176:仕事前の朝飯タイム
この度第8回ネット小説大賞に受賞し、書籍化が確定しましたので初投稿です。
………。
……。
…。
仮眠を取ってから起床する。
丁度太陽が昇ってきていて朝日が眩しい。
ヴェルサイユ宮殿の寝室から見える太陽は一段と輝いて見える。
丁度時刻は午前8時、召使い長が起床の挨拶にやってくる。
いつもご苦労様です。
この人が報告を行うことで一日が始まると言っても過言ではない。
「おはようございます陛下」
「うん、おはよう」
「くぅ……くぅ……」
「おぉふ……まだアントワネットは寝ていたのか……」
アントワネットなら隣でまだ爆睡している。
余程眠いのだろう。
あと5分ぐらいは寝かせてあげようかな。
寝顔可愛いし。
元々彼女は夜10時ぐらいで眠たくなる体質だったみたいだ。
本人曰くフランスに嫁ぐまでは約12時間ぐらい睡眠を貪っていたようだ。
……流石に12時間は寝すぎだと思うの。
だが、時代背景を考えればそうとも言い切れない。
思い出して欲しい……今の西暦は1774年だ。
LED照明はおろか電球すら発明されていない近世だぞ。
照明器具が蝋燭とかランプぐらいしかない。
いくら王族関係者とはいえ、この時代では夜の10時を過ぎれば消灯というのが当たり前だった事もあり、夜になれば自然と寝ることが多かった。
つまり12時間ぐらい睡眠を取っていても問題ないのだ。
むしろ俺のような転生者が徹夜して頑張るのが異常みたいだしなぁ……テレジア女大公陛下から徹夜を控えているように忠告されて、その通りにしたら体調が良くなったしやはり徹夜は健康の敵だな、うん。
「陛下、今日からブルボン宮殿にて第一回:国際フランス服飾見本市が開催される予定でございます。本日は正午前までに国際フランス服飾見本市に到着し、そこで午後5時まで展示の公務を……その後にパリの有力者との懇談会が午後8時まで……ヴェルサイユ宮殿にお戻りになり次第、簡単な夕食後に入浴、就寝の予定となっております」
召使い長の役割は、朝のモーニングコールと一日の王の予定を申告する事だ。
割と召使い長には世話になっているからね。
名前は……ルノー・ダットという。
最近では彼のモーニングコールが中々渋い感じの声になっているのでオススメだ。
潜入ミッションとかで有名な声優さんに似ているという感じ。
気になっていたのでこの間名前を尋ねてみたら教えてくれたので、割と簡単に覚える事が出来たというわけだ。
とはいえ、気軽にルノー召使い長と言うと特別扱いになってしまうそうなので、召使い長と呼んで下さいと言われてしまったよ。
「うん、報告ありがとう召使い長。ところで朝食の準備は出来ているかい?」
「勿論でございます。本日の朝食のメニューは”春キャベツと燻製ベーコンのコンソメスープ”でございます」
「ほぉ、春キャベツは甘味が引き締まっているからベストな組み合わせだね!」
「ありがとうございます」
「それじゃあここで爆睡しているアントワネットを起こしてから食事を持って来てくれるかい?」
「畏まりました。準備が出来次第お部屋にお持ちいたしますので、お声がけください」
「分かった、色々とありがとう」
召使い長は一旦礼をして部屋から出て行った。
本来であれば服を着替えてから朝食を取るんだけど、今日は王室お抱えの美容師がやってきてヘアースタイルを整えてくれる時間などもあるので、朝食を食べてから着替える事になっている。
やはりこうして成長した大人のアントワネットを眺めているだけでも本当に美しいな。
嫁いできた時から美少女だったけど、大人になってからまた更に女性としての魅力がパワーアップしている。
妻に見惚れるのもいいけど、せっかく温かくて美味しい朝食が冷めてしまうので、アントワネットを起こすことにした。
5分間の執行猶予時間を過ぎたので俺はアントワネットの肩を少し揺らして起こす。
「アントワネット、そろそろ起きてご飯にしよう」
「……うぅん……もう朝ですの?」
「そうだよ。今日は見本市があるからそろそろ起きてご飯を食べてから行くよ」
「そうでしたね……それではそろそろ起きますか」
おお、素直にアントワネットが聞いてくれて起き上がったぞ。
ぐぅ~んと腕を伸ばしてほっぺたを三回ほどパチパチと鳴らしてから目を覚ます。
もっちりとしたアントワネットのスベスベお肌が弾力を弾ませているのを確認してから、彼女は頭をシャキッとさせる。
「ふぅー……そういえばオーギュスト様はよく眠れましたか?」
「うん、アントワネットのお陰でよく眠れたよ。ごめんね、途中で起こしてしまって……」
「いえ、むしろ今日の見本市の為に朝早くから作業しているオーギュスト様に申し訳ないと思っておりますの……本当に無理だけはしないでくださいね?」
「勿論、テレジア女大公陛下との約束だからね。約束は守るよ」
無理をしない範囲で俺は頑張っている。
いや、自分で頑張っていると書いてしまうと自意識過剰か、仕事が如何にも出来そうな印象を与えてしまうな……。
身体に支障を来す事がないように、時間を見ながら作業をしていると回答するのがベストだろう。
それに、テレジア女大公陛下から徹夜はいけませんよと手紙で怒られているのでちゃんとそれは守っている。
ふと、アントワネットは俺を見ながらニヤニヤといたずら心がありそうな感じの笑みを浮かべている。
「ん?どうかした?」
「フフフッ、ちょっといい事がありましたので……オーギュスト様には秘密です!」
「ひ、秘密かい?」
「ええ、ちょっと面白い事になっておりますので……フフフッ」
アントワネットが小腹を抑えて笑っているけど一体何があったんだ?
