようにマフィアやギャングが参入した事で、社会秩序までもが不安定化して禁酒法が廃止するまで続いたんだ。
流石に未来のアメリカ合衆国の話をするのはアカンので、規制された結果生み出されてしまうリスクにまつわる話として、禁酒令がもたらす悪影響について話した。
「うん、ではクロイツ子爵……普段嗜んでいるものが急に手に入らなくなったら、どのようにして買うかね?」
「そうですね……まずは友人や知人を経由して頼むでしょうね。それがダメなら商人の店に行って在庫があるかどうか確認をとります」
「ええ、それであれば大の字だろう。しかし、嗜みものが禁止されてしまい、どうしても欲しいのに手に入らないとなった時に、ある人物から値段が数倍高いが現物があるとしたら……買うかね?」
「……どうしても欲しいものなら自制心があれば止めるでしょうが……そうでなければ買ってしまうでしょうね……」
「ええ、そうでしょう。この販売している人物が商人ではなく、反社会のゴロツキ連中だったら……皆がゴロツキに金を出してしまい、最終的に禁酒よりもゴロツキ達が裕福になって裏社会だけでなく表社会で幅を利かせるようになってしまう。禁酒令というのは悪人が善人の作った法を虫歯のように徐々に内側から破壊していくシステムなんだよ」
禁酒令の悪影響……それは善人が良かれと思ってやった事がかえって事態を悪化させて悪人が得をするシステムになってしまう事だ。
正規ルートで入手できないのであれば裏ルートを使って手に入れようとする。
これが骨董品や金塊であれば、まだ個人の所有物とみなされて大目に見て貰えるかもしれない。
しかし、これが飲食物になってくると話は別だ。
金儲けをするためにそれまで安全性が確立されていた物を禁止にし、製造方法を知っているものが安全基準をクリアーしないまま違法に売買をすれば、人々は安全ではない物を飲食するようになり、最終的には過剰摂取や臓器不全を引き起こして命を落とす。
アメリカで起こった禁酒法の顛末がそれなのだ。
良かれと思い実行に移したら、かえって違法な酒を皆が飲んでしまいギャングやマフィアが跋扈し、安全性が低い粗悪品が出回るようになってしまう。
そうなったら結果的に失敗と言えるだろう。
スウェーデンもそういった負のスパイラルに嵌ってしまいそうだったのだ。
なので、国王とはいえ他国の法律にちょっかいは出せないので、それまで合法的に購入できた物が違法として取り締まりの対象になると、かえって悪化してしまう。
なので、そうした事にならないようにしなければならないと語ったのだ。




