169:東洋利権
「ふむ、そろそろ頃合いかな?それじゃあアントワネット、これから演説を行うからちょっと行ってくる」
「ええ、無理だけはなさらないでくださいね!」
「分かっているよ!ありがとう」
懐中時計を取り出して演説の時間を再度確認する。
午前11時20分。
皆が親睦会として参加して一時間以上経過しているので、そろそろ行っても問題ないだろう。
ディスカッション形式となっている事もあってか、かなりの人数がテーブル席に着席して談話をしている。
大勢の人々が談話をしている最中だが、重大発表につきご清聴願おう。
「あー、諸君……談話の最中であるが私より二つ、重大発表を行いたいと思う。これからのフランスに関わる話だ」
皆が俺に視線を向けている。
最初のディスカッション時に、どれだけこの視線だけで心が溶けそうになった事か……。
今はこうした大人数での親睦会や舞踏会で鍛えられたメンタルを持って対応可能だ。
国王になってからそうした対応の連続で、割と慣れてしまうものだ。
静まり返った会場で、俺は今後のフランス政府の外交上の話題と今後の展開を述べた。
「まず、皆も知っていると思うが新大陸で発生した暴動事件に関して……我が国はイギリス側との交渉の末、捜査が進展した事をここに報告する。もうじき事件は解決に向かうだろう。なので、イギリスとフランスが戦争になるような事態は回避されたと認識してもらって構わない。安心してほしい」
この事件の話題はわりと改革派内部でも騒がれていた。
特に、改革派に属している軍人たちにとっては肩身の狭い思いをしただろう。
自分達の誰かが関わってしまったのではないかとね。
だが、改革派の軍人が関わっていたという報告はないし、今のところあのゴミクズ野郎が起こしている可能性が極めて高いという事が分かっている。
内通者がいないとは思うが、万が一の事を考えて捜査の内容については進展があったという事のみを報告しておく。
漏洩されてロアン枢機卿が逃げだしたりしないようにね。
なので、軍人にはこれまで通り職務に励んでもらいたいわけだ。
「それとだ……ここからは明るい話題なのでそれを報告したい。今年は我が国は従来の欧州諸国の貿易だけでなく、東洋方面への貿易ルート構築の為に清国や日本との貿易交渉を行う予定だ。我が国で作られ始めた工業製品の輸出先としても、かの国々との関係を強化するべきだろう。東洋はこれから西洋に負けず劣らず大いに栄える可能性を秘めている国でもあるからだ」
東洋進出……それはフランスがより繁栄するために欠かせない貿易ルートでもある。
些か遠いのが難点だが、基本的にアジア諸国の工芸品は高値で諸外国で売れる。
明王朝時代の壺とか、日本の甲冑とかはかなりの値段がするものが売られており、俺のところにも一個如何ですかと購入のお誘いがあった程だ。
日本の甲冑については故国だし……欲しいと思ったが、値段が5000リーブルというとんでもない値段を提示されたので流石に断った。
それを買うぐらいなら将来の為に事業投資に回したほうがマシだからだ。
史実でもアントワネットが鎖国中だったにもかかわらず日本で作られた工芸品を所持していたことも踏まえても、それなりの量を日本はオランダなどを通じて輸出していたのだ。
おまけに中国大陸では清王朝が、日本では江戸時代で田沼意次による経済改革が実施されている時代でもある。
貿易の重要性を理解しているかの国の政治家であれば、この取引というのも決して無理難題ではなく十分に理にかなうものになるはずだ。
だが日本では現在鎖国体制によってオランダ、清国、朝鮮、琉球の四ヶ国のみが貿易ができる状態であり、それ以外の国では日本製品を手に入れることはかなり至難の業だ。
「しかしながら、今現在我が国の貿易内容は農作物が大多数を占めており、これらの農作物に代わる新しい製品を産み出さなければならない。特に、東洋まで持ちこむとなれば必然的に農作物は種以外は腐ってしまうからだ。農作物を東洋まで持っていくには日数がどうしても掛かってしまうからな……」
そう、東洋の貿易を大々的に開始したいのは山々だが、問題があるとすれば距離の問題があるのだ。
この時代の船は帆船であり、現代のような石油などの内燃機関で動くタンカーや輸送船はまだ開発すら行われていない。
輸送量や船における安全性についても現代のほうが段違いに向上したものだ。
なので、フランスご自慢の長期保存が可能なワインならまだしも、それ以外の食品は状態が悪くなればすぐに腐らせてしまうのだ。
「そこで、交流を兼ねて、フランスで発明・開発されている科学技術の数々をいくつか提示し、さらに武器以外で輸出可能な物品・商品を皆にいくつかまとめてもらいたいのだ。今年の末までには開始をする予定故に、皆の持っている知識を活用したい。東洋は広大かつまだ他の欧州諸国が大々的に参入していない新規市場でもある。思いついたものがあれば何時でも私に気軽に声を掛けてほしい。では各自談話に戻って構わない」
演説を締めきり、ここで俺からの発表を終わらせた。
それに合わせて拍手が巻き起こる。
まぁ……拍手するほどの事ではないと思うけどね。
武器以外を輸出しようと注文を付けたのには理由がある。
これは史実フランスが軍需産業国家としても有名であり、多くの武器・兵器を第三国を含めて諸外国に輸出していた事に由来する。
また、ボストン暴動事件のように密輸された武器で内戦や暴動に使われたらフランスが国ぐるみで関与した疑いが掛けられる可能性が大いにある。
そこで、東洋における貿易でどのようなものを輸出するのか?
