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160:毒矢

★ ★ ★


フランス パリ


パリ市内にロウソクの灯がある建物は疎らだ。

この時代、ロウソクを深夜になっても灯されている建物は少ない。

原則夜の10時以降は寝静まるのが普通なのだから。

深夜でも灯されているのは王族関係者が宿泊している施設や、政府や王立の大学校や研究機関、夜の営みを斡旋している性風俗産業、そして昼間では大っぴらに公開する事が出来ない密談を取り決める際に使われるものだ。


ルイ15世の銅像が飾られていることからルイ15世広場という名前で定着されつつあるこの広場は、史実フランスではフランス革命時にルイ16世やアントワネット王妃をはじめ数々の人間をギロチンで跳ね飛ばした場所から、革命広場という物騒な名前になり、最終的にはコンコルド広場という名称に落ち着く場所だ。

広場から北に百メートル程進んだ場所に建設途中だった寺院がある。


マドレーヌ寺院という名前で建設が進められていた寺院は、ルイ15世統治下の1764年に工事が開始されたものの、フランス国内の財政悪化とルイ16世のブルボンの改革によって不必要な出資案件として工事の無期限延期が公表されている寺院だ。

キリスト教にとってイエス・キリストに従った聖女マドレーヌを守護聖人として祀る寺院だが、この寺院の地下会合場は既に完成されており、現在ここで公には公表できない相談を、ごく限られた人物たちによる密談が繰り広げられているのだ。


内密に、限られた者だけにか招待がされていない密室の談話。

寺院という事もあってか、その中で密談をしているうちの一人は教会関係者でもある。

聖職者の服を着た小太りの男は、美味しそうに夜食のパンを頬張っている。

それを見ながら対面の相手はどうしてこの場所で密談が出来るようになったのか尋ねた。


「しかし、よくこんな場所を用意できましたね。普通ならご法度になるのでは?」

「いえいえ、私のコネクションであればこの場所を堂々と借りることが出来るのですよ。純潔無垢な信者の人々と共に祀られる聖女の為に祈りを捧げたいので、お借りしたい……そう語るだけで地下の鍵を渡してくれるのですよ」

「……それを法王が聞いたらさぞかし激怒するでしょうな。今私たちがやっている事はどう考えても、純潔無垢とは程遠い話ですよ、何なら淫らな話や貴方が今まで堪能してきた女性達の話をしたほうが遥かにマシだ」

「はははっ!そうかもしれませんな!」


不愉快な笑い声を地下室で発するのはロアン枢機卿だ。

去年よりも肥えた身体をして笑いながら対面している相手の批難めいた言葉を難なくスルーしている。

そればかりか、むしろ褒め言葉として受け取っているようにも見受けられる。

そんな不愉快極まりないロアン枢機卿の笑い声を黙って聞いているのは一人の美女。

本来であればこのような場所にくる必要はない。

しかし、彼女としても大事な金の卵であるロアン枢機卿を活用するべく、この不愉快な笑い声に耐えていたのであった。


「そろそろ本題に入りたいのでいいかしら?もう貴方の自慢話は気が済んだでしょう?」

「おお、これは失礼いたしました。それに高等法院に属していた司法官の皆さん」

「属していたという表現は少々聞き捨てなりませんなロアン枢機卿……我々は今も高等法院に属している者であることをお忘れなく」

「はははは、では私も訴えられたらあなた達裁判官を買収するしかないですな!」

「……っ!」


ロアン枢機卿に対面している三人の男たちは不愉快そうな顔を浮かべていた。

最も、高等法院が金塊公爵事件を巡って裁判で起こした不手際をきっかけに、国王を含めて多くの者たちから指摘された上、君主への勅令無視や立法権で保障されている権利を逸脱した独占方法を批難されたのだ。


その多くが被告人が裕福な貴族・聖職者だった場合に量刑が軽くなるケースが多発している事が挙げられた。

明らかに冤罪の案件であるにも関わらず重罪や死罪に処された事例や被告人から買収されたと第三者機関による調査で認定されたパリ高等法院、並びに地方高等法院での裁判判例が過去3年間だけで55件もあった事を突き付けられた。


『誤審だらけの貴族・聖職者優遇法院、叩けば叩くほど司法官の罪がこぼれ落ちる』というあだ名が付けられたほどだ。

この事は大々的に新聞を中心に取り上げられて、ルイ16世も名指しで高等法院を強く批難したのだ。


『世襲制による法服貴族によって第三者から見ても正しい判決が十分に行われていないケースが多発しており、国王としてこれは到底見過ごすことのできない悪行である。並びにフランス国民の信頼を裏切る行為を内部より罰しない高等法院・最高評定院への大規模な調査と改革を実施し、違反者は容赦なく処断する』


1773年5月11日にルイ16世直々に発せられた『法院改革令』が施行された。

高等法院の効力を弱めた上で、世襲制司法官に対して法令違反を起こしていないかの調査が第三者機関で行われた。

結果は8月31日までに判明し、パリ高等法院だけで44名の司法官が違反を起こしており、このうち7名が重罪案件を微罪判定にしたり賄賂を受け取っていた事が判明したのだ。


