166:交渉
1000万PV突破したので初投稿です。
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同日 午後7時
フランス パリ
ロウソクの灯りがちらほらと街中で照らされている中、パリの街は賑わいを見せていた。
新大陸で起こった暴動事件はフランス製の銃火器が使用されたというニュースこそ報じられていたが、大半の国民はそうした問題は政治的解決で行われるだろうと楽観視している。
現にイギリス側に国王陛下が最大限の配慮を行い共同捜査が行われているという。
どんなに長くても一か月程度で治まると信じているパリっ子たちは、冬場のストレスを発散させるべく街に繰り出して酒場で屯していたのだ。
酒場にいるのは国土管理局のメンバーであり、諜報員として復帰を果たしたジャンヌであった。
アンソニーと熱い夜を何度も過ごし、やがて子供を一人授かったが残念な事に子供は妊娠4ヶ月後に急に生まれて直ぐに亡くなってしまった。
流産だったのだ。
身籠った子供が亡くなったショックから復帰するのに肉体的にも精神的にも一年ほどの時間を有したが、アンソニーが支えてくれているお陰で任務は苦ではない。
むしろ、任務に没頭する事で子供の死をかき消す事が出来る。
その想いによってジャンヌは任務を遂行していたのであった。
(気持ちを切り替えていかなくちゃね……アンソニーが待っているんだもの……)
ジャンヌの任務は極めて重要かつ、フランスの国政を左右するものだ。
国土管理局の複数の職員が見張りについている。
パリ市内でも高級料理店として名を連ねているトゥル・ド・ステルである人物と待ち合わせをしているのだ。
その人物こそ、ボストン暴動事件において使用されたフランス製銃火器に関する手がかりを掴んでいる者だ。
高級料理店での待ち合わせという事もあってか、ジャンヌは薄緑色のドレス姿で相手を待っていた。
国土管理局に属する女性職員の中でも美貌を放っている彼女に敵う相手は数えるほどしかいない。
スパイとして娼館で働いていた事もあったが、性の相手を務める事よりもこうした料理店で嗜みながら相手との交渉を図る事のほうが大変なのだ。
なぜ大変なのか?
それは娼館であれば相手がそうした行為に夢中になっている隙に睡眠薬などを盛りつけて寝かせる事や、美人局として相手の急所を握ることも出来る。
しかし、こうした料理店では一般の客もいる上に相手の会話や資料から会話を選択して探っていかなければならない。
最も、店の店主には個室を用意してもらっているので、そこの部屋での交渉になる。
国土管理局内でも、こうした交渉役を担えるのは相手の表情や行動をある程度察して行動することが出来る職員でしか務まらないのだ。
(約束の時間になったわね……そろそろ店に入ってきてもおかしくないのだけど……)
午後7時5分。
約束の待ち合わせ時間から5分が過ぎた。
懐中時計を手に取って時間を確認する。
少々遅れているが、まだ誤差の範囲内である。
これが30分、一時間となれば相手に何らかのトラブルが発生してこちらにやってくることができなくなったと考慮されるのだ。
(まぁ、まだ時間は大丈夫だわ……少なくとも他の職員がこの辺りを見てくれているから……あっ、今来たみたいだわ)
見張り員として店の周囲を見張っていた国土管理局の職員が、ジャンヌに対象者がやって来たと視線で合図を送った。
ジャンヌが店の入り口を見てみると、そこにはスラブ系の顔立ちをしたクラクフ共和国軍人がやって来たのだ。
この店は軍服で入る事を禁じていない、むしろ軍隊手帳を提示して身元をしっかりと明かせるものがあれば入ってよい決まりとなっている。
軍人は店に入るや否や、ジャンヌの手前までやってきて囁くように尋ねた。
「失礼ですが……国土管理局の人でしょうか?」
「そうです……タデウシュ・コシチュシュコさんですね?」
「はい、少々手間取ってしまい遅れて申し訳ございませんでした」
「いえいえ、私もさっき来た所ですわ。ささっ、こちらに部屋を用意してありますので……」
「色々とお世話になります……」
タデウシュ・コシチュシュコ……旧ポーランド軍人であり現在はクラクフ共和国軍から派遣されている職業軍人である。
階級は少佐であり28歳という若さにして佐官クラスに上り詰めたエリートでもあるのだ。
しかしながら、コシチュシュコは素直に少佐へ昇格した事を喜べなかったのだ。
というのも、彼が少佐になれたのはフランスから武器をオスマン帝国を経由して故国であるポーランドに密輸していたからである。
祖国のためとはいえ、結果的にお世話になっているフランス政府に背く行為をしている事を大変苦しんでいたのだ。
