163:ミッドナイト
マンスフィールド伯爵がお帰りになってから、すぐさまハウザーに情報収集の徹底を行うように指示を出し、遅くとも今夜7時までに閣僚会議を開くことを通達し、そして今この場に皆が集まっている。
現在パリの下水道整備の視察に向かっている者が数名おり、さらにパリ郊外の都市であるシャルトルにて、ネッケル財務総監が地方の財政再建に向けた具体的なプロセスについて話し合いをしている最中だった。
全員をとんぼ返りさせるような形で緊急の閣僚会議が行われたが、このような形で行われるのはサン=ドマングでの反乱以来だ。
1774年1月3日午後7時30分、ネッケル財務総監が到着してから会議を開始した。
「では、これより緊急の閣僚会議を始める……皆に緊急の徴集をかけたのは、イギリスとの間に軍事的緊張が走った事に由来する。心して聞いてほしい……」
ハウザーなどが補佐をして、今日イギリス大使であるマンスフィールド伯爵がもたらした情報を閣僚たちに提示すると、全員が驚いたような顔でその内容を見ていた。
イギリスの植民地であるボストンにおいて暴動が起こり、その暴動に参加していた暴徒側の連中から押収した武器の中に少なくないフランス製のシャルルヴィル・マスケット銃……それも最新鋭のモデル1773があった事で、会議場は一時騒然となったのだ。
特に、軍の統括を担っているクロード=ルイ陸軍元帥に至ってはみるみるうちに顔が青ざめていくのが分かる。
言われてみれば軍のトップだからな。
軍が正式採用しており、尚且つまだ全体の2パーセントにも満たない最新鋭の銃が暴徒側に使われていたとなれば責任問題になるのは誰の目から見ても明らかだ。
しかし、まだクロード=ルイ陸軍元帥が犯人だと決めつけたわけではないし、部品の製造を担っている工房から流出したものかもしれない。
それらを踏まえた上で話を進める。
「……というわけだ。ボストン暴動事件において暴徒側が使用していたとされる我が国で製造されているマスケット銃が出てきているんだ。国王である私はかの地において国土管理局員の自衛用の武器を除いて、マスケット銃は輸出をしていない。つまるところ…軍内部において横流しがあったか、もしくは製造を担っている工房側から流出した銃ではないかと推測される」
「それで……どのような策を講じるおつもりでございますか陛下?」
「ある程度は決めているよ。既にハウザーにも伝えたが、一昨年設立した王国内務公安部と内国特務捜査室が共同で調査を行い、イギリス側の捜査員を受け入れて二か国間で情報を共有する事に決定したんだ」
「「おおぉ……」」
二か国による合同捜査。
現代であれば国際犯罪組織の追跡において当たり前になっている事だが、この時代ではそうそうないことである。
ましてや相手は仮想敵国であるイギリスだ。
情報が筒抜けになってしまうのではないかという不安があるかもしれない。
勿論、それに対しても対策を施してから捜査員の受け入れを行う。
本来であれば俺たちだけでも十分なんだが、イギリス側が何癖を付けて捜査が出来なかったと言わせない為にも受け入れは重要なファクターでもある。
『イギリスの捜査員を受け入れて、共同で捜査いたしましょう。勿論、捜査で知り得た情報は共有して解明に向けていきましょう』……と、相手にアピールをすれば少なくともイギリスにおける対仏感情を抑制する事ができるだろう。
だが、やはり二か国間における共同捜査において閣僚たちの中でも反発があるのは事実だ。
国防関係の情報が流れるのではないかという防衛上の不安。
特にクロード=ルイ陸軍元帥に至っては反対の立場を表明している。
「そ、それは本当ですか陛下!現在我が国では武器の輸出は禁止されているハズです!しかしながら、イギリス側の捜査員を受け入れて軍の内情を知られたら、国防上極めて危惧する事態になるかもしれません。陸軍としては反対します」
「クロード陸軍元帥、君の意見も十分に承知している。国防上の観点から見ればリスクのある行為だという事もね。ただ、ボストン暴動事件が内戦に発展すればイギリスも黙って見過ごすわけにはいかない事になるだろう。特に、フランスが関与していたと決めつけられたら、最悪我々はヨーロッパでも最大の海軍戦力を保有するイギリス軍と戦争をしなければならない事になる」
「それは……確かにその通りではありますが……」
「何も軍事的な面だけで心配しているんじゃない。経済面でも響いてくるんだ……大西洋側の動きを封じられたらサン=ドマングをはじめとする大西洋側の植民地との連絡や貿易もままならない事になるんだ。そうなれば軍事面だけではなく経済面からも孤立してしまう事になるぞ」
そう、軍事面だけでなく経済面でイギリスが報復を仕掛けてきた場合、現在農業輸出を主とするフランスの貿易は赤字に転じてしまうのだ。
農業から工業への転換も行われているが、それでもまだフランスは農業立国として農作物の輸出を主とする貿易経済を担っている。
