180:ファッションは女性に任せるのが一番
開幕式を終えると、職員たちが各国の来賓の人々の対応を行っている。
彼らには主要な言語で記したパンフレットを配布しているので、いざとなればパンフレットを見ればいいのだが、それでも来賓の人々には最大限の礼を尽くすのが礼儀というものだ。
こうした小さな積み重ねが人々の信頼を築き上げるものだと俺は信じている。
ただし、個人差はありますねぇ!
開幕式のスピーチを終えてアントワネットの元に戻ると、早速俺たちも衣装を見るために移動する事にしたのだ。
「それにしても……正直ここまで人がやってくるとは想像も付かなかったね……」
「ええ……本当に、一週間という期間を設けて正解でしたわ……これを当初の予定の三日間だったらかなり大混雑して混乱してしたかもしれません」
「だねぇ……やはり即売会方式ではダメだったのかもしれない……アントワネットの助言のお陰で良い見本市を開くことが出来たよ……ありがとう」
当初、俺は大手同人誌即売会を見本として企画を立ち上げたが、開催期間の日にちが短すぎるという欠点と、一般向けの服飾店を敷き詰めるように並べるのはよろしくないという指摘をアントワネットから受けたので、モーターショーやゲームショーを参考にしたのよ。
あのようなショーは最新鋭のテクノロジーを見せつけるいい機会な訳であって、翌々考えてみればそっちの方に重点を置いてやればいいわけだ。
何も服を大々的に販売するわけじゃないし、今服飾店ではこのような服を作っていますよ~という宣伝になればいい。
ブルボン宮殿の間取りなどを考慮して、スペースは各国ごとに分かれていたりもする。
勿論、こんなこともあろうかとパンフレットや宮殿内に設置した案内板には各国の見本スペースでどの服飾店が出展しているのか書き記している。
これも、フランス語だけではなくドイツ語や英語、スペイン語等に翻訳して書き記したものだ。
翻訳者の人々が数日間掛けて文字を記入してくれた努力の結晶でもある。
「さてと……ではアントワネットが気になっていた乗馬用の衣装を見に行くかい?」
「はい!是非ともお願いいたします!」
「えっと……オランダ製の乗馬用の衣装だから……Rコーナーだね」
オランダはこの時代ではネーデルラント連邦共和国という呼び名であり、国名の最初にはRが付くのは共和制を略した国名であるからだ。
そしてこれらのネーデルラント連邦共和国をポルトガル語で意味するホラントが日本でオランダという名称で伝わった由縁とされているようだ。
詳しくはwiki先生を拝見してくれ。
というわけでオランダの乗馬用の衣装のブースにたどり着いたのだが、各国別でも割と広めに確保されている。
馬に乗る為の衣装がこれだけ豊富に取り揃えられているのにも驚いたが、それだけ需要があるという裏返しでもある。
というのも、乗馬全盛期でもあるので自動車の代わりとして普及している。
現代とは違って貴族や佐官クラスの軍人たちが馬を乗りこなす必要があるのだ。
騎馬隊とか普通にあるし、馬も機動戦を担う戦力として第二次世界大戦までは憲兵隊や半自動車化師団として使われていたのでこの時代では最速の乗り物だ。
騎馬隊最速伝説……。
騎馬隊の最速は誰かは不明だけど、この時代には既に競馬があったので競馬最速の馬とかは分かると思う。
ただ、あまり競馬場には行きたくないのが本音でもある。
なぜならアントワネットがギャンブルに嵌ったのも、競馬だって言われているしね。
子供ができてから足を洗ったみたいだけど、変に競馬場に行ってギャンブルに嵌ってしまったらと思うとちょっと躊躇している。
そもそもギャンブルは必ず胴元が勝つようになっているシステムだからね。
国営カジノの建設もいいかもしれないけど、まだそれはもう少し時間が経ってから行うべきでしょう。
「最近は乗馬の際にどれだけ整った服を着ているかを競うのが流行しているみたいですよ」
「そんなものが流行っているのか……ちょっと驚きだね」
「服も本当に色んなものがありますからね……乗馬用の衣装にしても、装飾用の飾り付けも最近では派手なものに切り替える人が多くなっているそうです」
「派手さを求めるのか……女性もそういうのは気にするのかね?」
「大いに気にしますよ。特に馬を上手く乗りこなせない貴族の男性はモテないって言われているぐらいですから」
そう、アントワネットとの会話でも察してくれたかと思うが、この時代では馬を乗りこなすのは貴族や高級軍人の間では常識……当たり前という感覚なんだ。
馬を乗りこなせない貴族の男はロバでも乗ってろ!と言われていた時代でもある。
あのナポレオンがアルプスの山を白馬に跨って乗り越えようとしている名画は有名だけど、実際にはアルプスの山々を越えるのに馬ではなくロバを使用していたので、実はあの絵はプロパガンダとして使われていたんだ。
ではなぜロバの絵ではなかったのか?
そりゃ馬より小さいロバでアルプスの山々越えても絵にならねぇダルォ?
