168:ジャポニズム
寝室に戻って一時間弱……。
仮眠をしてから再び目を覚ます。
早朝の報告はそれなりに堪えるが、やはりトップに立つ者としてはこれが大事なんだろう。
総理大臣とかも災害時や緊急時には殆ど眠らずに待機状態だと聞いた事がある。
上に立つ者の苦労を味わっている。
これが一人だけで行うなら相当の苦行になるかもしれない。
しかし、俺にはアントワネットがいる。
いや、アントワネットという守るべき人がいるんだ。
この人を守らずしてルイ16世が務まるか……。
史実のような惨劇回避の為に、旧体制的な傲慢な貴族や閣僚を一掃し、革命が起きるより前に先進的な改革に着手した。
で、改革4年目を迎える今年になってようやく改革の本腰を入れた効果が庶民たちにも現れ始めているんだ。
身分改革・宗教改革を行い、農奴制並びに奴隷制度を廃止した上で、プロテスタントやユダヤ教の人々に対して宗教の自由を認める寛容令を発令した結果、ここ3年ほどで彼らを束縛していた法を無くした事で、フランスに戻ってきた人々が大勢出てきた。
さらに、農奴や奴隷に関しても身分上は平民となったので教育の場において彼らを区別なく平等に教えるようにフランス全土、並びに海外植民地の教育機関に厳命している。
こうした宗教や身分の問題というのは人類の歴史上複雑であり、そう簡単に問題は解決する事はない。
しかしながら、少しずつ意識を変えていこうとする事は出来るはずだ。
その為には教育現場レベルで変えていこうとしている。
これからの時代を担うのは若い世代が中心だ。
若い世代から意識を変えていけば長年浸かり込んだ古い思想を誇示しようとする老人たちよりは、遥かに物覚えがいいだろう。
投資も経済も、太陽王として欧州にその権威を見せつけたルイ14世の黄金時代に追いつけるほどに右肩上がりとなっている。
これには財政を任せているネッケルも大いに喜んでいた。
戦争を行わず、且つ内政を重点にして行っている政策が功を奏しているという。
これは俺じゃなくて周りにいる人が有能であるから、俺は彼らに指示を出してこうして王としてその座に座っているに過ぎない。
(よく転生系で国のトップになって改革する小説とかあるけどさ……こういった苦労を描いた場面って殆どないよね……殆ど手探りだぜ)
そう、歴史小説で信長とか戦国時代などに転生するお話をいくつか読んだことがあるが、割とこうした裏方仕事とも言えるようなことについて触れている描写が成されている小説は少ない。
なので俺も国のトップになってこれからどんな事をすればいいんだろうか、と悩んだ際には映画や小説、さらにはドキュメンタリー番組とかで見た内容を思い出しながら、どれが一番最適な方法かを模索しながら国を動かしているのだ。
ノーミスで完璧な運営というのは流石に無理がある話だ。
俺はTASさんじゃない。
誰だってミスをしたり失敗をしてしまう事がある。
それは悪いことじゃない、完璧を求めれば失敗しないように要らぬ緊張が起こる上に、失敗を隠蔽しようとしてしまう。
だから、俺はプロジェクト全体の7から8割程度が成功していればそれでいいと考えている。
完璧にやって一つ失敗して落ち込むよりも、多少のミスは許容範囲としてみなしておくべきだろう。
「オーギュスト様……そろそろお時間になりますよ」
さて、ボーっとしていたがこれからシャキッとしなければならない。
いよいよ親睦会が始まる頃合いだからね。
暖炉の近くにあるソファーでゆっくりと身体を休めていたが、もうすぐ時間だとアントワネットが教えてくれたので、そろそろ動くとするか。
「ありがとうアントワネット……さて、今日は親睦会だ……どんな感じに盛り上がるかな……」
「あら、オーギュスト様……親睦会を楽しみにしていらっしゃいますね!」
「勿論だともアントワネット。今年度はかなり多くの人達が改革派に参加しているみたいだからね。色んな人と話すのが楽しみなんだ」
「まぁ!楽しみが増えるのは良い事ですわ!」
「ああ、そうだね……さて、服を着替えるとしようか」
ビシッとした服装に着替えを済ませる。
最近凝ったデザインの服装が流行しているらしく、なんか……こう、ひらひらとした装飾などを取り付けているのも多いとか。
アントワネットもそうした装飾が施された服装が気に行っているらしく、この間はランバル公妃たちと一緒にそうした装飾付きのドレスを購入したそうだ。
おニューの服というわけで、俺にも見せてくれたが割と攻めている感じだ。
「こんな感じのドレスなんですけど……いかがでしょうか?」
