174:庶民ドレスの流行
『第一回:国際フランス服飾見本市』……。
うーむ、夫婦での共同作業にあたってアントワネットと一緒に五時間ほど見本市のネームどうしようかと考えたものだ。
わりと無難で無骨な感じのネーミングセンス溢れる見本市名になったぜ。
見本市といえど、国内外の有力者や著名人を中心に来賓の人々を招待しているので、今現在フランスでは最も熱いイベントとなっているわけだ。
各国のドレスなどの服飾を纏めた1774年度服飾百科として本に出すのもいいかなと思ったが、あれは識字率が現代のように国民の九割以上が理解・扱えるようにならないと出来ない代物だ。
元々アントワネットが企画し、以前お茶会がクラクフ共和国独立への対応によって親睦会が中止になってしまった際に、今年の6月までにスケジュールに服飾見本市を組み込めないかと相談してきた事から始まったのだ。
勿論、俺だって親睦会が中止になったのは残念だったし、何よりもアントワネットが悲しそうな顔をしていたので何としてでも彼女の願いを叶えて上げようと思った。
そりゃ私は夫ですもの。
普段から優しく接してくれている妻へのささやかな恩返しさ……ごま塩程度に覚えていてくれ。
お茶会が中止になってしまったこともあったので、その時の恩返しでもあるわけだ。
今回は国王である俺が全力でバックアップ体制を取っている。
抜かりはないという感じで、見本市の準備を2月の下旬頃からスタートさせたわけだ。
ロアン枢機卿も逮捕されて一応ボストン暴動事件の件も穏やかになったので、そちらの方にも力を入れる余力が出てきたわけよ。
しかし、ここで少々困った問題が起きてしまったのだ。
ドレスなどの見本市といっても、どのような展示会にするべきなのかが課題となって浮彫になった。
ドレスの有名どころはパリなどに点在している高級婦人服専門店などがあるが、そればかり贔屓しているようではイカンと思ったし、何よりも見本市を開くのであれば他の都市からファッション関係のお店を出店させたほうが良いのではないかと思ったわけよ。
それを後押しするように、見本市を開くのであれば他の国の人にも見て貰うのはどうでしょうかとランバル公妃が提案してきたのだ。
「陛下、せっかくドレスなどの見本市を開くのであれば、第一回と銘打って開催を行うように見せるのはどうでしょうか?きっとそのほうが大勢の人が集まるでしょうし、何よりも国王陛下や王妃様への注目も集まりますわ」
「第一回か……確かにそのほうが初めての見本市という感じが増して、注目も集まるねぇ。ただ単に服飾見本市を開くと宣伝するよりはいいかもしれないな」
「それと、ブルボン宮殿で行うのでしたら周辺諸国の有力者や著名人への招待も行った方が良いかと存じます。国際的な見本市となればいろんな服飾店が出店してくるようになりますよ」
「出店か……そうだな、諸外国への宣伝も兼ねてやってみるか!」
「ええ、それから上流階級だけではなく経済が上向きになって資金に余裕が出てきた庶民層向けのドレスもお出しになるのはいかがでしょうか?」
「なるほど、庶民向けも兼ねて宣伝すれば身近な存在になるね……それでいこう!」
高級婦人服店だけではなく、各下町の庶民層向けの店も出店を積極的に募集したのだ。
なぜそうしたのか?
