187:東欧の優等生
夢から覚めると、冷や汗が出ていた。
かなり服がびしょびしょに濡れてしまうぐらいに酷かった……。
枕の位置が頭ではなく太股の付近に置かれているし……。
相当寝ている間にあっちこっち動いたな。
アントワネット以上に俺は寝相が悪いのかもしれない。
あの夢……。
チーズケーキが赤色に染まってイチゴが突き刺さる夢は、アメリカ独立戦争が近いうちに起こる事を暗示しているのかもしれない。
俺の知っている過去の歴史とは異なるような展開になる事ってことなのかな?
まぁ……もうかなり歴史改変してしまっている現状では多少の事では驚かないぞ。
既にクラクフ共和国という国が欧州に出来てしまったぐらいだしね。
史実の歴史家がこの世界の歴史を見たら多分頭抱えながら暗記し直すだろうね。
特に世界史を専攻している学生にとっては気の毒な事をしてしまったな……。
まぁ、この世界で新しい歴史を作るのでそれはこの世界線の学生たちが頑張って覚えてもらうしかないね!(投げやり)
「仮に独立戦争が発生してもフランスは独立派に金を出さない……ワシントンには申し訳ないと思うが、生憎今は戦争ではなく国内の開発に集中したいのでね……悪く思わないで欲しい……」
ルイ16世に転生した以上、これだけは注意しなければならないと考えているのはアメリカ独立戦争時においては参戦せずにイギリスとは最低限中立を維持しなければならないという点だ。
フランス革命が起こった要因の一つとして、フランスが独立派に味方して参戦した結果、アメリカからもらった領土も微々たるものだったし、戦費ばかりが嵩んでしまいフランスの財政難になる一因となった。
アメリカ独立戦争はフランスの参戦なくしてアメリカ側の勝利はなかったが、同時にフランス経済は疲弊し、独立戦争に参戦した兵士達が革命思想に感化されてしまい、フランス革命の際に革命派として寝返ったんだ。
アメリカでイギリスに勝利した兵士達が革命側の味方になれば、感化されやすい民衆は革命側に付いてしまう……。
そう、それから先にフランスに起こったのは革命によって吹き荒れた粛清や内部対立による政治的混乱と経済不況、ナポレオンが台頭するまでにフランスは何もかもが狂乱となり、倫理も秩序も法律も狂ってしまった。
史実の歴史を知っているから俺は独立戦争にはフランスを独立側として参戦させない。
フランスで革命を起こさない為に、フランス国民を内戦や経済疲弊で苦しませない為に、全力で阻止してアントワネットと幸せに暮らしたい為に、アメリカの未来を犠牲にする。
許せアメリカ……。
どのみち戦争なんてろくなものじゃない。
人は死ぬし、金は嵩むし……いい事なんてないよね。
なので俺は独立戦争には参戦しない……争いごとに首を突っ込むのはPASSさ……。
「陛下、失礼いたします。午後5時30分になりましたのでご起床なさいますようお願い申し上げます……」
「おお、ありがとう。では早速執務室に行くか」
守衛がキッチリ約束した時間に起こしてくれた。
幸いもう起きてはいたんだが、まだ何となくベッドで横になっていたい気持ちのほうが勝っていたので、ゴロゴロ寝てしていた。
スマートフォンがあれば多分スマホを弄っていただろう。
靴を履いて執務室に向かう。
何だか辺りが慌ただしい。
職員たちが積み重なった活版印刷された紙の資料を束ねてあちこち早歩きで歩きまくっている。
立ち話をしている者はおらず、皆とにかく忙しそうだった。
執務室に到着し、椅子に座って机の上に積み重なった書類の山と対面する。
ドーモ、書類……ちょっと多すぎじゃないか?