法院改革令によって司法権利という強大な力を持っていた世襲制司法官の大部分が罷免処分となる。

その数は890名、全司法官の半数以上……実に三分の二以上の司法官が罷免され、うち意図的な殺人事件などの重罪事件を賄賂等により被告人の貴族・聖職者に対して微罪処分にしたり、自身の法令違反をもみ消すなどの犯罪行為に加担した司法官485名が逮捕され、高等法院は効力を殆ど喪失して現在は法院改革令に則った新設の高等裁判所が裁判を9月30日から担っている。


「パリを含めて高等法院は事実上解散、残っているのは生真面目に仕事をこなしてきた優等生だけね。もしくは新しく司法官になった平民だけ……結局の所、もう高等法院は形だけの組織よ。今は法院改革令で施行された裁判所のみ……あなた方もその中にとどまることが出来た幸運な司法官では?このような博打に参加する必要はないはずだけど……何故取引しようとしたのかしら?」


美女は司法官に促す。

本来であればこの密談に参加している司法官はロアン枢機卿などと取引する必要などないのだ。

正直言って司法官にとってはハイリスクハイリターンな博打に近い取引であり、無理をしてやるべき事ではない。

しかし、彼らには個人的な恨みがあってこの悪魔の取引に応じようとしているのだ。


「我々は改革によって権限を剥奪されたのですよ?今まで与えられていた建言権が喪失したのです。国王陛下や政府の独断専行に対して異議を唱える者がいなくなってしまっては、我々だけでなく貴族や聖職者の方々はもっと厳しい状況に置かれるのですぞ!」

「左様、元々高等法院に属していた法服貴族は努力して平民でも獲得する事ができた身分。その努力を陛下は無効化した。それは決して許されることではない」

「私の親しかった数名の貴族は改革の際に、国王陛下に抗議してそのままバスティーユ牢獄に収容されました。改革に反対する者を一方的に捕らえるなど言語道断です!」


貴族や聖職者などの特権階級者を優遇していた高等法院が事実上解体されたこともあって、彼らはそれまで恩恵を受けていた後ろ盾を無くしてしまったのだ。

その恨みは国王であるルイ16世、並びに彼を支持しているフランス政府へと怒りの矛先を向けている。

辛うじて罷免の対象者とならなかった彼らは、安堵しつつも復讐の機会を伺っていたのだ。


「ふむふむ、つまるところ陛下への意見具申を申し建てしたくても、それが出来なくなったことで裁判に支障が生じている……不利な状況に立たされているので、その状況を打開したい……そう仰っているのですね?」

「その通りです。現在の状況ではとてもじゃないですが太刀打ちできないのが現状なのです」

「是非ともロアン枢機卿のお力をお借りしたいのです」


司法官三名は頭を下げてロアン枢機卿に支援を願ったのだ。

司法官にとっては、自分達よりも遥かに腹の底がどす黒いロアン枢機卿に頭を下げるなんてことは出来ればしたくはないことであった。


しかしながら、ここで彼に恩でも売らないと自分達の立場も危うい状況なのだ。

国王陛下を殺害すると言った大それたことをしないにしても、少なくとも政府中枢への一撃を喰らわせるべき事案を故意に発生させて、国王……ひいては政府の中枢に打撃を与えるべく、政治工作の要請を行っているのだ。


ロアン枢機卿にとっても悪い話ではない。

直接手を下さなくても、道具と人員さえそろえば何時でも行動が出来るだけの工作は可能だ。

現に、ロアン枢機卿が仲介した事によってクラクフ共和国が建国できた経緯がある。

最も、そうした複雑な作業をしているのが彼の隣にいる美女の力がなければできないので、彼一人では只の案山子に過ぎない。


このスポンサーである美女が絡めば強烈な化学反応を引き起こすものだ。

美女は舌なめずりをしながら悪魔のような発想を思い付いた。

早速彼女はロアン枢機卿の耳元で囁く。


「そうね、ロアン枢機卿……丁度いい爆弾が一つ転がっているわよ。その爆弾を使えばいいだけの話、混乱に乗じて高等法院の権威を復活させることができるかもしれないものがあるわよ」

「ほう、スポンサー様には名案があるのですね」

「ふふふ、高い確率で成功するわよ。この爆弾が炸裂するだけで私は儲かるのだからね。だから、彼らに力を貸してあげなさい」

「分かりました。では援助を約束しましょう」

「有難い、何卒宜しくお願い致します……」


司法官は復讐の為にロアン枢機卿に魂を売った。

そして、ロアン枢機卿は彼らに恩を売り、支配下に置くことが出来る。

さらにロアン枢機卿を操るスポンサーは莫大な富を築き上げることが可能になる。

互いの利権と思惑が一致し、司法官とロアン枢機卿の間で密約が成立を果たす。

後に、フランスだけではなく周辺諸国を巻き込んだ事態に発展するとは、この時は密約を交わした者たちも予想だにしなかっただろう。

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― 新着の感想 ―
新大陸のことかな?っと
[一言] こういう危険人物は釘を刺すのではなく密かに早期退場させていただいたほうが後腐れもなく被害を軽減できたのに…
[気になる点] この美女って「文句があるならヴェルサイユまでいらっしゃい!」で有名なあの方ですよね
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