143:誰だ!架空戦記MODを入れた奴は!
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1772年8月25日
「オイオイオイ、ポーランド確実に死んだわアイツ……」
史実で歩んできた歴史を現在進行形でダイナミックに変えてしまっている状態のルイ16世だ。
あれよあれよという間に欧州の歴史が酷く改変してしまっているのは、確実に俺のせいである確率が90パーセント。
残り10パーセントが史実であり得たかもしれない展開になった事で大幅に変わった事を祝していいのか、困惑していいのか分からない現状だ。
とりあえず頭を抱える事態になっているのは確かだ。
アントワネットといい雰囲気で朝のモーニングタイムを楽しんでいた矢先に入り込んできた一枚の速達便が、やすらぎの時間に終止符を打ってしまう。
「あらオーギュスト様、真剣な顔をなさってどうかなさったのですか?」
「聞いてくれアントワネット……ポーランドが分裂した」
「えっ?分裂……もしかして国が別れたのですか?」
「そうだ、ポーランド南部が独立を宣言したんだよ……クラクフ共和国としてね……」
まず聞いてくれ、ポーランド南部を陣取っていたバール連盟はそのままポーランド共和国から独立を宣言してしまったんだ。
もう一度確認の為に言う、バール連盟がポーランド共和国から独立。
現ポーランド共和国国王の兄にあたるミハウ・イェジー・ポニャトフスキを臨時首班とする、クラクフ共和国政府を発足させてしまったんだ。
史実と予定調和気味だったポーランド方面が数週間前から嫌にきな臭くなってきたなと注視していたら、8月19日にクラクフ共和国独立宣言を欧州全土に向けて第一報が発信してきたんだよ。
完全に寝耳に水でしたわ。
「最近南部のバール連盟がロシア軍の猛攻を防いでいるという噂は聞いていたんだが……いや、ちょっと独立までしてしまうのは予想外だ」
「独立したとなると周辺国との関係も気になりますよね……クラクフ共和国政府の位置もオーストリアと目と鼻の先ですし……きっと母上や兄上様も対応していると思います」
「そうだね……位置的に見ればオーストリアのほうが情報の伝達はヴェルサイユよりも3日ぐらいは早いから既に行動していると思うよ。とにかく情報が必要だ……情報が入ってくるまで待とう」
そうだ、サン=ドマングとは違って自国に直接影響するような問題ではないから恐らく大丈夫ではないだろうか、そう思っていたのは只の楽観論でしかなかった。
待っていると室内に入ってくるのは対応に追われている各担当者からの悲鳴の声であった。
まず最初に相談にやってきたのはクロード=ルイ陸軍元帥だった。
「陛下、休息中のところ失礼致します。クラクフ共和国についてですが、お話してもよろしいでしょうか?」
「急ぎのようだからね、構わないよ」
「では我が国に士官交流として赴いているポーランド共和国の軍人たちがクラクフ共和国の軍人になったと表明致しました。それも一人や二人だけでなく全員です……」
「……全員がクラクフ共和国に属したと?」
「はい、こちらの通り各士官たちのサイン入りの証明書まで渡されております。彼らの対応をどうするか陸軍では意見が割れておるのです……」
クロード=ルイ陸軍元帥は頭を抱えながら話していた。
ポーランド共和国軍から士官研修として派遣されている軍人たちが全員「今日から我々の所属はポーランド共和国ではなくクラクフ共和国軍になりました!こちらが全員分の署名入りの証明書です」と真顔で申請してきたものだから、担当者がどうしようとかと相談してきたと言ってきたそうだ。
そりゃクラクフ共和国に属することを希望する軍人が一人や二人だったらまだ「あーそうですか」と書類上の処理をできるかもしれないが、フランスにいるポーランド共和国の士官全員がクラクフ共和国に付いて行くとなれば確かに問題だろう。
大使館の職員はどうなっているんだと元帥に尋ねた。
「士官の所属国家についてはまだポーランド大使館も把握できていないのではないか?ポーランド大使館には連絡したのか?」
「そ、それがですね……先程私が対応に伺った所、ポーランド大使館もクラクフ共和国に帰属すると宣言しているのですよ……なので、彼らをクラクフ共和国軍の兵士として扱って欲しいと……」
「……あれか?ポーランドにもう未来が無いと見定めて国家存続の可能性が高いクラクフ共和国への忠誠を誓ったという事か?」
「こ、こちらがポーランド大使館……いえ、クラクフ大使館から渡された書類です」
とりあえず取り急ぎでポーランド共和国の大使館にも問い合わせいるが、大使館側でもポーランド共和国からクラクフ共和国政府の大使館になる予定だと言われているらしい。
しかもこれまた手際が良い事に、大使館職員の名前が全員連ねている。
その上でこのような書類を元帥に渡したのだそうだ。
『我がクラクフ共和国は欧州各国において首都クラクフを中心とする独立国家であることを宣言し、かつ永久的中立国家であることを明記する。また、ポーランド・リトアニア共和国政府の致命的機能不全によって引き起こされた未曾有の国難に対処するべく、我々はポーランド・リトアニア共和国政府から独立を8月19日に宣言し、同日をもって国家元首ミハウ・イェジー・ポニャトフスキを首班とするクラクフ政府を樹立する。また、フランスを含めた欧州各国のポーランド大使館に関しては、クラクフ共和国に帰属する大使館に大使のサインを明記した上で、この書類にサインが書かれた瞬間にクラクフ共和国へ帰属する事を宣誓するものである。』
えー、長ったらしいので三行でようやくするぞ。
・ポーランド政府が無能だからバール連盟は国家として独立する
・首都はクラクフ、またスイスみたいに永久中立国家として独立する。
・帰属を表明した大使館のある国は、クラクフ共和国を独立国家として扱ってほしい
トホホ、いきなりすぎるぞ。
出店店舗数を出し過ぎて閉店しまくっている外食チェーン店よりいきなりだぜこれ?