ざっとライトノベル6冊分ぐらいだろうか……。
まぁ……決済や最終確認であればサインをすればいいだけの話。
サインをしていけば2時間ぐらいで終わる量だろう。
書類を一枚、一枚めくってから内容に目を通していく。
ペラッ……。
一枚目からかなり目を通しておかねばならない書類が出てきたぞぉ!
『クラクフ共和国に対するスパイによる軍備報告書 1774年7月4日』
クラクフ共和国にスパイを年々送り込んでいるが、そのスパイから最新の軍備に関する諜報データが舞い込んできた。
それによればクラクフ共和国の首都クラクフにおいて武器工房をあちこちに作っているらしい。
武器の規格統一を図り、旧市街を大規模に改装して蒸気機関を応用した機械を導入しているという。
ほぼ国民皆兵によって戦時体制下になれば共和国に住んでいる数百万人もの人々が兵士になれるという。
銃に関してもモデル1773をコピーした銃を使用しているらしいが、末端の兵士にもちゃんと武器は渡っていると報告書には記されている……。
クラクフは元々ポーランド・リトアニア共和国の首都だった都市だ。
遷都こそしたが、それなりに商業や工業も盛んな地域故に、銃や大砲を揃えて軍備も急速に拡大しているのだろう。
おまけに蒸気機関を応用した工場が幾つもあるとなれば……いずれオーストリアの脅威になるぐらいの潜在能力を有するようになるだろう。
(クラクフ共和国……やはり侮れない国だなぁ……これ国家元首のミハウ・イェジー・ポニャトフスキ氏が俺みたいな転生者だったオチだったらそれこそスゴイけどな……)
ミハウ・イェジー・ポニャトフスキが俺の頭の中で転生者説が出ているぐらいに、彼は国難とも呼ぶべき事態を次々と回避したり、解決させている。
ポーランド共和国からの分離・独立宣言と同時に独立宣言地域の中立宣言を行い、同時に北部から侵攻してきたロシア軍を撃退する事に成功している。
政治面でも進歩的で改革優先の体制を整えているらしく、彼の元にはポーランドを見限って離脱してきた優秀な政治家や企業家が集まっているという。
クラクフを中心に急速が発展を遂げている現状から「クラクフの復活」という声まで挙がっているそうな……。。
こっちがフランスのブルボンの改革なら、彼はクラクフの復活者というわけか……。
『クラクフは経済的、軍事的に見ても飛躍的にその能力が向上し、外交面でも優位に立とうとしている。我がフランスにとっても、東欧において最も注視すべき国家である事をここに記す』
ポーランドから独立したクラクフ共和国は周辺諸国と綱渡り状態とはいえ、外交交渉を行い国家の存続を続けている上に民衆からの支持も厚い。
現国家元首ミハウ・イェジー・ポニャトフスキは、スイスの武装中立国を参考に国家体制の基盤を固めているので、これを突き崩すのは簡単にはいかないだろう。
それに引き換えポーランド共和国は……プロイセンとロシアが仲良く割譲しており、今も外交的にはロシアの属国のような扱いを受けているし、経済・内政・外交……全てにおいて末期日本帝国以上にグダグダであり、遅くても3年以内にプロイセンとロシアによって併合される可能性が高い。
(なお、史実でも第二次世界大戦前までにポーランドは何度か国家ごと消失する憂き目に遭っている)
「ま、まぁ一枚目の報告書でもう既に圧倒的にお腹が一杯になりそうだ……。情報という名の物量に押されそう……」
これがあと数十枚……気が遠くなりそうだ。
報告書の束を一枚、一枚……丁寧にめくりながら、報告書の承認や決済を行う。
大半が経済報告や国内外の動向が主だが……アメリカに関するものはどこにも見当たらない。
あの夢は杞憂だったのか?
そう思った矢先に執務室のドアが少々強めにノックがされる。
それと同時に、これはアメリカ関連の情報かなと思った。
数十秒後にそれが当たっていると分かったのだが、あまり気分は嬉しいものではなかった。