某独裁国家の偉大な指導者様もそこまで身長高く無いのに、無理とシークレットシューズ履いたりフォトショで写真とか加工して見栄えを良くしているから現代に至ってもプロパガンダとして利用すればそれなりに活用できているというわけだ。
白馬のお馬さんに跨って目指すぜ!といった感じに描いた方が絵になると判断して当時の絵師さんが描いたみたいだからね。
史実でも、ルイ16世は狩猟をする為に馬を乗りこなしていたと言われている。
狩猟に嵌って夜になっても狩猟を続けてアントワネットと夜の営みをほったらかして朝帰りしたら、猛烈に彼女に叱られて以来は流石に夕方に切り上げるようにしたというエピソードが残されている程だ。
錠前作りしか興味なかったと言われているけど、普通にアウトドア派でもあったぞ?
昼間の趣味が狩猟で夜になると錠前作りをするとか……これ現代ならアウトドア・インドア双方コンプリートできる趣味多彩な人として扱われるよね。
あと大食いで有名だったらしく、とにかく肉をガッツリ食べて狩猟で運動を沢山するという生活スタイルを若いうちからしていたこともあってか身長は190センチぐらいあったと記録が残っているし、時代を考えてもこれだけ高い身長だとめっちゃ巨漢じゃないかな……。
今の俺の身長は180センチを超えているのでそろそろ史実ラインに入りますねこれは……。
で、ルイ16世に随伴する為にアントワネットが乗馬を覚えるようになったとされているが、この世界ではアントワネットが自発的に馬に乗りたい気持ちを俺に相談し、それに叶える形で少しずつやらせているという感じだ。
多分史実よりは抑えて乗馬しているけど……。
その分のフラストレーションをランバル公妃やルイーズ・マリー夫人らと共に改革派のパーティーや親睦会、更には劇場鑑賞で発散しているので今のところは問題ない。
「さてと……オランダのコーナーにやってきたぞ……」
「DからKまでの服飾店が乗馬服を出展しているのですね。あの服も素敵ですね……青と黒のコントラストが服の見栄えを良くしておりますわ」
「うん、あの服は確かにかっこいいね。アントワネットが着てみてもいいんじゃないかな?かなり様になると思うよ?」
早速オランダの服飾店に足を運ぶ。
ドレスもいいが、先ずはアントワネットが希望しているお店から巡る。
青と黒の色合いの乗馬用衣装が彼女の目に留まった。
アムステルダムに本店を構えている服飾店「ザイト」だ。
上流階級向けの乗馬用衣装を取り揃えており、シンプルなデザインだが派手な装飾は控えめなのが特徴的だそうだ。
服飾店の前で眺めていると出展者が俺たちを見るとロケット花火のようにすっ飛んでやってきた。
「これは陛下に王妃様!わざわざお越しくださってありがとうございます!」
「ああ、この乗馬用の衣装について伺いたいんだが……これは男女兼用の服かね?」
「はい、男装用でありますが最近では女性たちが乗馬を行う際にも使われております。当店イチオシの一品です」
「ふむ……これを手に触れてもいいかな?ちょっとアントワネットと共に肌触りを確かめたいからね」
「ええ!どうぞどうぞ!お好きなだけ触ってください!」
ちゃんと出展者の許可を得て、服を触れてみる。
おー、肌触りはいい感じだね。
絹織物でもかなり良い素材をふんだんに使っているように感じる。
首の辺りにはレース地が施されていて、かなりオシャレといった所か……。
ファッションに疎い俺でもこれは良い品だと直感で感じ取った程だ。
アントワネットも肌に触れてから感触を確かめると、しきりに頷いている程であった。
「それは清国から輸入した最高級品質の絹を利用して作られたものでございます。刺繍の部分も当店オリジナルの模様をつけさせていただいております」
「へぇ~……中々いいデザインだね。アントワネットはどう思う?」
「そうですね……こちらの服は見た目も上品ですし、触り心地も抜群です。本当に乗馬用としてピッタリだと思います!」
アントワネットがここまで太鼓判を押してオススメするほどだからかなり良い品なんだと思う。
それに洗練されたデザインの衣装を見るのは中々いい事だ。
これでペアルックで絵を描いてもらうのもいいかもしれない。
翌々考えてみればアントワネットがフランスに嫁いでから一回画家さんに乗馬服姿の彼女の絵を描いてもらった事があったな。
男装用というか、ベージュ系の乗馬服を着こなして座っている彼女の隣で、俺は立ってじーっとラフ画が書き終えるのを待っていたのよ。
ペアルックじゃなかったけど、アントワネットが自分の事をどう考えているのか、史実でもこんな感じの肖像画があったなぁ~と思いながら画家さんの隣でその光景を眺めていたわ。
今度は夫婦揃って書いてもらうとしよう。
「アントワネット、この服を買うかい?」
「ええ、是非とも欲しいです!お願いできますか?」
「勿論だ!よし、ではこの服を2着注文したいのだが……お願いできるかな?」
「はい!是非ともやらせてください!国王陛下と王妃様がお買い求めなさったとなれば店にとってこの上ない幸せでございますから!」
「ありがとう。では、身体の寸法を測った方がいいかな?」
「はい!お身体に見合うサイズをご提供させて頂きますのでサイズ等を測れると幸いです!」
この服も夫婦揃ってペアルックな感じで着てみるのもいいかもしれない。
男女兼用というか、男性が着ても女性が着ても様になる感じだからね。
様になるはずだ。
というわけで、俺とアントワネットは「ザイト」のイチオシの一品である乗馬服を2着購入したのであった。