177:見本市の宴
☆ ☆ ☆
「陛下、王妃様、ブルボン宮殿前に到着致しました……」
「おお、もう到着したのか……って、すごい人だなこれは……」
「こんなに沢山……」
ブルボン宮殿で行われる第一回:国際フランス服飾見本市前に到着いたしました。
馬車でブルボン宮殿前に到着したのですが、本当にスゴイ数の人だかりです。
一般開場は午後1時過ぎとのお約束でしたが、既に午前11時頃にはブルボン宮殿周辺には沢山の人だかりが出来上がっておりました。
辺りに人の行列が群れを成していたのです!
ここまでスゴイとは……!
最初私は数えようとしましたが、あまりにも人数が多すぎたので数えるのを途中で諦めたほどです。
来賓の方々とは別に、一般入場で入ってくるのは庶民の皆様方です。
「一般参加者の方は整理券を購入して宮殿にお進みください!整理券は必ず無くさないように!」
「必ず整理券を購入して並んでください!列からはみ出さないように!」
「簡易トイレを沢山設置してありますので、どうか落ち着いてトイレに行ってください!そこらへんで用を足さないで!」
「整理券は入場の際に必ず必要ですので無くさないようにしてください!」
ブルボン宮殿の職員や、今日の為に雇われた人々が大声で庶民の皆様を誘導しております。
整理券を購入し、その整理券を持って入場するシステムを考案したのはオーギュスト様です。
一昨日のイベントの事前の打ち合わせの際に、オーギュスト様が指示を出しながら誘導の仕方を教えておりました。
『まず、整理券は一般の来場者向けに使う物だと認識してもらいたい。整理券は転売などをされないように一回入場したら券にスタンプを押して一回限り使えるようにする事。また来賓の人々には手紙に招待券を渡しているので、開場当日には招待券を確認する事。これを徹底してもらいたい』
整理券も予め活版印刷で印刷を済ませた一枚の紙で整理券購入済みのスタンプを押す仕組みになっております。
整理券の半分は当日のみ有効の印が既に記入されている紙で、もう半分は整理券の回収部分でもあります。
スタンプを押す事によって使用済みの整理券となるので、間違って前日の整理券が使用される事が無いようにするのが目的です。
これには職員も大いに頷いておりました。
さらに、オーギュスト様がこだわったのは見本市を行う上での裏方仕事に徹する人達への配慮と、見本市における手順書の配布でした。
全ての人が整理券の販売やスタンプを押すわけではありません。
諸外国からやってくる人々の誘導の為に、ドイツ語やオランダ語、スペイン語……更には英語まで様々な言語を話せる人が通訳として雇われたのです。
通訳者の人達は会場の案内や受付係の一員として、または翻訳した服飾店の説明文の文章などを手伝うなどの仕事をなさるそうです。
そして一番意外だったのはブルボン宮殿の見本市は宮殿のほぼ全てで行われることを見越した上で、宮殿における避難誘導の指示なども行ったのです。
なぜそのような事をする必要があるのかと伺うと、オーギュスト様は火災などが起こった際に係員や職員が参加者を見捨てずに誘導し、人的被害を防ぐために一度は行う必要があると仰っておりました。
火災は最も恐ろしい災害の一つです。
蝋燭など火元になる物は厳重に管理されておりますが、火災が万が一起きた時に備えて訓練を行う必要性を強調しておりました。
「……こうした人が集まるイベントで最も恐ろしいのは火災だ。火災などが起きた場合に備えて、人々を避難させる事が重要になってくる。パニックになって人々が出口に殺到すれば、火災で死ぬよりも圧死して死んでしまう人が増えてしまうからね……常に最悪の事態が起こった時に備えて係員や職員に教えておけば、緊急時の対応もある程度は出来るようになるよ」
「つまり、人々が無秩序に避難をするよりは、訓練で決められた避難場所などに誘導したほうが被害が少なくなるという事ですね?」
「そう言う事だ。指示に従って行動すれば人々は問題なく行動を行えるはずだ。きっと係員や職員の人々もやってくれるさ……」
整理券の販売の仕方や、会場での誘導作業、そして急病人などが出た時の対策なども講じられているのです。
規模の大きいイベントですが、ここまで徹底して覚えるのはオーギュスト様の信念と言っても過言ではないでしょう。
数千人規模の行事はありましたが、数万人規模にまで膨れ上がったイベントの運用方法をどこで学んだのか?