「おお……すごく大人っぽい感じがいいね。白銀のお姫様って感じだよ、すごく似合っていて美しいと思うよ」
「まぁ!……とっても嬉しいですわ!」
アントワネットは上機嫌でキャッキャッと飛び跳ねている。
うーん、本当に綺麗で美しい感じなんだよね。このドレス。
アントワネットが着こなしているドレスは白色をベースに銀の装飾品が飾られているもので、宝塚とかの劇団が使いそうなすごく上品かつエレガントな感じがまさにスゴイ。
と、そんなこんなで身だしなみを整えてヴェルサイユ宮殿で開かれた親睦会に参加している。
親睦会には改革派でも見慣れたメンバーも多いが、新規に改革派に加入した若い世代も目立っている。
軍人や聖職者といった人達以外にも、街工房の店主や農家の人もちらほらといる。
ここでは身分など形式的なものに過ぎず、同じ改革派として意見を述べたり討論などを行う場所である。
国王である俺が先陣を切って行ったこともあってか、本来であれば革命後のフランスで活躍する予定だった人物達の入会も確認できる。
凄腕の交渉人として革命後の各フランス政権において外交官を任されたモーリス・ド・タレーラン、新古典主義の画家として本来であれば今年のローマ賞コンクール絵画部門で大賞を受賞するルイ・ダヴィッド、地方総監として堅実な手腕を発揮して評価されているカロンヌ等、数えたらきりがないほどだ。
割と大勢の人が参加しているが、その分改革派の人達には様々な取り組みを行っているところだ。
やはり大学生をはじめとする若者層の参加が多い、全体の三割以上は三十代ぐらいの人々が占めているだろう。
大学生同士で固まっている場所もある。
親睦会に参加しているコンドルセ侯爵と共に、その様子を見守っている所だ。
「今年は大学生の参加が多いな……それなりに若い世代も影響を受けているね」
「その通りでございます陛下、法学や政治学を専門に学んでいる者達の中でも改革派に入る人が多くいます」
「そうか……では、それなりに知識と勉学に長けている者達というわけか」
「はい、大学生の場合はテストと面接試験で合格した者が多いです。少なくとも、陛下のお心を煩わせるような者はおりません」
改革派参加条件などは国土管理局の職員並びにコンドルセ侯爵などが作成した【改革派入会資格試験】に合格した者でないと入れない決まりになっている。
3年前に設立させた当時は勉学や指導力、観察力に長けている人達という制約があったが、この制約の一部を緩和して各自の得意分野で功績を挙げたり、実績のある人物が改革派に入りたい場合はテストをし、さらにテストで合格した人のうち、二次試験である面接試験で合格した人が入る事が出来る決まりにしたのだ。
また才能はあるものの文字の読み書きが出来ない文盲の人もいるが、そうした人の場合は口頭でのやり取りを行い面接試験で合格判定が出された人が入会を許される。
勿論、そうした人はかなり少ないが夫婦で一緒に改革派に属する場合に、妻ないし夫が補佐をして行うケースが大半を占める。
そうした人物はかなりレアケースだが、少なからずいる事もまた事実である。
イギリス側とのチャンネルはしっかりと結んでいるし、何かあればすぐに知らせるように通達はしてある。
抜かりはない。
今日の親睦会では重大発表を皆に伝えるつもりだが、この事を知っているのは現段階ではハウザーなどの国土管理局の重鎮しかいない。
史実通りアメリカ独立戦争が勃発するのであれば、イギリスの戦費も大きく重なり北米への進出も諦めるかもしれない。
それからイギリスは大西洋ではなくアジア方面に向けて植民地を確保するために奔走し、インドや東南アジア諸国、太平洋の島々を手中に収めたのだ。
それよりも前に、アジア方面における貿易利権を獲得するべく俺はある計画を始動させていたのだ。
「オーギュスト様、オーギュスト様……」
「ん?どうしたんだアントワネット……」
「この後重大な発表があるという事ですが……どのような発表を行う予定でしょうか?」
「フフフ、大丈夫だよアントワネット。もう10分ほどで発表するつもりだからね」
アントワネットは興味津々そうに重大発表が気になるようだ。
これはフランス……いや、ひいては前世において俺の故国(といっても、生まれたのは随分先の未来なので現世において故国という表現が正しいのかは分からないが)である日本にとって運命を大きく変える転換期を作る予定だ。
その為に、俺はネーデルラント連邦共和国に特使を派遣して関係改善を図り、オランダ東インド会社と協定を結んだ上でアジア方面への進出を行う。
これからそれに関する発表を行おうとしている所だ。