17:王太子の仕事
作者から読者の皆様へのお詫び。
今回登場するヴェルサイユ宮殿「書籍の間」に関する情報を調べたのですが、インターネットではあまり情報がなく、手持ちの資料にも詳細などが記載されていなかったので一先ず資料室的扱いになっている独自の部屋と化してしまいました事をここにお詫び申し上げます。
もし詳細に記している書籍等があれば教えてください。
舞踏会が始まるまでに仕事を済ませておこう。
仕事がないように見えるが、こう見えても仕事がおつまみセットの如くてんこ盛りなのだ。
まず最初に服を着替えて向かったのは国王陛下の所だ。
ちょうど自室で食事を済ませた後で、今日の午前中は既に面会者と会っているので今の時間帯はスケージュール的に空いている筈だ。
見張りの守衛に敬礼してから王の居室に足を踏み入れた。
「失礼します、国王陛下……早速ですが先日の『使用人・守衛に関する業務量の是正案』に関する書類を……」
「……ぅ」
国王陛下は机に座ったまま俯いていた。
何か考え事でもしているのだろうか?
ペンを握ったままだ。
恐る恐る近づいて国王陛下の傍でもう一度呟く。
「あの、国王陛下……?」
「……」
「……」
「……ぐごぉぉぉぉ……」
はい、寝てました。
国王陛下、ご就寝です(本日2回目)
一回目はデュ・バリー夫人との夜戦が終了した深夜2時過ぎだそうだ。
それまでは何度も夜戦を繰り返して行っていたという。
(寝ているんかい!まだ午前10時だぞ!昼寝にしては早スギィ!)
幸せそうに昼寝をしていた国王陛下。
こうしてみると国王の公務ってわりと疲れるのもかもしれないと感じた。
朝早く、夜はデュ・バリー夫人など愛妾や愛人たちと遅くまで夜戦を繰り広げているのですもの。
さぞかし激しかったに違いない。
全く……。
幸せなお人ですな。
というか公務中に昼寝が許されるってすごいよね。
現代日本で平社員が仕事中に居眠りしていたら確実に呼び出しされて怒られるレベルよ。
でもご安心を!国王陛下ならそれが許されます!
……んな訳ねーだろ!
そんな現在絶賛爆睡中の国王陛下の机の上に『ヴェルサイユ宮殿における使用人の処遇ならび宮殿内警備の改善案』をドーンと置きましよ。
ええ、ドーンと。
机の上に書類を置く音で起きたみたいだけど、こちとら忙しいんじゃい!!
ようやく起きた国王陛下に頭を下げてから改善案の報告書を提出した。
「先日の是正案を実行に移しやすいように改善した案をまとめた書類でございます。お目に通してもらえると幸いです」
「うむ、ご苦労であった。オーギュスト、お主は今日の舞踏会に参加するのかの?」
「無論です。今日はアントワネットと一緒に踊りたい気分ですからね。国王陛下もご夫人をお連れになるご予定ですか?」
「ああ、また五月蠅い雑巾も取り巻きと一緒に来るからの、あれが喧嘩しないように見張らないとな」
「ですな、パリでも結婚を祝して花火大会が行われるようです。ちょうどヴェルサイユ宮殿の中庭からでも見れるかと」
「そうか、それでは花火大会の時間になったら中庭に出るのもいいかもしれんのう」
「では私はこれで、また舞踏会の時にお会いしましょう」
再び頭を下げて居室を出ると、次に向かったのは書籍の間だ。
「うへぇ……相変わらず奥の書棚は埃が被っているな……うわぁ、この羊皮紙ネズミに食われているじゃないか……」
ここにはフランスの国庫状況や国の重要書類が幾つかの資料と共に眠っている場所だ。
埃を被っているルイ14世時代の歳出状況のデータなどが保管されていた。
宮殿の中でもあまり人気が無い場所といったらここだ。
ここでしている事は、フランス王国の経済状況などを見ながら今後の経済予測を立ててどう生かすかであった。
「ふむ……ふむ、ふむふむ……!」
ふふふ、読める……読めるぞぉ!