私はどうしても気になったのでオーギュスト様に尋ねました。
「オーギュスト様、これ程までの大規模なイベントをスムーズに動かせるのは……参考にした行事があるのでしょうか?」
「うーん、ここでは1771年度パリ研究博覧会を参考に、問題点があった箇所を修正して行っているだけさ……自分は大したことはしていないよ」
「そうなのですか?」
「うん。問題点を洗い出して、そこから改善すべき箇所を見つけ出す。それができれば大抵の問題は何とかなるものさ」
どうやらルーブル宮殿で開催された「1771年度パリ研究博覧会」などを参考に、問題点を洗い出して改善したそうです。
私も聞いてビックリ致しました。
私は各国の服飾店などの配置場所や、宣伝広告の見出しなどを任されましたが……それ以上に骨が折れる仕事だったはずです。
なのに、いつもと変わりないように過ごしていたのは本当に私にそうした場面を意図的に見せないようにしていたのかもしれません。
心配をかけないようにと……。
馬車はブルボン宮殿の裏口に停車し、そこから裏口を経由して宮殿に入るのです。
なぜそうした回りくどいやり方をするのか?
それは暴漢対策として講じているのです。
これは国土管理局の上層部の会議で決定された処置でもあるのです。
例のロアン枢機卿が逮捕されて以来、裁判に必ず出廷させる代わりにロアン枢機卿を早期に解放して欲しいとカトリック教会側が要請しているのです。
というのも、ロアン枢機卿は多額の寄付金をカトリック教会側に渡しており、既にこれらの寄付金はカトリック教会を通じて教皇国側に慈善事業費用として渡っていたのが判明したのです。
教皇国側との交渉を行っているそうですが、あまり進展は芳しくないと言います。
これ以上の不祥事を出すのは教皇国側としても不本意でしょうし、何よりもカトリック派に属している聖職者には教皇の厳命で綱紀粛正を行っている真っ最中に起きたフランス史最大の汚職と密輸事件となったこともあり、教皇はフランスの複数の司祭枢機卿の人事交代や教皇国の大使がオーギュスト様に直接謝罪を行う事態になっているのです。
しかし、寄付金の返還などについては目途が経っていないのです。
ロアン枢機卿が行った悪事で使われたお金ですから、本来であれば捜査の為に協力をお願いしたそうですが、既に教皇国側は寄付金を全額使ってしまった為に、返還は出来ないという返答が帰ってきたのです。
フランスのカトリック教会に対しては今後はフランス王国政府の定期的な不正防止チェック体制の強化などを提案してきているそうですが、国土管理局内にある捜査機関の一つである王国内務公安部は、それだけでは不十分であるとして、さらに厳しい措置の行使を望んでおり、まだまだ解決には程遠いのが現状です。
こうした事態を受けて、教会の急進派が暴漢となって襲ってくる可能性も浮上してきたのです。
最もロアン枢機卿を未だに庇う素振りすら見せている教会側の対応を内国特務捜査室が問題視しており、ロアン枢機卿に親しかった人物から教会内でロアン枢機卿をまだ支持している聖職者が複数いるという報告を踏まえた上で、当面の間は暴漢対策を徹底した上で行事を行うことになったのです。
それで、この見本市でも出入口を制限して係員や職員の身元調査まで徹底しているのです。
あまり考えたくない事ですが、教皇国側が意図せずに教会側が独断専行で王族関係者へ危害を加える可能性も排除できない以上、やむを得ない措置でもあるのです。
「火災の避難訓練も……暴漢対策の一環として行うのですね」
「そうだ。それに、国際行事として一般参加を許可する代わりに大きいバックや鞄、それに剣や銃の持ち込みを禁止にしたのもそうした理由から行うのさ……イベントを台無しにされたくはないからね」
新聞や公布人を通じて、ブルボン宮殿で行われる国際的な行事として一般の方々の参加を許可したのです。
勿論、防犯上の理由から剣や銃、大きいバッグや鞄の類を持ちこむのは禁止となっております。
購入した際には展示会で配布される専門の袋に入れるのだそうです。
高額な衣装や指輪などを購入する際には、身分証明書を提示した上で手形を切ってから後日配送する方式を採用するそうです。
オーギュスト様曰く、詐欺などが横行しないように身分証明書を提示できるものがないと購入できないようにしているのだそうです。
「さて、あと20分で開催式が始まるよ。そろそろ待合室の方で待機していようか」
「ええ、そう致しましょう」
必ず今日の見本市は成功致しますわ。
オーギュスト様と共に企画し、沢山の人が協力して開催するイベントですもの。
私達は最終的な打ち合わせを行うために待合室で最終調整も兼ねて待機していたのでした。