既に絞っているものの、やはりこの場に参加している人々から伺うのも悪くない。
独創的な意見や、今後の参考になる意見も多いだろう。
武器輸出禁止縛りを設けているので、武器以外の輸出を行えるものがよろしいだろう。
俺としては、現地で作れるフランス料理もあるが……やはりサンソン兄貴の医学書が役立つと睨んでいる。
フランス衛生保健省公認の近代的な医学書は外交資源としても大いに役立つだろう。
特に、日本では完全に西洋文化が否定されていたわけではない事が挙げられるからね。
西洋諸国で唯一国交を結び、貿易を行っていたオランダからもたらされたヨーロッパの情報を研究・調査していた当時の日本の学者達は「蘭学者」と呼ばれていた。
蘭学者では杉田玄白とか有名だね。
蘭学の由来はオランダを日本語表記にすると阿蘭陀であり、そこから蘭の文字を取って蘭学となったのだ。
ちなみに、今現在杉田玄白はご存命のはずなので、医学書を一旦オランダ語に翻訳したものを渡せば彼らが日本語に訳してくれるでしょう。
おまけに、今の日本はフランスにとっても貿易相手として迎え入れるチャンスが大いにあるボーナスタイムでもあるのだ。
というのも、先も述べたように今は田沼意次が老中として権力を振るっていた時代だ。
田沼意次は近代までは賄賂などの利益追求主義者として悪役のように描かれがちだが、実際には彼が仕えた十代目徳川家治が蝦夷開拓やロシア帝国との貿易を計画しており、それを実行しようと田沼意次を重宝していたと言われている。
割と徳川家治はルイ16世と似通った所がいくつかあり、趣味で高い能力を有していたり正妻の奥さんを愛していたりと、どことなく印象に残っている将軍でもあるわけだ。
それを反映してか、俺がよくプレイしていた歴史シミュレーションゲームHOBFのゲーム内では田沼意次のスキルが『貿易取引の達人』となっているので、割とこの時代にロシアとの貿易開始選択を行うとそのまま開国ルートの流れになったりするのだ。
少々話が脱線してしまったが、つまるところオランダ以外との貿易相手を幕府が模索していた時期でもあるので、フランスとの貿易交渉も十分にあり得るというわけだ。
勿論、今現在開かれている港の数も限られている上に追い返される可能性も高い。
なので日本との貿易が出来れば大成功と言っても過言ではないし、清国や琉球との取引がうまくいけばそれで御の字でもある。
演説を終えて持ち場に戻ると、アントワネットとコンドルセ侯爵が待っており、アントワネットは俺が戻ると同時に、はいどうぞと暖かい紅茶を淹れてくれたのだ。
彼女の淹れてくれた紅茶は喉の奥に染みるねぇ。
身体がポカポカと暖まってくる。
演説を聞いていたアントワネットとコンドルセ侯爵は意見を募集した事を珍しがっているようだ。
「お疲れ様でしたオーギュスト様、演説で意見を募集するのは珍しいですね」
「紅茶をありがとうアントワネット。やはり他の人の意見も伺いたいからね。欧州諸国との関係も大事だけど、やはり東洋との関係構築も重要だと思うんだ。まだ参入している国や企業が少ないからね」
「確かに……特に東洋でも日本はかなり閉鎖的だと伺いますが……陛下はどのように貿易を確立させる予定ですか?」
「ああ、日本の場合はポルトガルがやらかしたお陰で貿易が難しくなった経緯があるからね……宗教を意識した内容だと絶対に断られるから、単純に貿易を中心にした内容で取りまとめようと思うんだ……」
「ポルトガルがやらかした……一体彼らは日本で何をしたんですか?」
コンドルセ侯爵は日本が閉鎖的になった理由を知りたがっていた。
なので俺はコンドルセ侯爵にその理由を教えたのだ。
日本が鎖国体制に踏み切るきっかけはキリスト教の禁教令ではなく……ポルトガルが中心に行っていた当時の貿易としては倫理的に問題とされなかった方法の一つ……日本人をはじめとする有色人種の人身売買であった。