これが止められてしまうと、現在の好景気は維持できなくなって一気に経済不況に立たされるリスクがあるのだ。
「勿論、イギリスだってフランスを刺激するような動きは避けたいはずだし、捜査官には見張りも兼ねた人間を付き添う事を決めているんだ。それに……ここに集まって会議をしているのは、新大陸で発生した暴動が戦争に繋がる恐れがあるから集まっているんだよ」
「戦争ですか……!」
「そうだ、もし新大陸のイギリス植民地が独立戦争を仕掛けてきたらどうなる?イギリスは我が国で製造された銃が暴動……いや、反乱軍に渡ったと解釈して我が国に対して経済制裁……ないし、外交的圧力によって戦争になった場合、プロイセン王国やロシア帝国に対抗する戦力の一部を割いて沿岸防衛を担わないといけないのだ。これは我が国の安全保障上に関わる重大局面であると皆が認識してもらいたい」
俺が一番危惧をしているのが、フランスに介入疑惑が残ったままの状態でアメリカ植民地政府が独立戦争をイギリスに仕掛けてくることが恐ろしい事態なんだ。
イギリスとしても、植民地で大規模で収拾できないほどの反乱を起こされたら黙っているわけにはいかないだろう。
……全盛期には全世界の4分の1に匹敵する植民地を保有したとされる大帝国を築き上げた国家であり、今現在は北米やカリブ海諸国を手中に収めて商業主義を重視している第一次帝国時代に突入しており、独立戦争後はインドや東南アジア諸国に進出して、より莫大な利益を獲得した第二次帝国時代に移るのだ。
ゲームでそのイベントがポップアップ表示されるから、インド諸国プレイをしているとイギリスの軍靴の音に怯える日々を過ごす事になるぞ。
「イギリスの怒りの矛先がフランスに向かう姿を想像してみたまえ……せっかく、改革がここまで上手くいっていたのが戦争により灰燼に帰し、国内経済が回らなくなって改革が失敗となれば……国民の生活は逆戻りどころか悪化の一途をたどってしまうぞ……そうなっては遅いのだよ。だから一時的に弱点を晒すにしても、イギリスには協力的な姿勢を見せる事が重要なんだ……分かってくれるか、クロード陸軍元帥……」
「はい……自分の浅はかな意見を具申したことをお許しください」
「いや、いいんだ。これは閣議の場だ。意見を述べるのも発言をするのも国王であるこの私が認めているんだ。クロード元帥を処罰したりするようなことはしないよ」
「ははっ……!」
戦争というのは些細なことがきっかけで起こりやすい。
武力衝突が現場での武力行使に、やがて現場だけでは抑えきれずに局地戦から国家同士の戦争に発展していくのが近代まで行われてきた戦争というものだ。
ゲームでは、こうした戦争を起こす際に兵士の数はユニット化されている、
数字上の統計として見なされていたが、今では俺がフランス王国軍全軍に命令できる立場である。
俺の命令一つで、兵士達の命を決めることが出来る。
皆も分かっているんだよ。
そうしたリスクというものをね。
ただ、こうした暗い話題でも一つだけ希望が持てる話題がある。
イギリスに滞在しているフランスの超有名な諜報員に動員を掛けたのだ。
あの人であれば、イギリスとのパイプ役として十分に活躍してくれるだろう。
閣議でもその事を打ち明けた。
「ただ、この事件によって一つだけ……イギリスに滞在している諜報員がパイプ役として活躍してくれるだろう。あの人に連絡をしているところだ、フランス人の中でもイギリスに詳しいし、現地との政府機関の間で取り計らいなどをしてくれるだろう。実現すればイギリスとの戦争も回避する事が十分に可能だよ」
「陛下……あの人とは誰のことですか?」
「……シュヴァリエ・デオン氏だ。皆も知っているだろう。フランスだけではなく、イギリスでも有名な諜報員だよ」
生涯性別不明の人物としての生涯を送ったシュヴァリエ・デオン。
フランスだけでなくイギリスでも名の知れた諜報員である。
フランスの為に尽くしたとされているが、未だにデオン氏はフランスへの帰国をしていない。
国土管理局としてもデオン氏から定期的に送られてくる諜報活動の書類も大いに役に立っている。
彼……いや、今現在では彼女として活躍してくれているデオン氏に、国王直々のメッセージを送ってイギリス政府関係者との連絡構築に向けて指示を出している。
それでもまだ油断出来ない。
デオン氏はまだ私のことを認めていないのだろう。
史実ではルイ15世の死去と共に帰国に向けた準備をしたというが、今現在に至るまでイギリスに残留する事を本人が望んでいるという情報すらある。
もしかしたら改革の内容が閣僚主導によるもので、俺がお飾りの国王ではないかと疑っているのかもしれない。
だとしてもだ。
国土管理局の現地職員が定期的に接触をしているんだ。
王の秘密機関から移籍した職員が担当しているので、その職員であれば話は聞いてくれるだろう。
ついでにイギリス政府とのパイプ役としてより強固な関係構築が出来れば、事件解決に向けたプロセスを踏める。
会議が終わる頃には閣僚たちも、一丸となって各自問題解決に向けて取り組みを始めるのであった。