164:疼く
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1774年1月17日
新大陸で起こった動乱にフランス製の武器が大量に使われていた事が発覚して2週間が経過しました。
新年早々に大事件が起きたわけでございます。
オーギュスト様は日々、事件の処理に追われておりますが……それでもまだ、事件の解決には至っておりません。
毎日午前9時と午後7時の二回、国土管理局の情報部から得られた報告書をお読みになっております。
報告書を受け取り、さらにそこでどのように行動すれば良いのか指示を出す作業はオーギュスト様だけでなく、改革派の重鎮メンバーも同時に行っているそうです。
特にオーギュスト様が扱っている情報は機密性の高いものばかり。
私もそういった情報を漏らさないように私なりに気を付けておりますわ。
時刻は午後10時……。
国土管理局から帰ってきたオーギュスト様をお部屋で出迎えましたが、やはり普段に比べて疲れているように見えます。
私は温かい紅茶を淹れて差し出すのですが、今日は飲むペースが遅いように感じました。
「すまないねアントワネット……ここ最近このような会議の連続で……パーティーや披露宴の方を任せてもらっていて、迷惑をかけてごめんね……」
「そんな事ありませんわ!むしろサービス課の方々や、ランバル公妃、ルイーズ・マリー夫人を労ってくださいませんか?彼らのお陰でスムーズに行事を行えておりますので、きっと労って下されば皆様も喜びますわ」
「そうだね……では、明日のパーティーに顔を出せたら一人一人に労いの言葉を掛けておくよ」
「ええ、でも決して無理をなさってはいけませんよ?無理は身体に毒ですから……」
「ありがとう……」
オーギュスト様が謝る必要はありません!
むしろ謝るべきなのは、オーギュスト様の仕事を増やしている人達ですわ!
禁止されているハズの約束事を破り、武器を他国に売り渡して儲けている人達がいる事は嘆かわしい事です。
特にそうした人達によって血を流す事態に陥っている事に、オーギュスト様は深く嘆いているのでしょう。
イギリス政府から派遣された捜査員数名が本日ヴェルサイユに到着する事を受けて、国土管理局管轄の王国内務公安部と内国特務捜査室が全面協力をして二か国間で捜査をすると表明しております。
フランスではここ数年は植民地の駐屯軍や大使館職員の自衛用の武器としてのマスケット銃以外は海外に輸出されていないと仰っておりましたので、製造元か軍内部において密輸が行われていたのではないかと疑っております。
他国の捜査機関を受け入れる事は前代未聞ですが、早期解決の為にオーギュスト様は事後承諾という形になりますが、イギリス政府から派遣される捜査員を受け入れて捜査を開始すると申しております。
これには理由が幾つかありますが、一つはイギリスとの外交関係を現状維持していく上で、政府上層部が関与していない事をアピールする目的である事。
もう一つが、今回の武器密輸に関わっていた人達が他の国にも密輸をしているのではないかという懸念です。
「もしかしたら……俺の予想が正しければ、今回の事件以前にも他の国にフランス製の武器が密輸されていた可能性がある……そうなれば、捜査は他の国にも及ぶかもしれない」
「では……武器密輸に関わっていた人は数年前から行われていたという事ですか?」
「恐らくね、この前のポーランド・ロシア戦争においてクラクフ共和国が独立したけど、彼らの一部にフランス製の武器が使われているという報告を先程受けている。クラクフ共和国大使館や在仏クラクフ共和国軍人の調査をしている所さ……」
「……となれば、フランスとイギリスだけの問題ではないという事ですね」
「そう言う事だ……埃がある場所は叩けば叩くほど出るというが、ここまで出るなんてな……きっともっと出てくるぞ……」
二年前に独立宣言を行ったクラクフ共和国、そのクラクフ共和国軍で使われている銃にフランス製のものが混じっているという報告があったそうです。
事実だとすれば、少なくとも2年前から他国への武器密輸が行われていた事になります。
