185:オメデタ
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1774年7月14日
「すみませんオーギュスト様……」
「いいよいいよ、アントワネットはゆっくり休んでいなさい。でないとお腹の子供もビックリしてしまうよ。ほら、辛かったら洗面器に吐きなさい……」
「はい……」
ここ最近妻のことが気になり過ぎてハラハラドキドキの毎日を送っているルイ16世だ。
転生してから4年目……ついに俺もパパになる事になるとはな……。
文字通りの意味だ。
アントワネットが妊娠している事が先月の6月20日に判明したんだ。
理由はお腹が赤ん坊の胎動で動いていたからだ。
妊娠8か月前後らしいのだが、まさか妊娠しているとは思わなかったんだ。
アントワネットも食欲が湧いてきて沢山食べるようになっていたと以前語っていたが、もしかしたら妊娠した際によく食欲が旺盛になるという事を耳にするが、あれがそのサインだったかもしれない。
実際に身体つきもふくよかな感じになってきたなぁ~と感じていたが、まだ20歳だし身体も成長していく時期だからこんな感じなのでは?……と思い、そのままにしていたんだ。
しかし、それでもお腹の膨れ具合が段々と大きくなってきているので、もしかしたらこれ妊娠しているのではないか?と思い、アントワネットを主治医に診てもらったのよ。
そしたら妊娠していることが判明したんだよね。
第一回:国際フランス服飾見本市も終わって、国内の経済・政治体制も改革が進んでいよいよ本格的に動かしている中での妊娠判明に、俺とアントワネットは喜んだ。
なにせ、毎晩ベッドの中で激しい戦闘を繰り広げていても子供が出来た実感が沸かなかったからだ。
互いに妊娠したかどうか分かる基準というのを知らないので、アントワネットのほうは少し心配していたみたいなんだ。
だから俺は無理に急がなくてもいいと言っていたんだが、ここにきて妊娠が判明した事もあって俺たちは抱き合って喜んだのよ。
これでテレジア女大公陛下にもオメデタのご報告が出来るってね。
「ふふふ……これで私も母になるのですね……」
「そうだねぇ……仕事のほうも俺がカバーするから、アントワネットはしっかり栄養のある食事をして休んでいなさい」
「えっ、本当によろしいのでしょうか?」
「勿論だとも、転んでお腹でも強く打ってしまったら大変なことになるからね……今はベッドで寝ながら読書をしたり、お腹に負担が掛からない軽い運動をするようにしよう」
アントワネットにはそれなりの宮殿における行事の仕事を任せていたんだ。
だから彼女も今では王室の一員として仕事をこなしているんだ。
最近ではランバル公妃やルイーズ・マリー夫人の手を借りずに一人で企画しているのもあるが、出産まで……いや、出産して暫くまでは安静にしなければならない。
母体にストレスが掛かれば、その分お腹の中にいる赤ん坊にも悪いからね。
いやはや……本当に俺が父親になるとはね……。
前世のことを考えても父親になるという事すら考えた事が無かった。
一生童貞で大賢者になろうかなと思っていた時期もあったが、いざこうしてアントワネットという超絶美人が妻になり、その妻が子供を授かったとなればもう父親としての責務を果たさないといけない。
やればできる……その言葉通りになったわけだ。
「おぉ、おめでとうございます!陛下!国土管理局一同王妃様のご懐妊を祝福致します!」
「おめでとうございます!フランス万歳!王妃様のことでしたら私達にお任せください!陛下がお仕事をなさっている時は、私達がいますから!どうか無理をなさらずに!」
「おめでとうございます!では早速、王妃様に合わせた食事をお作り致します!」
……で、主治医の結果を皆に報告したらお祭り騒ぎになった。
王妃様ご懐妊祝いとして、ちょっとしたパーティーまで開かれたよ。
懐妊しただけでちょっと大袈裟すぎるのではないかと思ったけど、王族故に世継ぎや王女が誕生するのは国王である俺や王妃のアントワネットの責務ゆえに、この血統が最も重視されていた時代では一番大事な事である事に変わりないという。
しかしながら困った問題もあるにはある。
それはフランス王室の伝統行事というべきか……王妃が出産する際に公開出産するというとんでもない習慣が存在しているんだよ。
しかも一般公開なので市民も出産シーンを見ることができます。
冗談ではなくマジで。
現代のフェミニストが聞いたら憤死するような内容だぞコレ。
なんでこんなアホみたいな習慣があるのか?