俺、何かしちゃっていますか?(現在進行形)
アントワネットがちょっと笑いのツボに嵌っているようだが、もしかして何か変な髪型になっているのだろうか?
髪の毛に手を当てると、モフッとした感触が……。
「うぉっ?!こんな所に羽ペンが……それも三つも……」
「どうやら寝ている時に寝ぼけて差し込んでしまったみたいですね……フフフッ」
「寝ぼけて羽ペンを差し込むのは初めての経験だな……ハハハッ」
髪の毛に絡まっていてゆっくりと解くと、そこには髪の毛に羽ペンが三本も刺さっていたのだ……。
一本ならまだ分からなくもないが、三本も一気に差し込まれているとは驚きだ。
これには俺も思わず噴き出してしまう。
さて、羽ペンをデスクに置いて朝食を取る事にしよう。
料理総長がコンソメスープを持ってきて、出来立てほやほやの熱々のコンソメスープを皿に汲んでテーブルに置いていく。
沢山キャベツとベーコンが入っている栄養満点のコンソメスープだ。
「まぁ、今日はコンソメスープですか」
「キャベツ山盛りだぞ。アントワネット、野菜も沢山食べよう!」
「え……ええ、オーギュスト様野菜がお好きでしたら少しどうですか?」
「残念ながら俺はこれ一杯だけでお腹が満腹になるんでね。好き嫌いはしちゃダメだぞ」
「うぅ……キャベツは少々苦手ですわね……」
「あれ?アントワネットキャベツ苦手だったのか?」
「その……以前キャベツの硬い部分を噛んだ時に歯を痛めた事がありまして……」
「ああ……それはトラウマになるな……どれ、少しだけなら食べれるからこっちに渡しなさい」
アントワネットとキャベツの量を調整しながらコンソメスープを召し上がる。
コンソメスープを発明した最初のフランス人に感謝したいほどだ。
あっさりとした味わい……「完成」という意味合いを持つコンソメスープはまさに味噌汁・ポタージュと並ぶ世界三大スープの一角に並んでいるだけのことはある。
コンソメスープの最大の利点。
それは、味噌汁と違って野菜以外の食材を入れてもコンソメスープに合うという事だ。
特に肉類を入れて合うのがいい。
肉を入れても美味いし、こうして野菜などを入れるとコンソメスープの風味によって味わいが更に強化されていく……まさに強化パッチといっても過言ではない。
そんな味わい深いコンソメスープを口に入れてみると、キャベツの部分で一か所だけ滅茶苦茶熱いところがあった。
思わず口に手を当てて空気を取り込んでグラスに注がれた水を飲みこむ。
「はふぅっ!はふぅっ!」
「だ、大丈夫ですか?オーギュスト様?」
「す、すまん……思っていたよりも熱い部分があってね……」
こうしたちょっとしたハプニングがあっても、アントワネットは俺の事を心配してくれている。
本当に良い嫁さんで良かったよ。
サンキュールイ15世。
案じてくれているアントワネットに感謝しつつ、コンソメスープをゆっくりと味わう。
食事が終われば正装姿に着替えてブルボン宮殿に出発だ。
それまでこうして二人っきりの食事を味わうのがオツなものである。
「ふぅ……こうして二人っきりで食事をするのが一番落ち着くね……」
「ええ……大勢で食べるのも楽しいですけど、二人きりだとゆっくりと食べれますからね」
「硬く、難しい話をしなくてもいいからね。気軽にできるのはいい事だね」
談話をしながらコンソメスープを頂く。
このささやかな時間が終われば公務として今日は忙しくなる。
やすらぎを味わってから、食事を済ませるのであった。
これも皆様のお陰です。これからも精進してまいりますので応援よろしくお願いします。