2年間もの間に武器を密輸しているとなれば、それなりに密輸組織が巨大化しているのではないかとオーギュスト様は睨んでおります。
今現在はイギリスだけですが、他の国にも武器密輸を行っていたとしたら、欧州各国の利害関係を抜きにして一つの共同捜査を行えるかもしれないと語っておりました。
複数の国に密輸が行われていたとなれば、今後も共同で捜査が行われるかもしれません。
また、現在の製造工程においてミスや問題が起きているとなれば、その課題解決に向けた糸口が見えてくるのではないかとも仰っております。
「この危機はチャンスでもあるんだ。国内における武器・兵器の配備でチェックミスがあったとすれば、今後そうした事がないように問題の見直しも出来るからね。つまり、同じ事を繰り返さないように教訓として対応策を作成するのに役立つというわけだ」
「つまり……オーギュスト様はこの危機を好機として捉えているという事でしょうか?」
「そうだ、かつて誰かが言っていたよ……どんな境遇でも挽回の機会は訪れる……全てはチャンスだってね。だから、早期解決に向けて準備と行動を粛々と行うよ」
オーギュスト様のプラス思考は本当に凄いですわ。
もし、私がオーギュスト様の立場であればプレッシャーで胃をやられてしまうかもしれません。
ですが、ここ最近において問題が起こった際には「これはチャンスだ!」と言って問題点を洗いざらいに調べ上げて、改善点などを見出す行動を行っております。
少人数によるディスカッションなる会議でも、同様に問題点や改善点を挙げて国内や事業で起こっている事案に対応しているとの事です。
本当にオーギュスト様にはまるで未来が見えているかのように、次々と目まぐるしいほどに進んできております。
特に、力を入れているのは諸外国との関係構築であり、今回の事件で諸外国との連携や関係が広がるのではないかと良い面を会議でも挙げているという事です。
その真意を聞くべく、私は尋ねました。
「今回の事件でオーギュスト様は各国との関係が構築できると語っておりましたが……どのように関係を構築していくおつもりでしょうか?」
「まずは国境を跨って活動している犯罪組織の共同捜査機関の設立だね。今回の事件でつくづく実感したよ……戦時中は無理かもしれないけど、少なくとも平時であれば多国間で情報が行き来できる。今回のように武器を密輸している場合であれば、国際間において捜査ができるから犯人逮捕に向けて共同で方針なり捜査を執り行うことができるんだ」
「成程……では、捜査が終わればそれで終わり……というわけでもないのですね」
「その通りだアントワネット、犯罪というのは残念ながら今後も無くなる事のないものなんだよ。犯罪が無くならないのであれば、少なくとも犯人の情報共有を構築する必要があるんだ。互いに懸賞金を出すなりして犯人逮捕に向けた取り組みをもっと行おうとする取り組みが生まれたら、きっと今後に活かせると思うんだ」
犯罪の撲滅は無理でも減らす事は出来る。
そう仰っているオーギュスト様は国際共同捜査機関の設立に意欲を示しております。
私もその設立に賛成するつもりです。
今回のような事件ではフランス一カ国だけでは行動に限界が生じるでしょう。
また、証拠品などが他の国でも発見されたら犯罪組織が複数の国で行動しているという事の証明にもなります。
犯罪を減らすために他国と協力できるのであればそれに越したことはない。
それに、こうも仰っておりました。
「今回の事件がきっかけで戦争ではなく、イギリスとの国交をしっかりと結ぶ機会になればいいと思っているんだ。武力ではなく経済力で勝負ができるように、そのために国内の工業化を進めていかないとね……」
オーギュスト様の口からも、武力ではなく経済力でヨーロッパ諸国を引率するべきであり、軍事力を行使して自衛戦争以外においては戦争を起こしたくないと語っておりました。
陛下が他国に対して武器の密輸や騒乱を引き起こそうとしているようなことは、うわ言といえど聞いたことがございません。
きっと今回もオーギュスト様が活躍してくださいますわ。
私はオーギュスト様を支えます。
どんなに大変な時でも……オーギュスト様が前に進んで下さるように。