元々正義感があり、且つ周囲の人間をまとめ上げて戦果を挙げる事に長けていたが、こうして泥棒のような真似をして軍の階級が上がった事は本人にとって嬉しいと思ったことはない。
そればかりか、ロアン枢機卿がクラクフ共和国に招かれてキリスト教の教会施設に赴いて堂々と支援を述べたことに彼は虫唾が走るほどだ。
そんな悩んでいた最中に、王国内務公安部と内国特務捜査室の調査で捜査上に浮上した一人の軍人として目を付けられる。
それがコシチュシュコだった。
若いにもかかわらず階級が佐官クラスに昇り詰めている事と、どのような実績があって少佐に上り詰めたのか不可解な点が挙げられたのだ。
フランス軍内部でも交流のあった複数の軍事士官から、クラクフ共和国軍の中でもかなり重要な役割を担っているという噂話が飛び交っていた事もあり、今回彼が情報提供に協力してくれた場合には以前の罪は取り消し、クラクフ共和国側への不利益を被らないように手筈を整ている。
つまるところ、ロアン枢機卿が関わっていたと証言してくれたらコシチュシュコが行ったフランス国内での犯罪行為を不問とする超法規的措置に基づく司法取引でもあるのだ。
「色々お話する事があるとは思いますが……少なくとも我々としては情報提供をして下されば、貴方を含めてクラクフ共和国側が関与した数々の国内武器密輸案件に関しては水に流そうと陛下はおしゃっております。勿論、この取引に応じない場合にはフランスは国内の司法に則って貴方やクラクフ共和国側の要人数名を起訴します」
「……少なくとも、今の私には断ったら終わりというわけですね」
「そうなりますわ。私としてもクラクフ共和国側との面倒事は避けたいのです。政治としての交渉は後からでも出来るかもしれませんが、今フランスはイギリスと水面下で戦争になるかもしれない瀬戸際なのです。新大陸で起こった暴動事件は耳にしておりますでしょう?」
「ええ、イギリスの植民地で暴動が起きて数十名が死亡した事件ですよね……」
「その事件で使われたのがフランス製のマスケット銃なのです。ご丁寧に刻印を消した状態で暴徒側が使用したそうです。全体の二割程度しか製造されていない場所で作られた軍の最新銃が密輸されていたのです……心当たりがあるのではないでしょうか?」
心当たりがない筈がない。
コシチュシュコにとっても心当たりがあるのはロアン枢機卿が独自の武器仕入れルートを持っている事。
その武器で故国であるポーランドは分裂し、クラクフ共和国側に多くの武器を密輸していたのだ。
最も、コシチュシュコが関わっていたのは発注と交渉であり、武器の密輸手段までは専門外であった。
ここでコシチュシュコが証拠となる発言を行えば問題ない。
そう、それで解決するのだ。
旧体制下においてロシアの傀儡政権と化した現ポーランド共和国に幻滅し、クラクフ共和国の軍人になったコシチュシュコの行動一つでクラクフ共和国の運命が決するのだ。
もし、裏で消されるぐらいならば全てを語ってしまおう。
司法取引に応じればそれで問題ないのだから。
国の人口統計などを行っている国土管理局が、少なくとも国王と密接に関わっている組織である以上、下手に嘘を言えば自分に被害か被るだけだ。
コシチュシュコは意を決してジャンヌにゆっくりと事を洗いざらい話した。
「元々はポーランドの為に行っていた事です。最初は正規ルートを経由してルイ15世陛下の御支援の元で活動していたのですが……赤い雨事件以来、支援が滞った関係で12月末までには武器などは輸入出来なくなりました……そこでフランス国内に存在していた裏ルート経由で武器を運んだのです……」
「裏ルート……」
「最も、私はあくまでも仲介役の人間を経由して武器を買い、祖国に送りました……少なくともどのような経緯で武器が作られて国まで送られたのかまではあまり詳しくは知りません……」
「いえ、それでも貴重な情報ですわ……コシチュシュコさん、武器は誰からご購入したのですか?」
「武器は……恐らく皆さんも知っている人だと思いますよ。フランス東部において宗教的指導者として名を馳せている人物ですよ……」
「宗教的指導者ですって……?!」
「ええ……残念ながら、その人物はそれなりに権限もあり権力も持っている人です。おまけに信仰深い信者も大勢抱えている……少なくとも軍人や政治家を相手にするよりは大変だと思いますよ……」
「……その話、詳しく話してくださいますか?」
「はい……長くなりますが、洗いざらい話しますよ」
ジャンヌは意外な人物が黒幕として動いていた事に驚愕した。
それと同時に、この問題には宗教的問題が絡んでいることから、かなり闇が根深いことに気が付いて上司に指示を仰ぐ事になったのであった。