それはフランスにおける服飾技術がヨーロッパ随一である事が挙げられる。
何といってもフランスは17世紀ごろから上流階級を中心に様々な服装などを競い合うようになっていった。
現代でも女性陣が大好きなファッション誌などもそのぐらいには既にフランスで登場しているぐらいだ。
唯一違う点を挙げるとすれば、服装は自分の所属している身分を示すものであったこともあり、上流階級は滅茶苦茶服装には気を付けていたわけよ。
その為、服装と身なりの良い貴族階級の人々はどれだけ一目に注目されるような美しいファッションを着こなせるかが注目されていた。
しかし、改革が始まってからその意味合いは変化しつつある。
かつてヴェルサイユをはじめとする宮廷内で燻っていた身内や貴族間による政治闘争はアデライード派、オルレアン派の粛清によって激減した。
ヴェルサイユに残っているのは俺やアントワネットを中心とした改革派の人々だ。
もしくはポリニャック伯爵夫人率いる中立派の貴族たちであり、今のところはポリニャック伯爵夫人は不審な動きを見せていないと報告書を受け取っている。
そう、貴族間の政治闘争が激減した事でそうしたファッションにおける張り合いが無くなったのだ。
また、改革によって身分間における障壁を取り払うことによって、様々な衣装のデザインが宮廷内や高級婦人服店だけでなく庶民層にも流れていったのだ。
その証拠に、ランバル公妃は今年発売されたばかりの服飾情報誌……ファッション誌を見せてきてくれた上に、どんな服が流行しているのかアントワネットの代わりに熱く語ってくれたのだ。
「陛下、こちらが今年発売されたばかりの服飾情報誌ですが、庶民層向けの服飾も大々的に掲載されるようになったのです。以前では考えられない事です」
「そんなに……スゴイ事なのか?」
「勿論です!王妃様とも拝見したのですが……こんなに品質が良いドレスが庶民層向けに流通しているのがフランスが豊かになっている証拠ですよ!私も試着して驚きましたわ!こうした服飾品を輸出品として各国に宣伝するのも良いかもしれません」
ファッションなどパリ事情に精通しているランバル公妃が驚くぐらいだ。
庶民層が改革で裕福になる人が増えて、その結果消費も増加傾向にある。
そうした余力のある家の女性たちは以前では手が出せなかった服飾を買うだけの財力を持つようになった。
それと同時に消費も増えたために、下町などの服飾店が挙って高品質で安いドレスや外出向け衣装などを競争で売るようになった。
以前のようなぼったくり同然の悪質な服飾店は、自然と姿を消していったり悪徳商法として警察に検挙されていったのだ。
その結果、庶民層向けのドレスや男性向けのレースなども価格が安定した値段で取引されるようになっていったのだ。
さらにイギリスなどで発明された紡績機をフランスでも大々的に導入して生産を開始した結果、庶民層向けの服も大量に生産が可能になって一定の品質で、低価格で売られているという。
今では庶民層向けの服飾店のドレスとて、侮れない品質になっていった。
ランバル公妃は改革によってそうした上流階級のみならず、市民階級にも様々なファッションが流行していると語っていたのだ。
……であれば、新しく輸出品としてフランスを代表する商品として売りさばくのも悪くない。
見本市で披露すれば、国内外で商品を買いに人々がやってくるだろう。
元々フランスは服飾産業も有名だったからな、現代でも老舗服飾店といえばフランスのメーカーが多いのも服飾産業が有名だった名残でもある。
以前であれば、多少奇抜で注目度の高いレースなどが派手に盛り込まれた衣装が注目を集めていたが、最近ではそのような衣装は少なくなってきた。
むしろ派手さよりも純粋さを求めるような清潔感を重視したデザインのドレスが流行している。
服装も派手なものではなく、どこか大人しそうな……落ち着いた雰囲気の衣装が流行しているのだ。
それに合わせるように、髪型もどこぞのモヤシやキャベツを器一杯に山盛りにして出してくるようなスタミナラーメン系盛りヘヤスタイルから、整えた髪に少しだけパーマのように前髪を少しくるりと丸めたヘアスタイルに変貌している。
(史実だと今頃はかなり奇抜なヘアスタイルやファッションが流行していた時代なんだけどな……これも改変した結果だね)
そう、この時代は男性でも髪の毛を伸ばしていろんな髪型で整えることが流行していた頃でもある。
男性も女性に負けないように長さや髪の毛の総面積を競い合っていたという。
……風刺画を見てみたけど、本当に目の前に現れたら噴き出すような髪型だぞコレ。
団扇みたいな髪型の男女が互いの髪を競い合っているというのだが……いやはや、こんな髪型が流行していたとはね……美容師さんもこんな髪維持するの大変だったに違いない。
文献などを見れば、そうしたヘアスタイルの自己主張をしたくても後頭部が薄い人はかなり苦労していたようだ……そのため少しでも髪の毛が多く見えるように髪染を沢山使っていた為、かなり煙たかったらしい。
それはさておき国際的な見本市となれば、規模の大きいイベントとなるわけだ。
規模の大きいイベント……その時俺は転生前に何度も足を運んだ東京で行われた大規模な同人誌即売会を思い出した。
全鳥取県民と同じ人数の人々が日本だけでなく世界中から同人誌を買いにやってくる一大イベント。
あのイベントでは割と他でも通じるようなイベント運営能力を持っていたからね。
それを参考にしようと思い、三日三晩アントワネットと共に考えてレイアウトの位置や見本市式場を抑えることが出来たのであった。
参考文献
マリー・アントワネット ファッションで世界を変えた女
著者:石井美樹子
発行所:株式会社河出書房新社(2014)