もしかしたら、在仏ポーランド人の軍人や外交官辺りにはクラクフ共和国政府として行動するように指示が出されていたのだろうか?
手際の良さを考えれば、その可能性は極めて大きい。
今日の予定を取替えないといけない。
「これは思っていた以上に厄介だ。アントワネットすまない……これから国土管理局で緊急の会議を開くから今日の予定は残念だけどキャンセルになるよ……」
「このような事態では親睦会どころではありませんね……分かりました。では、親睦会のキャンセルなどは私がやっておきます」
「本当にすまない!この埋め合わせは必ずするよ!」
アントワネットは大丈夫だと言っていたが、俺は謝った。
今日は本来であればパリ市民を集めて色んな人々と話し合う場を設ける紅茶パーティーをする予定だったんだ。
市民とのふれあいの場を作って純粋に紅茶を楽しむ会という意味合いもあるし、現在品種改良が進められているそば茶の試飲会も同時に行われる予定だったんだ……。
そば茶だぞ!そば茶!やっと飲める日を楽しみにしていたんだよ!
何気にフランスはそばの生産量が欧州でも多く、勿論日本みたいに麺類にして蕎麦にするのではなく、お菓子の原料とかに使われていたりもする。
転生してから知った衝撃の事実でもある。
あのワッフル生地の原料として使われていたとか言われていたりもするが、そば粉があるなら日本食の一角を担う「蕎麦」を作れるんじゃないかと思ったんだ。
だけどね……蕎麦は出来るとしても、問題はそばつゆが入手できないという事だ。
そばつゆが無ければ蕎麦とは呼べん!(そばがきは作れるけど)
折角フランスでそばが自生しているならせめてお茶にして飲んでみたいと思った所存だ。
あの素朴な味わいがいいんだよね。
転生前の日本人として、やはりそこは譲れない。
そばにはルチンやビタミンBが豊富だから抗炎症効果もあるし、あとそばは荒れた土地でも育つから、非常時における救済食としても活躍している。
ただ、その……そばが面積に対して収穫できる量が少ないのが難点なんだよね。
お茶として出せるのであれば、紅茶の代用品として普及できるのではないかと思ったんだ。
主食ではなく、不作だった時に紅茶代わりの飲み物として栄養のある飲み物を飲んだほうが健康にもいいからね。
募集人数1300人の所に6万4千人強もの人々から応募が殺到した為、抽選で選ばれた人しか来ていない。
やってきた人達には本当に申し訳ないけど、クラクフ共和国が誕生したとなればこっちを優先しないといけない。
彼らの事を考えると申し訳ない気持ちが沸き起こる。
いや、俺ですらロシアとの紛争は長引くも、最終的にバール連盟が鎮圧されて史実通りポーランド分割されると思っていた。
まさかポーランドから独立を宣言するだなんて想定出来ていなかった。
サン=ドマングの教訓を生かして国土管理局の職員たちもポーランド共和国に人員を数十人定期的に送っている筈だ……でも、いきなりこんなことになるなんて聞いていないからな。
他国の諜報機関も慌てているに違いない。
大トリアノン宮殿において閣僚級緊急招集会議が急いで行われる。
こう言う時こそ、パフォーマンスじゃなくてしっかりと対策しないとね。
まったく……アントワネットとのやすらぎの時間がつぶれてしまうよ!
この時間はいつか倍に返しておかないとね。
愛しき妻の為だ、しっかりと会議を行ってから後で甘えよう。
国土管理局の主要メンバーをとりあえず集めさせてから、現時点で判明している情報収集を最優先で行う。
新国家の樹立は割と戦争が起こりやすい欧州では数年から数十年に一度ぐらいのスパンで行われるわけだが、今ロシアにちょっかいを出されているポーランド共和国からさらに独立が行われてしまうのは幾分予想外というものだ。
国土管理局でもこの事態は想定していなかったのだろうか?
いや、ひょっとしたらオーストリア政府が動いた可能性もある。
ハウザー氏もしばらく注視したほうがよろしいでしょうと先週述べていたので、おおよその情報は掴んでいるか、整理して報告する予定だったのか……その報告よりも先にクラクフが独立宣言を強行したか……。
いずれにしても、情報の整理と精度の高い確たる報告書が必要だ。
サン=ドマングのような慌てぶりをするよりも、まずは冷静になって物事を考える。
そして、ハウザー氏が国土管理局にやってきてから会議は始まるのであった。