手に取るようにフランスの経済状況が記されている年表も添えられているのは有難い。
過去の統計を見れることは、その分どのように経済水域が動いているのか分かるからね。
一世紀近くのデータを閲覧後、資料を一旦閉じてから俺はこう言った。
「このままじゃギリシャみたいに債務不履行になるな!!!」
資料などを見て確信した。
舞踏会やっている場合じゃないぐらいにフランスの経済状況がヤバイ。
本当にヤバイ。
このままの状態で見通しを立てるなら……フランスの史実ルートまっしぐらになっちまう。
そのぐらいに金融機関が金を貸さないぐらいには財政ヤバイです、ハイ。
だって国王陛下が英国との戦争に負けてアメリカ・インドなどの将来持っていれば莫大な資産になった土地を賠償として手放しているし、おまけにそれに続くように州でも三部会で絶大な権力を持っていた大貴族たちが贅沢三昧な暮らしをしていたからね。
そりゃ戦争終結直後よりは国内の経済状況は多少は良くなっているけど、どうしても財政再建の為に改革が必要だろう。
「仮に改革が成功したとしても……13年後のタイムリミットまでに間に合うかな?」
タイムリミット……。
もし史実通りならあと13年後に発生するであろうアイスランドのラキ火山と日本の浅間山の大噴火の事だ。
これらの火山の噴火によって北半球を中心に日射量が減ってヨーロッパやアジア地域でも大凶作が起こったんだ。
それも一年だけでなく数年以上に渡って穀物の凶作が続き、フランス革命の原因の一つにもなったと言われている。
日本では天明の大飢饉と呼ばれているほどに凄惨な状況であり、東北地方にある記録では飢えのあまり死んだ人間の人肉すら食されたと記されているほどだ。
人口が噴火前に戻るまでに10年を要した。
歴史ゲームだと各国で革命や反乱の発生率が跳ね上がる嫌なイベントだ。
「ある程度改革が成功したら寒冷に強い穀類の品種改良を勧めるようにしておかないと、それと産業化を急いで進めておく必要があるな……」
これも将来の為。
フランスの為。
そして何よりもアントワネットと幸せに天寿を全うするために行えることをやるだけだ。
全身全霊で取り組む。
その為に俺は転生したのかもしれない。
周囲の雑音をシャットアウトして、随行員に誰も入らないように命じて黙々と励んでいる。
真面目に資料に目を通しながら改革案を頭の中で浮かべながら昼食も取らずに書き続けて早6時間。
懐中時計の時刻は午後3時56分を回っていた。
そろそろ時間だ。
書籍の間で籠った後、俺は午後4時丁度に書籍の間を出た。
あと1時間で舞踏会が銀の間で行われる。
いやー時間の進み具合が早いっすね。
服も動きやすい服装にしたほうがいいな。
なんたってアントワネットと社交ダンスするんだぜ?
恥ずかしい格好だけは御免だ。
彼女だって気合入れたドレスを身に纏う予定みたいだし。
どんなドレスを着るのか尋ねると彼女は笑顔で俺にこう言ったんだ。
「ふふふ、それは舞踏会まで秘密です!」
えへへ。
やはりアントワネットは可愛いなぁ!
もうどうしようもないぐらいに可愛いと思っている。
満面の笑顔で秘密です!って言われたらキュンと来るでしょ!キュンと!
心臓ぶち抜かれた気分だ。
あぶねぇ、カツラがなければ(萌え的な意味で)即死だったぜ。
服を舞踏会で着ても問題ないような、威厳があって社交ダンスがしやすい赤系の色の服装に着替えて銀の間に向かう。
銀の間には既に大勢の人が舞踏会に訪れていた。
貴族や大商人などとワインやシャンペンを飲みながら語っていると、人々がざわつき始めた。
そのざわついている先に彼女はいた。
ロココ調にふっくらとスカートを強調する白色の美しさと凛々しさを兼ね備えた華やかなドレスを身に纏った俺の妻、そして美しく輝いているアントワネットの姿であった。