それは勿論太陽王であるルイ14世が確立させたやり方で、食事なんかも一般公開を行って絶対王政としての王権を見せつける為にやっていたという。
食事はまだしも出産シーンを貴族だけでなく市民にまで見せて一般公開させるのはどうかと思うし、史実だと一般公開された時にアントワネットはショックのあまり気絶したという話が残されているからね。
こんなの母体にも子供にも負担が掛かり過ぎて悪いわ!
何を考えたら一般公開出産というパワーワードまみれの事を王室のしきたりにしようと思ったのか、ルイ14世陛下、ちょっとハイレベル過ぎて俺は付いていけません(白目を剥く)
考えても見たまえ……自分の子供が生まれそうで、お腹を痛んで出産しようとしている所に貴族の男だけでなく、市民が押しかけて見物しに来る姿を……。
俺がアントワネットの立場だったら下手をすれば気がおかしくなってしまいそうになる。
色々と史実だとルイ16世とアントワネットの間に生まれた子供たちは……悲惨な運命を背負ってしまっているので、そこは史実ブレイカーで運命を変えてやろうと思う。
というわけで、早速取り掛かったのは一般公開出産を国王命令で禁止にした上で、出産証明を行うために信頼できる貴族の女性数名と主治医、助産師のみが出産の際に立ち会う事にしたのだ。
万が一不備の事態が起こった際に適切に対処を行う男性主治医を立ち会わせることは重要な事だ。
それでも比率でいれば女性の方が圧倒的に多い上に、助産師は貴族や王室の女性の出産現場の経験豊富な人を採用するつもりである。
何かあれば待機所で待っている俺に知らせてくれるという寸法だ。
出産時における問題はこれで一応対策は取れた。
……で、今アントワネットの悪阻が酷いので背中をさすっているんだ。
妊娠が判明して暫くは何とも無かったけど、ここ一週間前から吐き気と頭痛がサイクルのようにやってくるようになってしまったんだ。
夕飯を食べた直後から具合が悪くなって以来、こうして背中をさすっている事が多くなっている。
悪阻ってだいたい妊娠初期に起こるものだと俺は思っていたんだが、どうも妊娠後期や出産後にも起こることがあるらしいんだ。
妊娠初期には何ともなかったのだが、今になって急に悪阻が酷い状況なので、何かあってはマズイという事で主治医と相談しながら食事療法などを行い、アントワネットには安静にしてもらっている所なんだ。
男として……そして夫としてはもっと何かできる事が無いか探したりしたいのは山々なんだが、こればかりはアントワネットの身体の免疫力などに任せるしかない。
口を水で濯ぎ、洗面器を係の者に代えさせてからアントワネットをベッドにゆっくりと寝かせる。
この時にお腹の中にいる赤ん坊を痛めないようにゆっくり移動させてから身体の上に毛布を敷く。
あとは手を握ってあげることぐらいだろうか……。
ストレスを極力無くした上で、アントワネットが安らぐ環境を作ってあげることが大事だよね。
このぐらいどうという事はない!
仕事は後でやればいい!デスクの決裁書類は溜まるけど、今はアントワネットの事が最優先だ!
「本当にすみませんオーギュスト様……私の為に……」
「いやいや、アントワネットが謝ることはないよ!だから安静にして休んでいてほしい。ほら、ずっとそばにいてあげるから……だから今は休みなさい」
手を握ると、アントワネットは力強く握りしめてくれている。
ギューッと握ってくれていますよ、ええ。
彼女の優しさと力強さを感じるぐらいに握ってくる手が熱を帯びているように感じるほどだ。
何というか、目がもう泣きそうな顔をしているのが俺のハートにダメージを受けてしまう。
そう心配し過ぎるのも良く無いぞと言いたいが、あまり変に言ってしまうとかえって逆効果になるので、今はとにかく手を握って落ち着かせることが大事だ。
俺にとってもアントワネットにとってもそれが一番だろう。
握ってしばらくすると、アントワネットは疲れからか眠っていた。
俺もウトウトしていたのでそれなりに時間が経過したのだろう。
ベッドの傍に置いてある時計の針は午後3時20分を指している。
まだこのぐらいの時間であればまだそっとしておくのが一番かもしれないが、まだアントワネットは俺の手を握りしめている。
だからまだそっと手をつないでいこう。
アントワネットが目覚めるまでの間。
俺はずっとアントワネットの手を握りしめていたのであった。




